第百三話:騒ぎの予感・Ⅲ


 査察団が来るまで二週間ほどの時間があるらしい。


 ディアルドたちはそれまでに何らかの作戦を思いつかなければならない。

 今の段階で王都の連中と変に拗れるのは面倒ごとに発展する可能性が高い。


(いや、あるいは既に?)


 思考が少しずれた。

 彼は僅かに浮かんだそんな思考を一度棚上げしつつ対策を考える。


(ベルリ領の秘密を守る。それだけなら手段を選ばなければさほど難しくはない)


 手っ取り早いの証拠の隠滅だ。

 ルベリティアに運び入れていた鉱石とか隠せそうなのは別のところに持ってき、無理そうなのはまた壊してしまえばいい。

 道とか大きすぎる農地とか基礎工事中の城の予定地とか、とりあえず一回荒らして相応の開拓したばかりの領地に相応しい程度のこじんまりとしたルベリティアにする。


 そして、それに騙されて査察団が帰った後に改めて作ればいい。


(却下だな)


 まあ、この対策はディアルドの中で一番最初に却下された案だったが。


(だって勿体ないしなぁ……)


 作り直せばいいというのは確かにそうなのだろうが、作り直すにもまた労力と時間が必要なわけで……それを彼は勿体なく感じてしまったのだ。

 なのでディアルドが考えているのは今のルベリティアの状況のままで、上手く誤魔化して帰って貰う案だった。


(とはいえ、そう簡単には思いつかないな。今のルベリティアの発展具合を見れば「どうしてここまでの……」と疑問を持つのは普通だ。それで深く暴こうとされてしまったら――色々とバレてしまう危険性がある。となるとどうにかして意識させないようにするしかないが……)


 そんなことが可能だろうか、いやしなくてはならない。

 ディアルドは欲深いからこそ、常に最高の結果を求める。


「むっ、そういえば……」


「うん、どうしたんだい?」


「ふははっ、いや街の問題とは別に査察団の来訪でやらなければいけないことがあるな、と」


「というと?」


「もてなしだ。誰が来るかは知らないが辺鄙な場所とはいえ仮にも子爵の領地の査察だ、それなりに立場のある人間だろう」


「確かに……。でも、そうなると」


「目的は何であれ、それなりの立場の人間が来訪したというのに供応の一つも出来ないとなると、子爵の貴族としての立場がな……」


「事情が事情だからある程度は仕方ないとしても、礼節とか品位の問題だからね」


「最低限形になる程度は迎え入れる準備をしておかないと。恐らく、二週間というのはそのために時間か」


「えっ、やばいじゃん……。ど、どうする? 屋敷とかヤハトゥに頼んで急いで……」


〈――確認します。建築しますか?〉


「やらんでいい、やらんでいい。わざわざこんなところまで来るのだ、そこら辺は向こうの方で何とかするだろう。だから、それ以外だな。……いい感じの料理とかで誤魔化すか」


「それなら食器とかも必要なんじゃないかな? 来賓用というか何というか」


「ふーはっはァ! 確かにな、今使ってるのは安い品でもないがどちらかという長く使えることに重きを置いて選んだやつだからな。……今後のことも考えると奮発していいものを買った方がいいか? 調味料の補充も欲しかったところだしな」


「オーガスタへ?」


「ああ、そのつもりだ。そこで出しても恥ずかしくない程度の物を集めてこよう」


「査察団は予想外だったけど、領主として相手を歓待する機会も開拓が進んで発展すれば増えるだろうからね」


「うへぇ……」


 エリザベスの言葉にルベリは思わず呟いた。

 領内でならそれなりに板についてきた新米貴族な彼女だが、想像してとても嫌だったのだろう顔をゆがめていた。


(まあ、それも貴族の仕事だからな)


 色々な積極的に交流して交友関係を広める――というのは貴族にとって大事な仕事なのだ。

 そして、その仕事を上手く果たすため磨かないといけないスキルが存在する。


「ああ、それからルベリ」


「なんだよ、兄貴」


「ワーベライトから貴族社会でのマナーとかルールとか、片っ端から詰め込まれておくがいい」


「えっ」


「あー、そうだね。確かにそれも重要か。でも、キミでもいけるんじゃないかい?」


「俺様は色々と考えねばならないことが多くてな。どうやって誤魔化そうか、とかそこら辺。正直、暇がない。本当は頃合いを見計らって本格的に時間を取って学ばせるつもりだったのだが……悪いな」


「……わかったよ、もう。ただし、条件がある」


「ほう、条件とは?」


「この後、オーガスタに行くんだろ? 私もついていく」


「オーガスタにか? 何をしに?」


「ちょっとした気分転換したくなったというか……だめ?」


 おねだりをするように言ってきたルベリの様子を見ながらディアルドは考える。


(ふむ……まあ、少し忙しくなりそうだしな。ようやくのんびりと出来ると思っていたところにこれだからな)


 そう言った面で街で楽しんでリフレッシュさせておくのもいいかもしれないと彼は思った。

 平民として育ってきたルベリにとって色々と学ぶことばかりの日々は大変だろうに、愚痴こそこっそりと零すものの毎日コツコツと頑張っているのをディアルドは知っている。

 生来の生真面目な性格もあるのだろう、彼女のその努力家の気質を彼は好んでいた。


(他の領民の目があるとあまりリラックスも出来ないだろうしな。それに……)


 チラチラとこちらの様子を伺うように見るルベリの姿を改めてみて彼は口を開いた。



「よし、わかった。ルベリも一緒についてくるといい」


「ほんとか?!」


「ああ、だが今回はあまり目立つの面倒だからな……フードでも被ったままになるがいいか?」


「勿論!」


「おや、いいのかい?」


「ふーはっはァ! 一人増えたところで大した手間ではないさ。それでは少しの間、ルベリ達と離れるが領地のことは任せていいか?」


「ああ、わかったよ。流石に急いで帰ってきたから私も疲れたし」




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