第百七話:とある侯爵令嬢の混沌


 ルベリ・C・ベルリ。


 それは王都では知らぬ者などいないとされる少女の名前だ。

 滅びて途絶えてしまったとされる名家であるベルリの血を引き、滅んだ切っ掛けである強大なるモンスター黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを打倒し、家の復興を認められたという――物語のような経歴を持つ幼き女傑。


 嘘のような話であったが倒された黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸は王都へと運び込まれ、その功績は王家から正式に認められた。


 それは良い意味でも悪い意味でも話題になったものだった。

 滅びたはずの家の遺児が仇敵を打倒し家を再興するというストーリーを好意的に受け止めている者も居れば、血を引いていたとしても所詮はそれまでは平民として生きていたルベリが子爵の爵位を賜ったことに憤りを感じている者も居る。

 そんな連中も実際は領地も自ら開拓しなければならないという形だけの名ばかりの爵位であるとわかると嘲笑をもって満足したようだが。


 とにもかくにも貴族たちの間では一時的にとても話題になったのがルベリ・C・ベルリという少女だった。


 当然、その話はオフェリアの耳にも届き、彼女はルベリ・C・ベルリに興味を持つようになった。

 切っ掛けとしてはやはり同じ年のころの少女であるというのが共感を呼んだのだろう、そしてどちらも家名を背負って立つ存在であるということももしかしたら無意識に影響していたのかもしれない。


 ドルアーガ王国は歴史のある国で伝統的に男社会の国だ。

 家を背負うのは男性の役目であり、女性が家を背負うことはまずないといって言い。

 女性が家長であるというだけで下に見られてもしかたない――そういう風潮がある。

 それ故に一人娘であり、将来的にペリドット家を継ぐことが決定しているオフェリアには強い重圧があった。


 だからだろう、彼女は新たに家を復興させベルリの名を継いだルベリを意識せざるを得なかったのだ。


 そんな中で今回の一件だ。

 父であるライオネルから言われたからこそ反発しなかったが、視察などという役人の真似事のような仕事など侯爵家令嬢である自分のやることではないと思っていたが、場所があのベルリ領であることを知って思い直した。


 あのルベリ・C・ベルリと会うことが出来る。

 彼女の興味はその一点に尽きた。



 少なくともオフェリアにとっては。


 

 そして、今日という日がやってきた。

 ここまでの道程はそれなりに苦労する羽目になった。


(聞いていた以上に辺鄙なところ……)


 少し前までは黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの縄張になっていたのだから仕方がないといえば仕方がないのだが……やはり伝聞と実際に体験するのは違った。


 ペリドットから連れて来た護衛の騎士たちと一帯のことに慣れているであろうオーガスタで雇ったA級の冒険者のパーティー、それらを伴いベルリ領への向かったがその道中で何度もモンスターの襲撃にあった。

 それ自体は危なげなく撃退出来たものの思いの外の僻地の様子にオフェリアは馬車の中で辟易したものだ。


 ペリドット領は国境に近いためそれほど平和な領地とは言えないがそれでも人も多く発展した領地だ、街に住んでいればモンスターと出会うことなどまずないのだがベルリ領への道程はまったくもってその常識からは違っていた。

 冒険者ぐらいしか立ち入らないため、人に対する恐れが薄く襲い掛かってくるのだ。


 つまりはそれほどにここは未開の地であるということの証明に他ならない、それ故にオフェリアはモンスターの襲撃されるたびにその道中でベルリ領への期待値を下げた。


(よくよく考えて領地とは名ばかりのただの土地を与えられたばかりだからな)


 ルベリに対する興味はあれど、ベルリ領への期待はしない。

 というかする方がおかしいほどにその地は未開の土地だった。


(まあ、高額な魔法のテントを購入したって話だから襤褸小屋で暮らしているということはないんだろうけど)


 本当に暮らしていけているのかも疑問だ。

 開拓に関しては進められているのかも怪しい。



がうまく進むなら支援を知ってやってもいいか。子爵家とはいえ所詮は名ばかりの家、侯爵家として救いの手ぐらい差し伸べてやってもいいか)



 そんなことを考えていた。

 そんなことを考えていた、というのに……。




「遠い所からわざわざご足労戴きまして、大変ありがとうございます。ベルリ領へ、ようこそ。私が領主のルベリ・C・ベルリです。本日はよろしくお願いいたします」




 そう言って迎えてくれた彼女は燃えるような赤毛が特徴の少女だった。


 見てくれは――まあ、及第点と言ったところか。

 あの黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒したというのだからもっと厳つそうな想像をしていたが、想定よりも華奢でオフェリアよりも背の低い少女であった。

 容姿は元が平民というのもあってどこか貴族らしさが無いというか彼女からすれば芋っぽいところがあるものの、着ている服の趣味は中々に良いと評価した。

 今回の視察のために用意したのだろうというのはわかるが品が良く、また華美するほどでもなく、ルベリの容姿によく似合っていた。

 所作や言葉遣いなどもやはり粗さはあるものの、それでも最低限の要点は抑えているようでそれら全てを含めて――オフェリアは及第点と判断した。


(平民として生きてきたという話だったけど、中々やるじゃない)


 無論、侯爵家令嬢として幼い時から厳しく躾けられてきた彼女からまだまだのものだがこの場合、指摘するというのは野暮というものだ。



 いや、正確に言えば多少の荒さをねちねちと指摘するほどの余裕がなかった――というのが実情だったのだが。



 オフェリアを……というよりもオフェリアを含む視察団一行を困惑させているものは何か。



「ええ、ここら一帯は道の方も作っていて。やはり整備してないと移動しづらいですからね」


「へー」


 今までの道程の森の様子は何だったのかというほどに広く開けた場所に作られたというルベリティアという名の街。

 整備された道が続いている光景を見たから――というわけではない。



「ここが農地ですね。魔法を使って効率化をしていて様々な品種の植物を……今後も拡大していく予定で……」


「へー」


 明らかに異常というほどに広く、更に実っている農地の様子を見たから――でもない。



「あれは公衆浴場として建てたもので領民の皆に開放していて……」


「へー」


 思った以上にしっかりとした施設まで用意され、以外にも領民がすでにいるらしい――ということが判明したことでもない。



「あっちに見えるのが製錬所で……」


「へー」


 明らかに出来たばかりの開拓地には必要な施設を見せられたから――でもない。


 ついでに言えば城の建設予定として基礎工事をやっている場所を見せられたからでもなければ、どれだけモンスター狩ったのかと疑問になるほどに高値で売れそうな素材が乱雑に積まれた倉庫を見せられたからでもなかった。



 街を案内される過程で視界に入ってくる存在のせいでどうにも集中が出来ないのだ。



 その要因となっているものは二つの存在だ。


 一つは銅像。

 これは……まあ、いい。

 自身の像を作ったり、絵を描かせたりするのは貴族の嗜みといってもいい。

 開拓し始めたばかりの領地に作るのは他にやることがあるんじゃないかと思わなくもないが理解はできる。



 



(なんかむっちゃある……)


 そうルベリの銅像はルベリティアの至る所に点在していたのだ。

 オフェリアは思わずマジかよという顔になった。


 王都に居る自己顕示欲の高い貴族でもここまではしない。

 前を歩く彼女を思わずガン見してしまい、どうにも周りの光景が目に入っているのはずなのに頭に入ってこない。


 ちなみに後ろから見るルベリの耳はとても赤かった。


(ただ、銅像はまだ理解が出来る範疇とはいえ……)


 問題はもう一つの存在だった。

 



「えっと、その……いいかしら?」


「は、はい。何か不明な箇所が?」


「いえ、そうじゃなくて……その……聞きたいことが」


「な、なんでしょう?」



 あまりにも当然のように鎮座しており、特にルベリが言及しないのでタイミングがなく聞けなかったのだがオフェリアは我慢が出来ずに尋ねることにした。






「あの――アレって何なのかしら?」





 彼女が指さした先に存在するもの。


 巨大で、

 威厳に満ち、

 謎の金属でできた――巨大な像が街を睥睨するかのように鎮座していた。






「あれはこの領地の守り神――機界巨神像アマテラスです!」






 そう言い切ったルベリの方は上気し、頬どころか全体が真っ赤でその蒼い瞳はグルグルと螺旋を描いていた。



 オフェリアは思った。

 こいつはやべぇ奴だ、と。


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