第九十五話:ある白魔導士の王都帰郷・Ⅰ


 王都から少し離れた土地の一角。

 広大な土地を占領する建物が存在する。


 それこそが魔導協会ネフレインの本部。

 ドルアーガ王国において権勢を振るう、魔導士を束ねる機関の建物がそこにはあった。


 その一室。

 魔導協会ネフレインの中でも幹部とされるものしか立ち入れない場所がある。


「では、報告書は以上です」


「ご苦労さまでした。それにしても農耕人形ファーム・ゴーレムですか……魔法で農作業を行おうなど、何とも開明的な方のようでベルリ子爵は」


 その内の魔導協会ネフレインの局長室という場所だ。

 部署ごとに分かれており、エリザベスは「探求科」と呼ばれる部署の人間だ。

 若くして王位キャッスルにほど登り詰めた彼女であったが、まだ若いことと出世へのやる気のなさも相まって、彼女は部署の中では幹部でありつつも上が存在する。


 それこそが目の前の女性。

 リーザ・エウラリア・ペレグリーノ、という人物こそがこの「探求科」の局長であった。


「何せ人手足りませんからね」


「確かに一からの開拓ともなればこのような手段に手を出してしまうのも……ああ、嘆かわしい。かつて名家を誇ったベルリ家の成れの果てとは……」


 やれやれといわんばかりにリーザは首を振り、そして農耕人形ファーム・ゴーレムの報告書の束をに入れた。

 その様子をエリザベスはただ眺めた。


「他にどうです?」


「そうですね、他に潜水用の魔法の開発も行いました。十分に実用的なレベルの完成度となっていると思います」


 そう言ってエリザベスが取り出した報告書の束。

 それには≪農耕人形ファーム・ゴーレム≫の時と同じく潜水式の魔法の術式の詳細が載っている。


「それは素晴らしい魔法だわ。こちらでも色々と検討してみましょう」


 リーザはそう言うと受け取った報告書の束を今度は左の箱の中に丁寧に置いた。

 その様子をエリザベスはただ眺めた。


「それで?」


「ええ、はい。こちらが≪飛翔せよアル・グルム≫の魔法術式です。色々と検証もしてきたので、それは別途資料で――」




「素晴らしい! とても素晴らしい! 今まで誰も為せなかった汎用飛行魔法――それが遂に! 実に素晴らしい、正しく若き天才、「幻月」の異名を持つ魔導士ね!」




「……光栄です」


。流石だわ。これで「探求科」の評価も、それに今年の予算だって――」


 リーザの言葉を聞き流しながらぼんやりと考える。

 ≪飛翔せよアル・グルム≫の魔法について、元から報酬として受けてる予定の魔法だったし、提出することに関してはディアルドとも合意していた。

 何なら、自身の名を出すなと言われてもいるので別に罪悪感を持つ話ではない――というのはわかっている、わかっているのだが。


(…………)


 そんなエリザベスの様子など気づいていない様子で≪飛翔せよアル・グルム≫の魔法への賛辞を終えると、リーザはとても大事そうに報告書の束をまた左の箱へと入れた。


「実に素晴らしい結果ね。貴方ほどの魔導士をあんな辺鄙な場所に行きたがるなんて、最初は何かと思ったけどいい刺激にはなったみたいね。やはり、偶に外に出ることも必要なのかしらね」


「かもしれません」


「とはいえ、あんな何もない辺鄙な場所いつでも帰ってきていいのですよ?」


「…………」


「あそこは国家的な要衝でルベリ領の復興は国にとっては大事らしいですけど――魔導協会ネフレインにとって


 ピクリっとあまり感情豊かではないエリザベスの表情金が僅かに動いた気がした。


「必要性はわかりますけどね。国防的な要衝。その再興のため、ルベリ子爵へのサポートとして王都と繋ぐ人材が必要。でも、それは貴重なワーベライトを使うほどのことじゃない」


「…………」


「確かに現ルベリ子爵が復活させた「イーゼルの魔法」は非常に興味深い魔法ではあります。ですが、古式魔法体系は開祖セレスタイトですら王国魔法に組み込めなかった魔法体系。興味は引かれるますが無駄でしょう。魔導協会ネフレインにとって。ワーベライトもあまりそんなものに固執しないで……研究室での研究に戻ってはどうですか? ≪飛翔せよアル・グルム≫の魔法に対する恩賞も期待できますし」


「……考えておきます」


 エリザベスはにっこりと

 その様子にうんうんと頷いていたリーザであったが、不意に気付いたように問いかけて来た。



「素晴らしい魔法たちだった。ああ、そうだった。それ以外の開拓生活はどうだった? 退屈なものだっただろう?」


「ええ、とても」


「何か変なことは」


「別に何も起きませんでしたよ」


「そうか、退屈な場所で可哀想にね」


「では、これで……」



 エリザベスはそういって踵を返して扉から出ていく、その際に後ろで何かを捨てる音がした。

 がさがさと軽い音がする箱を揺らし、中身を落としている――そんな音。



 彼女はそれを見ないように会釈をして扉を閉じたのだった。




「はあ、全く。久しぶりに帰ってきた王都だけど……随分と空気が悪いね」




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