第百六話:騒ぎの予感・Ⅵ


 そして、その日は訪れた。

 ベルリ領に初めてのお客様が現れた。


 視察団は十数名の団体でこの地へと訪れた。

 ただの視察にしては人数が多いように見えるがベルリ領の場所が場所というのもあった、飛行する手段がなければを道もない森と山を突っ切るしかないのでが必然的に護衛がそれなりの数必要となる。



 それにしたって少し多いようにルベリには思えたが、それほどに視察を任された人物は身分の高い人間なのかもしれない――と彼女は考えながら迎えるために近づいていった。



 本来であれば領主がいきなり出迎えるというのも如何なものかという話らしいのだが、ルベリ以外のベルリ領の住民は色々と問題があり過ぎるのでうかつに出せないのだ。

 知られてはないと思うが相手が王都の偉い人間だとすると、ハワードたちは万が一にも顔が知られている可能性がある。

 それを考えるとリスクは高いため、基本的に視察団の対応はルベリが直接することになっている。


 考えようによっては今回が初めての貴族らしい仕事ともいえるわけだ。

 故にルベリは気合を入れた。



 ちょっとばかし――とても気合を入れた顔を作りつつ彼らの前へと進み出た。



「遠い所からわざわざご足労戴きまして、大変ありがとうございます。ベルリ領へ、ようこそ。私が領主のルベリ・C・ベルリです。本日はよろしくお願いいたします」



 新しく卸したばかりの汚れ一つない服に身を包み、落ち着いた雰囲気で言い切って見せたルベリ。

 それはとても様になった様子でディアルドやエリザベスからも及第点を貰った練習の成果だった。


 少し、が隠せていないことさえ除けば一先ず最初の挨拶としては申し分ない態度であり――それを受けた視察団の反応はというと……



「「「……………」」」



 固まっていた。


 馬車から降りた明らかに身分の高そうな気品のあるドレスを着た女性――いや、年のころはルベリとはさほど変わらないように見えるのでまだ少女というべきか……ともかく、周りの態度から察するにこの視察団の上位者であろう彼女を含めどこかぽかんとした表情で辺りを見渡していた。



「お嬢様……」


「……っ、え、ええっ。こ、こちらこそ……わかってるっての」



 お付きの言葉によって気を取り直した紫色の髪をした少女はこほんと咳払いをして改めて名乗った。




「私は――オフェリア・ダグラス・ぺリドットといいます。恐れ多くも今回の視察を任せられました。よろしくお願いいたします」




 そう言った彼女の頬は微妙に引き攣っており、ベルリはそれを全力で見ないふりをした。


                   ◆



「ペリドット? 本当にそう言ったのか?」


〈――回答します。確かにそう彼女は口にしました〉


「ペリドットって確か……」



 ルベリが視察団に挨拶へと向かっていたちょうどその頃、少し離れたところでディアルドたちはその様子を伺っていた。


「ああ、確か北の方の国境付近に領地を持つ侯爵家じゃなかったか?」


「うん、そのはずだ。となると彼女は侯爵家のご令嬢ということになるけど」


「ふーはっはァ! ……いや、なんでそんな人物が視察団の一員としてくるんだ? しかも、こんな僻地の」


「それは……なんでだろう?」


 彼らは困惑していた。

 正直なところ、今回の視察の話は時期を考えれば明らかに早すぎて不可解な点があった。

 ディアルドたちが色々と手段を厭わずに開拓しているから街の形にはなっているものの、ゼロからのスタートで普通なら掘っ立て小屋と小さな畑ぐらいしか出来てなくてもおかしくはないのだ。


 なら、今回の視察には何か別の意図があるのではないかと勘繰ってしまうのも無理はないことで……それを確かめるためにあえてディアルドたちは対応をルベリに任せて様子を伺っていた。


 その結果がこれで有った。


「ふむ、侯爵令嬢……か」


 やって来るにしても役人かなにかだと想定していたというのに蓋を開けてみれば侯爵家のご令嬢となると……ディアルドの中で疑いは確信に変わった。


(のは間違いないだろうな……)


「ペリドットについてなにか知っていることはない?」


「私がそんなこと知っていると思うかい? 伝統的に炎熱系の魔法を得意とする家系であることくらいなら知っているけど」


「ふーはっはァ! 知ってた。魔法以外だと頼りにならないからなぁ」


「酷い……。ああ、でも確かオフェリア・ダグラス・ぺリドットの名前は少し聞いたことはあるからな? 去年の魔導協会ネフレインの試験を受けに来ていて色位カラーの階級になったはず」


「ほう? ふむ、あの若さで色位カラーとは随分と優秀だな」


「侯爵家の領地は国境に接しているのもあってね、とても優秀な魔導士が多いんだ。魔導士を育てることに積極的でそのための仕組みもしっかりしている。一度行ったこともあるよ」


「なら令嬢とは面識が?」


「いや、無いよ。あれはまだ私が魔導協会ネフレインに認められる前の旅をしている時に寄った時の話だし」


「ふむ、そうか」


「ただ、その時の話だと確か彼女はベリドットの一人娘だという話だったはず」


「一人娘、か」


 だとすれば尚更にオフェリアがここに来ている理由がディアルドにはわからなかった。

 空を飛べばそれなりに安全にオーガスタとも行き来が出来るとはいえ、陸路ではベルリ領にたどり着くためには相応にモンスターに襲われる危険性がある。


 それを考慮した上で侯爵家の替えの利かない一人娘を視察に送り出す――その理由。


(もしものことがあったら一大事……というレベルではあるまい。特に侯爵家ともなればな。リスクは可能な限り排除したいだろうに)


 無論、相手も馬鹿ではない。

 こうして遠目から見ても腕の立つ護衛を揃えてベルリ領まで来たらしいがそれでも絶対の安全が担保されるわけではない。


(年齢と立場を考えれば領地の中から出さずに後生大事に育てるか、あるいは王都へいかせて人脈作りをさせるか。どちらにしろ危険なことはさせんわな。となるとやはり……)


 実績作りにしてもただの開拓領の視察では大した実績にもなりはしない。

 その辺を考えると別の意図かあるいは事情が動いているのは間違いないが――



「……ちっ、まるでわからんな」


「おや、天才であるキミでもかい?」


「ええい、茶化すな。……ううむ、やはりこんな地方では情報がろくに入ってこない。判断出来るほどの情報が足りない。まあ、このまま大人しく様子を見ていることにしよう。なに、視察の方は問題はないはずだ。、主導権はこちらが握っている。このまま、ペースを握り続けて追い返してしまえば俺様たちの勝ちよ! ふーはっはァ」


「うん、まあ、圧倒されているね。確かに。……可哀想な子爵様だ」


 エリザベスはその光景を眺めながらぽつりと呟いたのだった。


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