第百四話:騒ぎの予感・Ⅳ


 久しぶりのオーガスタの街はいつも通りに賑わっていた。

 領民全てを合わせても百名を超えないベルリ領とはやはり活気が違う、大通りでは露店が並び食べ物のいい匂いが漂っていた。


「兄貴、兄貴! これこれ!」


「マスター、こっちも!」


「ふーはっはァ! 騒がしいな二人ともまるで子供……まあ、それくらいの年頃か」


「私、このパンが食べたい! 肉を挟んだやつ! あっちだとパンがなぁ」


「僕はこっちの菓子がいい。くれーぷ? ってやつ!」


 そんな中をディアルドたち三人ははしゃぎながら歩いていた。

 一応、買い物を目的としてのオーガスタへの来訪であったがまずは腹ごしらえからだと買い食いに彼らははしっていた。


「いやー、美味しいな。やっぱりこうして色んな食べ物があるっていいよなー。これなんて前はなかったのにさ。あっ、わりといける」


「ふははっ! 実に結構! 企業努力というやつだな。商売敵と切磋琢磨することで多様性は育まれ、成長する余地が生まれる。ベルリ領も何時かこうして多様な店が軒を連ねる大通りが出来ることだろう」


「へへっ、いいな。それ……」


「まあ、店なんて一つもないけどねベルリ領ウチ。まずは一つでも出来ることから始めないと」


「ファーヴニルゥ、お前な」


「ふっ、まあ事実ではあるがな」


「それにしてもさ、なんか前よりもオーガスタって賑わってないか? 人が増えた気がしてるんだけど」


「ふむ、前ここの裏を牛耳っていた連中が居なくなったことで風通しが良くなったのだろう。それと黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンのこともある」


「なにか関係あるの?」


「強大なモンスターである黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが近くにあるというのはやはり大きかったのだろうな、なにせ何かの気の迷いで縄張から出て来てオーガスタに侵攻してこないとも限らないからな」


「なるほど、それで今まではそこまででもなかったけど倒されたってのが知れ渡ったから」


「来やすくなったり、店を出店させやすくもなった――というところだろうな。あとはこれだな」


 そう言ってディアルドは持っていた紙袋から先ほどの露店で買った焼き菓子を取り出した。

 一見すると普通の焼き菓子だが特徴のある焼き印が押されていた。



「えっ、なにこれ……」


黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン焼き菓子だ」


「「黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン焼き菓子!?」」



 それは龍の姿をデフォルメしたようなデザインだった。


「話題の相乗りというか無断コラボというか……まあ、そういうやつだな」


「うわっ、気づかなかったけどよく見るとアクセサリーとか手ぬぐいとか色々と売られてる」


「なんというか商人という連中は逞しいな、うむ。しかも結構売れている様だし」


「なるほど、それ目当てで訪れている人も増えてるってことか」


「私たちが居た時はあんなの売られてなかったよな?」


「まあ、一応立役者である俺様たちが街にいる間はやり辛かったんだろう。ルベリに至っては貴族にもなっていたから下手に勝手に商売して睨まれると厄介だからな」


「だから、私たちが本格的にベルリ領へ活動拠点を移してからこっそりとやり始めたと……狡賢いという図々しいというか」


「ふーはっはァ! 全くだな、やれやれ」


 呆れまじれのルベリの言葉に心底同意するディアルドであったが、



「まるで兄貴みたいだぜ」


「??」



 続いた彼女の言葉に心底不思議そうな顔をした。



「ちなみになんだけど、兄貴はなんか勝手に私たちがやった黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン退治で商売されていることに対して――どう思う?」


「販売利益の一部ぐらい寄こせ」


「同類なんだよなぁ……」



 ルベリの言葉に首を傾げつつも三人はそのままふらふらと食べ歩きツアーを敢行し、大通りの――特に食べ物などが多く売られている区画へと流れていった。



 因みになのだが、今回は三人とも目立ちたくないという理由でフードを目深く被って顔を隠して散策しているのだが、顔を隠しているだけで安心しているのか彼らは普通に喋っていた。

 マスター呼びするファーヴニルゥ、やかましく高笑いするディアルドのせいでわりとバレバレあったのだが誰も気づいていなかったりする。


(なんか見られるな……やっぱりフード姿は怪しいかな?)


 常識的に考えて高笑いする彼がとても目立っているということに気付けるはずだが、ベルリ領では当たり前の光景なのでルベリはそれに違和感を持てなかった。


「いらっしゃいま――あっ」


「んっ、どうした? 俺様は何の変哲もないただの買い物客だが?」


「……あー、そうですね」


 なお、果物を売っていた店主は気づいた模様。

 妙なところで抜けているディアルドは気づかれていることに気付くことは出来なかった。

 彼の興味は並べられている果物にあった。


「わー、美味しそう」


「へ、へえ。お目が高い。どれも新鮮ですぜ」


「何個か買って帰ろうよ、マスター」


「ふーはっはァ! なるほど、ワーベライトやアリアン辺りのお土産ということか? ふっ、気遣いというのを学んだのだな……俺様、感動」


「種があるならベルリ領ウチで増やせるじゃないか」


「さらっと外道なことを言うのな」


 確かにベルリ領の農地は魔法で土壌状態を整えているので育てられる幅が非常に大きい。

 何ならヤハトゥの技術もあればビニールハウス栽培に近いことも行えるのでよほど生育が特殊なものでなければ育てることは可能だろう。


 それはそれとして丹精込めて作った果物を速攻で種からパクろうという所業は生産者からすれば殺されても仕方ない所業ではあったが。

 人の心があまりにも無い。


「やっぱ育てたのが兄貴だから」


「それはどういう意味だ。……まあ、やるが」


「やるんじゃん」


 ルベリから突っ込まれるがディアルドは気にしない。



(だってこの世界には特許とかないから違法ではないし)



 それはそれとして彼は並べられている果物をしげしげと眺め、そして値札の方に目をやった。


(……こういった露天商の値段設定などさじ加減一つなので信用は出来ないが――やはり)


「……高いな」


「ん、どうかしたか? 兄貴」


「いや、なんでもない。これとこれを貰おう。ああ、それからこれも一つ」


 ディアルドはルベリの言葉に答えずに果物を買い込むと気分を切り替えるように口を開いた。




「さて、そろそろ当初の予定通りの買い物をするか」


「そうだな。えっと、確か皿とかの調度品を買うんだっけ? あとは香辛料の買い込みと……」


「それとお前の服だな、ルベリ」


「そうそう私の服……って、えっ?」




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