第百九話:依頼・Ⅱ


「オフェリア様、か。んー、なんていうか本当に貴族のお嬢様って感じの人だったよ」


「ふむ」


「綺麗でそれでいて気品があってやっぱりロナウドとは違うな」


「流石にそこと比較するのは失礼だと思うぞ。色々な意味で」


 ディアルドはルベリからの話を聞いていた。

 話によると視察団がここに滞在するのは三日という手はずになっている。


(今日の感じを見ると適当に誤魔化して乗り越えること自体は上手く行きそうだ。もしかしたら何か尻尾を掴まれてそれで探りに来たのかとも思ったが……どうもあの様子だとそういうことでもなさそうだ)


 と彼は考えを巡らせる。

 最初、今回の一件はラグドリアの湖での事件の関係かなにかに絡んでのことだと疑っていたのだが、来たのがペリドット家の令嬢ということでその疑いは怪しいものになった。

 探りを入れるなら年若い侯爵家の令嬢などを送り込んでは来ないだろう、もうちょっとマシな人材を選ぶはず。

 それにオフェリアは完全に予想外だったのか、ベルリ領の光景に終始圧倒されている様子でその点から見ても探りに来たような感じではない――とディアルドは判断した。


(とはいえ、わざわざ侯爵家令嬢が出向いて来ている時点で何か理由があるのは間違いない。問題はそれが何なのか……ということだ)


 だからこそ、ディアルドはオフェリアのことを知りたかった。

 少しでも情報が欲しい。

 ルベリは領主自らの案内ということで今日はずっと一緒だったわけでそこから何か得られないかと考えていたのだ。


「とはいっても、私もそこまで話すのが得意じゃないっていうか……。正直、緊張するし」


「ふーはっはァ! ……ダメじゃん」


「う、うるさいなァ。侯爵家のお嬢様とか言われたら色々と身構えちゃうだろう」


「お前は元は伯爵家のベルリ家の当主だぞ? 今は子爵の身とはいえ、相手はまだ当主の身では無いのだから強気に行け」


「むちゃ言うなよぉ」


「ええい、べそをかくな。……まあ、確かに急にやれというのも無理か。襤褸を出さなかっただけマシと思うしかないか」


 一応、ルベリの役割の一つとして案内をしている時にでも相手のことを探ってみるように指示をしていたのだが流石に無理があったらしい。

 元が平民の似非貴族なのだ、本物の上級貴族相手に委縮してしまうのは仕方ないことと言える。


(できれば段階を踏みたかったところだがそう上手くいかないものだ……)


 ディアルドの予定としては時期を見てそれほど爵位のない貴族を選んで相手をさせることで彼女のコミュニケーション能力を鍛えたいところだったが、今回の一件で全てが水の泡。

 ルベリは鍛える間もなく、侯爵家の令嬢の相手をするという展開になってしまったわけだ。


 そこら辺を考慮すると彼女はとても頑張った方だろう。

 極度の緊張の中で大きな失敗をすることなく完遂したのだからむしろ評価の対象だと彼は思い直した。


 まあ、ルベリが上手く探ることができなかったのはディアルドの策によって、彼女が羞恥に包まれていたことも大きく影響しているような気がしないでもなかったがそこら辺は置いておくとして。


「ただ、私の印象からすると典型的な貴族のお嬢様って感じかな? 最初の方はポカンとしていたけど、途中で気を取り直してからはなんというか気位が高いっていうの? なんか上からの目線というかなんというか」


「ああ、居るよな。あからさまに無根拠に偉そうなやつって、困ったやつらだ。……おい、ワーベライト。何だそれは?」


「鏡だけど?」


「いや、何故急に鏡を出してきたのかと言うことを聞いているのであってだな? そこには天才でありイケメンである俺様しか映っていないぞ?」


「無根拠に偉そうで困ったやつ」


「ふーはっはァ! 何を言うかと思えば……俺様には俺様であるという根拠があるだろう! 天才だしな」


「理由になってねー。というかオフェリア様には家の爵位があるけど兄貴は無位無官じゃん」


「肩書は大事だがそれだけを見て判断するのは如何なものか。名というのは実が伴ってこそ……俺様は実の塊だから偉そうにしていても別にいいのだ!」


「どういう理屈だよ、それ……。いや、兄貴の功績は否定できないけどさ。んー、まあ、いいや話を戻そう。オフェリア様の話だったよな?」


 話が別の方向に行きそうだったのを強引に修正しルベリは口を開いた。


「とはいえ、結局あまり話せなかったから大したわからないけど調子を取り戻してからは勝ち気というか、そんな感じの態度で……ああ、そうそう。案内中に偶然、ロゼリアに会った時は大変だったよ」


「そう言えばそんなことがあったね。言い争っていたみたいだけど」


「どうにも、ロゼリアたちの家のことを知っていたみたいでさ。そこで口論というか……」


「知り合いだったのかあいつら……。侯爵家の令嬢とどんな縁が?」


「まぁ、普通に「学院」じゃないかな? 個人的な縁があった可能性も否定出来ないけど」


「ふむ、そうだな。そう考えるほうが無難か。後で確かめれば済む話だし」


「マスター、「学院」って?」


「貴族の子供が魔法の基礎を学ぶ場所のことだ」


「へぇ、みんなそこで学ぶの?」


「いや、そうでもないよ。義務ではないし、魔法の学び舎とは言っても専門的な分野より基礎教育に重点を置いているから、正直なところ歴史の古い家とかからするとそういった面では利点は少ない場所だ。だから、行かないって家もわりと居るね。ちなみに私は行かなかった」


 歴史の古い貴族の家だと独自のカリキュラムが出来ていたりする場合も多い。

 ただ、だからといって歴史的にも浅い貴族の家ばかりが通っているかといえば……そうでもない。


「要するに同世代の交流の場というやつ。社交界に出る前に練習の場だったり、将来を見据えた縁を作ることを目的としていたり……まぁ、そんなところだな」


 オフェリアの場合、間違いなくそっちの目的で通っていたのだろうと予想はつく。


「それでどんな感じで口論になった? まさかアイツが革命黎明軍に関わっていたことまでバレたんじゃないだろうな?」


「いや、そこはバレていないっぽい。ただ、ロゼリアたちの両親が「主義者」だったのは知られてて、その関係で爵位の剥奪が行われたのは知っていたみたいで……「主義者あがりの家の娘など精々犯罪者にでも身を落としていたと思ってたけど、ちゃんと身の程を弁えて真面目に働いているようで何より」とか「愚かな真似は慎むように」とか色々と」


「くくっ、酷い言われようだな。事実だから何も言い返せないが」


「何ならベルリ領襲われているしね。というか彼女のことはどう説明したんだい?」


「無難に話を合わせる感じで……。ほら、ロゼリアのことを知っているなら彼女が辺鄙なところで働いていてむしろ納得というか」


「まぁ、爵位剥奪されてる身で真っ当に働くとなると色々と難しいだろうからね。身分を隠して冒険者でもやるのが精々」


「それにほら、うちは領地の開発にガッツリと魔法を使ってるからそれもあって」


「ああ、なるほど。環境的に「主義者」の娘であるロゼリアが居てもおかしくはないと判断されたわけか……。上手くやったね」


「いや、私が上手くやったというより途中で割って入ってきたアリアンがな」


「ふーはっはァ! 相変わらず聡い子だな。というかロゼリアは?」


「普通にオフェリア様に喧嘩を売ろうとしてたぞ。それをアリアンが連れて行ってくれて助かったんだ」


「あいつ……完全に面倒を見られているな。あれでも貴族のお嬢様って本当なのか?」


「アリアン曰く、昔はお淑やかな人だったって話だけど」


「弟と離れていた時期が長すぎたせいであんな感じになったのか……? まあ、ロゼリアのことはどうでもいい。問題はやはりオフェリア・ダグラス・ペリドットの方だ」


 ディアルドは顎に手をやって考え込んだ。


(様子から判断するにやはり視察自体はただ来るための名目でしかなかったように思える。では、問題は本当の理由は何なのかということだが……)



「やはり、そこら辺はルベリに任せるしかないか」


「えー、私まだ何かするの?」




「ルベリ、お前は――オフェリア・ダグラス・ペリドットの友達になれ」



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