第百十話:依頼・Ⅲ



「納得がいかないわ」


「え、えーと何か問題が? 何か失礼なことでも……?」



 視察団が来て二日目の朝、ルベリはオフェリアと朝食をとっていた。

 昨日、ディアルドに言われたこともあるが単純に侯爵家の令嬢をもてなせるような人間がこの領には居ないため接待役は彼女しかできないという現実的な問題が起因していた。


(同じ貴族とは思えないほどロナウドたちとは違う……。気品があるというか雰囲気が違うというか、とにかく凄くお腹が痛くなる……。くそー、兄貴の奴。簡単に友達になれとか言いやがって)


 相手が貴族だからという話以前にルベリは友達を作ったことがない。

 孤児院で育つも「奇跡使い」としての素養をサーンシィター家に目をつけられてからは当然のように機会などなかった。


 そんなわけで彼女にとってディアルドの指令はとても難題であったが、それでも今後のことを考えれば必要なことだと頑張ってまずは朝食から……と奮起して誘ってみたのだが、その結果がこれである。

 オフェリアの呟いた言葉にルベリはオロオロとしてしまう。


「ああ、失礼。誤解させてしまったようですね。変な意味ではないのです。ただこの食事が……」


「えっと、採れたて新鮮のベルリ領の野菜ですけど。口に合わなかったですか?」


「いえ、そういう意味でもないわ。ただちょっとこんなに種類が豊富というか、色々と出てくるとは思ってなかったから」


「一番最初にまず手掛けたのが農地の開拓でしたからねぇ。ワーベライト様のお力を借りて農業用の人形ゴーレム魔法を作って、植物を成長させるために毎日のように魔法を使って色々と頑張ったんですよね」


「その結果があの大農地……いえ、やっぱり納得がいかないわ。正直、粗野な畑が精々かと思っていたのに騙された気分です。それに領主自ら農地を育てるために魔法を使っているなど」


「あはは、やっぱり……その、魔法で農作業ってのはだめですかね?」


「当然です! 土いじりなど農民の仕事! 貴族の仕事ではありません! しかも、かつては王国の盾として勇名を馳せた「イーゼルの魔法」をまさか農作業に使っているとか……」


「い、いやでもいい練習にもなるから」


「そういうことじゃなくてだn……いえ、ではなくてですねっ!」


 ブツブツと呟くオフェリアの様子は見るからにご機嫌斜めな様子だった。

 なんでも話に聞くと古い話にはなるもののペリドット家はかつてベルリ家と肩を並べ戦ったこともあったらしく、その話を知っている彼女からするとルベリの使い方には不満があるらしい。


「それに農耕人形ファーム・ゴーレムでしたっけ? あれを作ったのはあのワーベライト様らしいですけど。なんというか奇特な方ですね、噂には聞いていましたが」


 いや、正確に言うのであればベルリ領での魔法全般の使い方に不満があるらしい。

 ルベリも最初は違和感があったものの慣れてしまったが、普通に農地で作業を行っている農耕人形ファーム・ゴーレムの姿は貴族の令嬢の目からすると相当に異様なものに見えるらしい。


「でも、まあ便利ですし。それにこの魔法がなかったらここまで開拓できなかったわけで」


「……まあ、それもそうですわね。必要にかられる状況というのもあるでしょう。それに効果のほども認めないほど私も狭量ではありません。こうして十分な食料が作れているのも事実。納得は出来そうもありませんが」


「あ、あははっ」


「それにしても用途はともかく、あれだけの数の人形を動かしているとは流石はワーベライト様ですね」


「いえ、最初の頃はワーベライト様が主にやっていましたけど。今では使える子も増えたので持ち回りで……昨日、オフェリア様もお会いになられたアリアンとか」


「ああ、シルバー家の……。あの女に弟が居たとわね、知らなかったわ」


「えっと、そのロゼリアとは顔見知りのようですがどのようなご関係で――「言いたくないわ」はい」


 なにかの話のタネになればと少し気になっていたことを尋ねたルベリであったが、オフェリアの反応からこれは下手に触れない方が良さそうだなと察し、急いで話の方向転換を行った。



「えーっと、そうですね……はい。ああっ、確か魔導士の話でしたね。アリアンのほかにもうちにはあに――じゃなくて、ディーという腕の良い魔導士が居まして。彼が動かしていたりするんですよ」


「ディーという名の魔導士……話には聞いているわね。貴方やワーベライト卿、そして……あとは蒼穹姫だったかしら? そう呼ばれている少女と共に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒したという魔導士ね」


 彼女が話題に出したのはディアルドの存在だった。

 魔導士という意味では平民であるハワードたちにも教え、使えるようになって来ているものも居るのだがそこら辺は突かれると厄介なことになりかねないので、ルベリは敢えてすでにある程度知名度がある彼の存在を口にしたのだ。


 決して仕返ししてやろうとか、そういう意図は存在しない。


「ええ、その通りです。ディーは中々にやる男でして、農耕人形ファーム・ゴーレムの魔法の開発もワーベライト様との合作なんですよ?」


「へえ、腕の立つ魔導士というのは聞くけども魔法の開発もなると只者ではありませんね」


「そうなんですよ、あに――ディーは色々なことに詳しくてですね! 飛行の魔法とかも使えて考古学も得意で、後は料理とか戦いだって強いんです」


「あら、素敵な方ですね」


「……素敵?」


「ええ、話を聞くにそれだけ手放しに誉め称えるほどに多芸なら素敵な人ではないかと」


「……素敵……素敵……?」


「あれ? そこってそんなに悩むところ?」


「いや、頼りになるかならないかと聞かれたら頼りになるとはっきり答えられるけど……素敵かどうかと聞かれると返答に悩むというか」


「どういう人ですか。ちょっと興味が湧いてきましたわね」


「いや、オフェリア様に直接会わせるのは不安があるというかなんというか。信頼は出来るけど信用は出来ないというか」


「普通逆じゃありません?」


「ディーの場合はそっちの方が正しいというか……まあ、はい。信頼はしているんですけどね。具体的に言うとベルリ領が大きくなったら絶対に役職を与えて括りつける気なんです」


「へえ、それだけ信頼している主従であると」


「はい、絶対に逃がしません。自分だけ楽に距離を置こうとかね。そんなのは絶対に許すつもりが無いです。縛り付けてやろうかなと画策しているところなんですよ、ええ」


(どういう主従関係なんだ……?)


 オフェリアにとっていまいち掴めないのがベルリ領の内情だったりする。

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