第百二話:騒ぎの予感・Ⅱ
「入るぞー」
「うぉっ、ひゃぁっ!?」
蒼の天蓋。
内部が拡張するように魔法のかけられた魔法のテントは思いの外に中の空間が広く、部屋もいくつか存在し区切られている。
その中でルベリが公務に関することを行うために占拠している部屋がある。
ディアルドたちはそこを執務室と呼んでいるが、彼はその扉をろくにノックもせずに扉を開けて部屋の中に踏み込んだ。
当然、全くの不意打ちで部屋に入ってこられ中に居たルベリは少女らしい可愛らしい声を上げるのだが――
「ぶ、ぶぶぶ、無礼者! 一応、私はこのベルリ領の領主! ベルリ家の当主にして子爵の爵位を賜りし者! もうちょっと敬意をもってだな――」
「ふーはっはァ! なに、身体で隠すことはないぞ! 貴様がヤハトゥからの授業の間、用意してもらった魔法の粘土で自らの城のデザインに拘りながらミニチュアを作っていることなど――お見通しだ!」
「うにゃぁ!?」
「特に中庭のメルヘンで可愛らしい花壇だけは頑として譲らずに初期案から変えてないのも知っている!」
「ぎゅうぅぅっ?!」
「……ぷっ、ルベリって思った以上にファンシー系が好きだったんだな。いいんじゃないか? メルヘンって……うん」
「~~~~~っ!!」
「よせ、執拗に脛を狙って蹴りを入れようとするんじゃない。いい趣味だと思うぞ、城を作るときにはちゃんと花壇も作るから! 一年中花畑が彩ってる感じの!」
「本当に?」
「約束する。魔法でこう……なんかいい感じに」
最近、領主としてちょっとカッコをつけたいお年頃なルベリとしては知られるのはだめだったらしい。
ディアルドがちょっと笑ってしまったのもあるのだろう。
とはいえ、彼からすれば実は可愛いもの好きな癖にそれを隠そうとしている姿がいじましくてつい揶揄いたくなっただけなのだが……。
(ふーはっはァ! ――うむ、俺様が悪いな! 人が好きなものを笑うべきではないし、誤解されるようなことも慎むべきだった! あとで機嫌を直すために奔走しないとな……)
そんなことを考えながらディアルドは口を開いた。
彼としても別に用もなく、執務室に訪れたわけではなかったのだ。
「実はな、先ほどワーベライトの奴が帰ってきたのだが……少々、面倒なことになった」
「えっ、ワーベライト様が? それに面倒なこと?」
「うむ――いささか厄介なことになりそうだ」
◆
「査察ぅ!?」
「はい、子爵様。ベルリ領への領内査察が行われるという話でして……。私はそれを伝える様にと」
「…………」
エリザベスの言葉に難しい顔をしたベルリはディアルドへと視線を飛ばした。
主導して話を進めろ、ということだろうと彼は受け取った。
故にディアルドは口を開いた。
「査察というのはあれか? 税の徴収でもするつもりか? 一応、子爵様がベルリの爵位を授かった時の話だとしばらくは税は免除の話だったが……」
「いや、そういうことじゃないらしいね。少なくとも建前としては」
「建前としては……か」
「話によると若い身空でありながら、一からの領地の再興。更には東部の開拓など苦労もいいだろうからってことで、実際に人を送って現状を確認して必要に応じた形の支援を――という話で」
「どこが主導だ?」
「王家、だと思う。その……話を持って来たのがあのジークフリートだったから」
その言葉を聞いてディアルドは眉間にしわを寄せた。
どうあがいても厄介な事態になった未来しか見えなかったからだ。
「面倒なことに……。いや、今はそれは良いか。問題はこの状況、どう切り抜けるべきかという話だ。この調子じゃ、査察自体をどうにかするのは不可能そうだから」
「……マスター。わからないんだけど、その査察に来られて何が困るんだい。僕たちは特に違法なことなんて――まあ、うん」
「そこは何一つやってないって言いよどまずに言って欲しかったな」
「ふーはっはァ! まあ、そうだな。正直、知られると色々と困るものは多い。イリージャルの件は当然として――」
鉱床のこともそうだ。
バレると税とかかけられるかもとか思ったのでディアルドとしては地産地消というか領内発展のために全部こっそり使ってしまう気満々だった。
あとは魔導騎兵ファティマのことやよくよく考えると前歴犯罪者なハワードたちのことかのこともある。
それからファーヴニルゥのこととかもだ。
「あれ? うちの領地ってちょっと問題多すぎじゃない?」
「ふっ、今更だな今更」
そもそも領主のルベリ自体がペテンの塊なので叩けば埃しかないのがベルリ領だ。
ディアルドもファーヴニルゥも問題があり、エリザベスも自身の魔法研究を優先して国への隠匿に協力している共犯者、ハワードたちは言わずもがな……本当に誰も問題がない人間が居なかった。
「問題だらけ過ぎるだろベルリ領……」
「うーむ、それにしてもどうするべきか。何時かは来るとは思っていたが流石にこの速さで来るのは予想外だ」
彼としては査察自体はいずれ来るものだと予想はしていたのでそれ自体に驚きはないのだが、だがルベリが領地を得てから半年も経っていないのに来るというのは完全に想定していなかった。
なにせゼロの状態から始まった開拓だ、普通に考えてある程度時間をおかなければ見るものなどないと考えるはずだ。
だからこそ、ディアルドとしては好き勝手にやって来そうな時期になったら誤魔化すための方策を練ろうと考えていたのだが……。
(――うむ、全く何も出来ていないな!)
イリージャルと鉱床についてはそもそもルベリティアとは離れた場所にあるので問題はないにしても今のルベリティアの状態は客観的に見て色々と問題だった。
「まあ、だよね」
「えーっと、やっぱり駄目?」
「
「王都というか
「ならば農地の方は何とか誤魔化しが効くか?」
「いや、兄貴がどうせ後で必要になるからって農地拡大させてたじゃん。たぶん、百人ぐらいなら問題なく養えるくらいには……」
「そういえばそうだったな」
「あとは公衆浴場の整備とかも進めたよね」
「男所帯になってきたからしな、デカいのを作ったなぁ。衛生管理は諸々に関わるし、日々の肉体的な疲れと精神的な疲れを癒すためにも必要だからな」
「道路も結構整備したよね……無駄に」
「後々のルベリティアの開発を考えれば先に道路で区画整理しておいた方が良かったのだ。無駄ではないぞ」
「いや、絶対兄貴楽しんでただけでしょ。なんか空を飛んで街を見下ろしながらニヤニヤしてたし」
「上から眺める綺麗に整備された道路網の素晴らしさ……っ! これがわからんとはな……天才とは孤独だ」
ちなみにだがディアルドは前世で都市開発型のゲームをやるとき、道から作る派だったりする。
「いや、知らないけどさ。あとは……なんだ?」
〈――回答します。城の建設予定地の整備と基礎工事、あとは製錬所とかもですね。初期の頃に敢行した水路も含まれるかと〉
ヤハトゥからの指摘に「あー、そんなのもあったなー」という雰囲気になる一同。
しばしの無言の間、ルベリが口を開いた。
「ご、誤魔化せるかな? これ……」
「開拓初めて半年も経ってないのに王国の村落よりも遥かに整備がされているというか既に発展しているというか」
「全部、魔法ってことで片付けられない?」
「
「魔法のせいに出来ないとなるとじゃあどうやってこれだけ作ったんだって話になるけど」
「魔導機兵ファティマのことは流石に出せないからな……。うむむ」
「便利過ぎて色々やらせちゃったツケだね」
「ふーはっはァ! ファティマが労働力として便利過ぎるのが悪いのだ」
と言ったところで仕方がない。
ディアルドは行われるであろう査察に対し何かしらの手を打つ羽目になった。
(さて――どうするべきかな)
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