第百五話:騒ぎの予感・Ⅴ
「きゃー、とても素敵です。子爵様……」
「ええ、大変お似合いです」
「そ、そうか……」
食べ歩きを終えたディアルドたちはオーガスタにある衣服店へと訪れていた。
理由としては単純で視察に備えてルベリの服を用意するためだ。
「ふーはっはァ! うむ、流石の見立てだな」
「へ、へぇ……そうか、兄貴……」
昔の時とは違い、今は立場に応じた上質な服を着ているとはいえ……どちらかといえば実用性重視のデザインの服、王都からの人を迎えるにはやや足りないとディアルドは判断した。
ルベリ本人はともかく、仮にも歴史のあるベルリ家への視察となると役人だとしてもそれなりの立場の人間が出てくる可能性が高い。
そんな人間に対して隙を見せるのは後々デメリットになりかねない、だから新しい服を用意しに行く――そうディアルドから伝えられた際、ルベリは表に出さないように頑張っていたがそれでも貸し切れないほど喜んでいた。
ロナウドの下に居た時はお洒落などできる余裕なんてなかったので非常にシンプルな服装ばかりだったとはいえ、彼女も年頃の女の子であり色んな服を着てみたい――そんな願望は当然のようにあった。
だからこそ、降って湧いた機会にご機嫌になり彼の伝手がある急ぎの仕事も頼めそうな店へと訪れたのが……一時間ほど前。
彼女は――
「こ、こここ……これのどこが似合っているって!? ああっ!?」
「何を言っているのだルベリ。もっと自信を持て、とても似合っているし愛らしい。――具体的に言うとお世話をして欲しい! ……ご主人様って言ってみない?」
「言うかバカ!」
何故かメイド服を着ていた。
まあ、着ていたというかディアルドに言葉巧みに上手く乗せられて着させられたというべきなのかもしれない。
「わりとその気になって来ていた気がするけど」
「待てファーヴニルゥ、言うんじゃない! 褒められると案外コロっと気分が良くなってあっさり着ちゃうのがルベリのちょろ――もとい面白い所なのに!」
「聞こえてるからな、兄貴!」
「まあ、聞こえるように言ってるからな。ところでこっちのミニスカートタイプのメイド服はどうだ? 俺様的には基本的なクラシカルなロングスカートのメイド服こそ至高だと思っているが、ミニスカートタイプもそれはそれでありだと最近は思い直すようになって――」
「うるせぇ、死ねぇ!」
ディアルドの言葉を聞き終える前にルベリは顔を真っ赤にしながらローキックを放った。
そもそも気づくべきではあったのだ、彼が懇意をしている衣服店という点でちょっと普通ではない。
「というかなんだよ、この店。メイド服があるのはいいけど、なんで種類豊富なんだよ。明らかに変な改造が施されてるやつとかもあるし、他にも妙に見たこともないデザインの服とかも多いし……」
彼女の言った通り、その店の中の服の種類は妙に多様性に富んでいた。
メイド服からチャイナ服、和テイストの着物系統などなどハッキリ言ってキメラのような様相を呈していた。
誰が原因なのかと言われれば当然、それはディアルドのせいである。
「ふーはっはァ! 全ては俺様の天才的な頭脳のお陰よ! ……まあ、実際にやったことと言えばそれっぽい絵を描いて見せたぐらいだが」
「よくわからないけど阿漕な商売しているのはわかった」
「著作権料としてマージンを少し貰っているだけで、酷いことなどとてもとても。俺様はお金が入って嬉しい、店は売れるデザインの発想が手に入って嬉しい。どちらも得しかしていないのだぞ?」
「実際、売れ行きが良いので助かっていますよ。少し裕福な男性とかがプレゼントとかで買っていかれて」
「ふふっ、コスチュームプレイというのは男の夢だからな」
王都ではそりゃもうそっち系の欲の皮が突っ張った貴族相手にプレゼンして搾り取ったものだった、オーガスタではそれほど売れないかとも思っていたのだが案外売れているらしい。
「というわけで次はこのふわふわミニスカサンタコスをだな……」
「着るか!?」
「ルベリならきっと似合うのに……。その赤毛は正しくレッドサンタに相応しい。絶対に可愛いのに」
「意味が解らない。……着ないからな」
しょぼんとするディアルドに対しルベリはふいっと頑固たる決意でそっぽを向いた。
ちょっと可愛いなとか決して思っていない、たぶん。
「じゃあ、せめて俺様に向かって「ご主人様」と言ってくれ! 一回でいいから!」
「名義上は私が上の立場ってこと忘れてない? ねえ?」
「「お帰りなさいませ、ご主人様♪」と「萌え萌えきゅんきゅんラブ注入~♪」だけでいいから。あとは――」
「増えてるじゃねぇか?! というかなんだ後者の頭の悪い言葉!?」
「……はっ?! なんかいい商売のネタが浮かんだ気がする!?」
「ろくな発想じゃなさそうだから忘れてしまえ!」
自身の欲求に素直過ぎるディアルドと商人として商売の匂いに素直過ぎる女店主にルベリは元気よく突っ込みを入れた。
「子爵様、なんというか揶揄われているねー」
「ルベリは反応がいいから……。マスターも楽しんじゃうというか」
「わかる気はするけどねー。あっ、こっち着てみる? ディーさんが褒めてくれるかもよ?」
「着る」
それを遠目から見ているファーヴニルゥは他の店員たちの着せ替え人形となっていた。
人とは思えないほど美しい容姿を持っており、ディアルドをだしにするとなんでも来てくれる彼女は店員たちにとって最高の玩具と言えるだろう。
「うむ、それで……ここにベルリ家の家紋を――」
「なるほどなるほど、ならあそこの針子に……あとは――」
店員たちにとっての玩具がファーヴニルゥなら、ディアルドたちにとっての玩具はルベリだった。
とりあえず、ある程度満足するまで揶揄い終わったら彼らはあっさりと仕事の話へと戻った。
ディアルドが目を付けただけあって、この店はとても優秀だった。
幅広く伝手もありこんな急な話でも十全に対応し服を作って用意することが可能、だからこそあれだけ多種多様な服が作れるのだ。
「なんか納得がいかない」
「ふーはっはァ! まあ、ちょっと揶揄い過ぎたな。だが、俺様の言葉は嘘ではない。本心からの言葉だ、それを間違えるなよ?」
「……うっせ。それでどうだったんだよ?」
「服の方はまあ問題はあるまい。手配は出来た。あとは調度品を揃えるだけだな」
「そっか、まあ……色々な服を着れて楽しかったよ」
「お前本当に色々着ちゃうのな。特にバニーとか――」
「そ、その残念なものを見る顔やめろよぉ……。あっ、そうだ。あれはどうなったんだよ、兄貴。ほら、ルベルティアの視察をどう誤魔化そうかって話」
「ああ、あれか。如何に天才である俺様と言えど、そう都合よく策が思いつくというものでも――ん? こんな服もあるのか。店内で堂々と飾られていたバニーの服に目が行っていて気付かなかったな。……待てよ?」
ナース服を手に取りながらディアルドはあくどい笑みを浮かべた。
「ルベリ、いい案を思いついたぞ」
ルベリ・C・ベルリは後に語る。
「なぜあの時もっと詳しく話を聞いて置かなったんだろう……」と。
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