第九十九話:ある白魔導士の王都帰郷・Ⅲ


「これは?」


「ええ、これは北西のエッツル草原の方で出土した遺物でして。恐らくは古代の……天帝七国時代のものではないかと調べを進めているところでして」


「へえ、魔法術式のようなものが組み込まれている。いったいどんなアイテムなんだろう?」


「それが中々……どういったアイテムなのかはまだ判明していない状態でして。ワーベライト様の目からはどうですか?」


「そうだね、私の印象からすると――」



 エリザベスにとって幸運だったのは思い付きで赴いた「王立遺物管理室」であったが、思った以上に収穫が多かったことだろう。

 同じ学者肌なところもよかったのかアイゼンバルドとの議論も意外なほどに弾んでしまった。


「いや、驚きました。古代のことに関してそれほどの知識があるとは……」


「いえいえ、こちらも知らないことばかりで」


 少し前までは彼女も大して知識はなかったのだが、ベルリ領での過ごした間に身についてしまった知識のお陰の進んでしまうのだ。

 アイゼンバルドも話が通じる相手だと理解すると、腰を据えて話を始めるようになるのにはあまり時間もかからなかった。


「こんなにも熱中したのは久しぶりですよ。それに助言まで与えて貰って……解析の助けになりそうだ」


「それは何よりだ。こちらも楽しかったです、アイゼンバルド室長」


 気づけば窓の外の日は落ち始め、暗くなり始めている頃間だった。



(自分のことながら熱中しすぎたな。アイゼンバルド室長の話も面白くてつい……)



 エリザベスもそっち側の人間であるからこそわかる。

 自分が好きなことを理解できる相手に出会うとつい話し込んでしまう性質、ベルリ領ではよくディアルドが被害にあっていた。


 まあ、彼の場合楽しんでいる節があったが……それは一先ず置いておくとして。


(ディアルド・ローズクォーツ……ね)


 アイゼンバルドから聞き出した「王立遺物管理室」から消えた男。

 知らないところで素性を探るような真似ははしたない行為だとは思ったものの、出来すぎたくらいに知るチャンスが来てしまったら、エリザベスとしても好奇心が抑えられなかった。

 とはいえ、会話の中から不自然にならないように聞き出した情報なのでわかったことはあまり多くはない。


(ディアルドだからディー? なんという安直な偽名……こんな知ってる人ならすぐに気づいちゃいそうな偽名なんて――付けそうだな、ディーなら。彼って凄い頭がいい時と妙にガバガバな時とで落差が酷いから……)


 エリザベスの中では「ディー」と「ディアルド」の存在は既に同一で結ばれていた。


(彼が「王立遺物管理室」から姿を消した件については……何かの事情が? それとも単にこじんまりと暮らしていきたくなかったから逃げ出したとか、あるいは単なる勢いとか――うん、どれもありそうだね)


 彼女からするとどれもあり得そうだから困る。

 まあ、ディアルドが王都から離れた理由についてはそこまで興味があるわけではなかった。


 あるとすれば――


「……ディアルド・ローズクォーツでしたっけ? その彼が戻ってきてくれるといいですね」


「ああ、全くだよ。賃金が悪かったのかなぁ? 彼は色々と多趣味で楽しんで過ごしていたようだし。もっと手当をつけるべきだった。後悔しても遅いのだろうけど。んだ、あれだけの才能。将来的には室長にでも考えていたのだが――」


 ため息を吐いたアイゼンバルドの様子を見ながら、エリザベスは内心で静かに考える。


から……か。ってっきり、「王立遺物管理室」であの解読能力を磨いたのだと思っていたのだけど)


 そこがどうにも彼女の頭に引っかかった。



(知識に関しては「王立遺物管理室」で得たとしても、入った当初から今や読める人など皆無な古代文字の解読を出来たのは……。そういった魔法――ではないね。彼が読んでいる時を何度も見たけど、一度たりとも魔法陣の展開はなかった。仮に「奇跡使い」だったとしても魔法陣の展開は必須。となると、なら考えられる可能性は「王立遺物管理室」来る以前に、何らかの手段で古代文字の解読法を習得した。あるいは――)



 そこまで考えたところで、ガチャリという扉の開く音にエリザベスの意識は戻された。

 帰る用意をしながら立ち上がり、アイゼンバルドに会釈をしたところでちょうど彼女が帰るタイミングに――




「失礼。ローズクォーツの名前が聞こえたので」


「じ、ジークフリート様!?」




 その人物はやってきた。


 金色の瞳に金色の髪、漆黒の鎧に身を包んだ美丈夫の騎士。

 エリザベスとてその人物の名は知っていた。


 何せ王都で知らぬ者などいないとまで言われる人物だ。

 その名は――ジークフリート・デ・クハィレイト。



「「魔剣」のジークフリート?」


「むっ、貴方は確か――「幻月」の……なぜ、ここに?」


「いえ、勉学の為にと思いまして。それで……先ほど人の名前を呼んでいたようだったけど」


「ああ、そうだった。アイゼン、先ほどの私の耳にはディアルドの名が聞こえてきたのが――」


「た、ただの雑談の中の話でして」


「むっ、そうなのか……てっきり帰ってきたのかと」


 どこかしょんぼりした雰囲気になったジークフリートを見ながらも、エリザベスの頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。


(いやいやいや、だってジークフリートだよ? 「王の剣」とも呼ばれる「聖王騎士団」の中で最強と呼ばれ、王自ら「魔剣」の二つ名を授けられたほどのドルアーガ王国随一の騎士! それがなんでディアルドと……? どういう関係!?)


 いきなり現れたビックネームに彼女は困惑した。

 とてもとても困惑した。


(というか名前が耳に飛び込んできたから突撃してきたって、部屋は閉め切っていたはずだったんだけどどういう耳をしているんだ? やっぱり、聖王騎士団は色々とおかしい!)


 そんなこちらの動揺をよそに、立ち直ったらしいジークフリートはエリザベスに視線を向け、何かを思い出したかのように懐を探り、一枚の紙を取り出した。


「ディアルドが帰ってきてなかったのは残念だが、ワーベライト様が見つかったのは助かった。実は貴方には渡しておきたいものがありまして」


 そう言って手渡された紙。

 国からの指令書であり、その内容は――




「…………」


「ベルリ領に戻る予定だと聞いたので。それでは私はこれで失礼します。「期待している」と伝える様にとの言伝がありましたので――そちらもよろしくお願いいたします。では……」


 綺麗なお辞儀をして去っていくジークフリートの様子を見送る余裕もなく、エリザベスは頭に手を当てた。




「ど、どうされましたかワーベライト様?」


「なに、いささか……面倒なことになりそうだなって」




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