第九十一話:都市開発・Ⅲ


「まずは資材だな」


「資材……」


「うむ、やはり一生ものの建物となるとそれなりに素材から吟味する必要がある。そうは思わないか?」


「それは確かに……」


 ディアルドが話を振るとルベリは先ほどの疑わしそうな顔はどこに行ったのか、あっさりと話に乗ってきた。

 やはり、城の建築に関してとても興味があるのだろう。

 彼がヤハトゥにやらせていた睡眠学習プログラムのことなどすっかりと忘れたようであった。


「ふーはっはァ! この俺様が住まうのだ、妥協の余地は許されん! 格にしろ、気品にしろ相応しきものが必要だが……さて、天才である俺様とて建築は流石に専門外だ。どのようなものがいいか」


「兄貴のことだから単に高級なものを使うってだけじゃ納得しそうにないな……」


「わかっているではないか。城などそれこそ一生ものだ。価値のあるとされているものを使えばいいものが作れるわけでもない。やはり特別な何かが――ふむ、ヤハトゥよ。案はあるか?」


〈回答します。――でしたら、イリージャルに備蓄されている資源を使うのはいかがでしょうか?〉


「イリージャルの? ああ、そういえば色々あったな」


 ディアルドがイリージャルを手に入れてそこそこの時間は経ったが、未だにその全容に関して把握は出来ていない。

 単純に規模が大きすぎること、彼の常識から考えても外れている物や技術も多くあり、一つ一つしっかりと確かめるには面倒が過ぎた。

 イリージャルに備蓄されている資材について、ヤハトゥに言われてようやく彼は思い至ったぐらいだ。


「備蓄の資材って?」


「ああ、前に言った通りイリージャルは軍事工場でもある。当然、作るためには原料となる資材が必要だ。他にも修理とかメンテナスとか」


「そっか。というかイリージャル自体もあんなになんだし、それを維持するには膨大な量が必要なのか」


「そういうことだ。――ふむ、いい機会でもある。この目で確認してみるか、行くぞルベリ」



                   ■




 ――イリージャル。



 それがイリージャルの正式名称であることが分かったのは、ディアルドが手に入れたからのことだった。


「相変わらず凄い大きさだ。普通に街の大きさだよな。これが沈んだり水上に浮いてくるだけでも驚きだってのに、本当は船だったって……未だに信じられねぇ」


「ふーはっはァ! 俺様もびっくりだよ、うん」


 イリージャルとはつまり兵器を大規模に生産し、尚且つそれ自体が水中や水上を動くことが可能な要塞船とでも言うべき存在であったらしい。

 それを知った時のディアルドは流石に顔が引き攣ったものだった、ファーヴニルゥの時と同じであった。


「扱い一つ間違えれば世界がおかしくなりかねない……古代ちょっと魔境過ぎないか?」


「ん、何か言った?」


「いや、なんでもない。えっと備蓄エリアはこっちだな」


 何が恐ろしいと言えばイリージャルを有していた国も結局は滅びているということだ。

 ファーヴニルゥはどうにも起動する前に色々あってそのままになっていたようだからわかるにしても、イリージャルとヤハトゥは違ったはずだ。

 ニーデムベーがどうやって滅びてしまったのかは聞いていないのでわからないが、少なくともイリージャルの力があっても無双できるほどではなかったからこうなってしまったのだろう。

 そう考えるとその時代には同じぐらいの力がゴロゴロあったのではないかと推測できるわけで……。


(よく古代の時代で人類の歴史は終わらなかったな)


 割と奇跡かもしれない、そんなことを考えながらディアルドたちが進むと巨大な扉の前にたどり着いた。


「ここだな」


 彼が呟くと同時に扉は自動的に開いていった。



「これは凄いな……」


「うむ、相当な量じゃないか」



 扉の向こう側の区画は大きな保管庫のようになっており、無数の鉱石のようなものがギッシリと並んでいた。

 鉱石に関して特にディアルドは知識がないがその量の多さには圧倒された。



「これがファティマとかイリージャルの資材になるのか」


〈回答します。――その通りです、司令官〉


「うおっ、びっくりした」


〈謝罪します。――驚かせてしまいました〉


「ああ、いや、慣れてないだけだから」



 言葉に反応するかのように突如として現れた少女の姿のヤハトゥにビクリッとしたものの、ルベリは話の続きを促した。

 促されたヤハトゥは保管されている資材の簡単な説明を始めた。


 彼女曰く、ここに備蓄されている資材はイリージャルの維持の為に長年かけて集めたものらしい。


 如何にイリージャルが現代では考えられないほどの技術で作られたとはいえ、その機能を保ちながら数百年の時を超えて維持するには相応のリソースは必要となる。

 活動を最低限に抑え湖の底でじっとしていたとしても、兵器生産工場を停止しているのでその分使う必要がなかったとしても、経年劣化による修繕やメンテナス等には巨体故にかなりのものが必要となる。

 そのため、コツコツと無理のない範囲で長年をかけてラグドリアの湖周辺の地層から回収した資源がこの保管庫に積み立てられているものとなるらしい。


「ほー? これほどの量をな」


 色とりどりの鉱石の一つ山、その石の一つをつかみ取りしげしげとディアルドは呟いた。


「こんなに種類があるんだ」


〈回答します。――この湖はブレジオフ山脈と地下水脈で繋がっており、そのせいか潤沢な魔力を含んだ鉱石がその地層から回収可能。イリージャルの活動拠点がここに選ばれたのもその点が高く評価されたからです〉


「なるほど、自力での回収できるからか」


〈回答します。――その通りです、我が主。とはいえ、ブレジオフ山脈のものとは純度が違うため効率という面においては下がりますが〉


「ブレジオフ山脈……ああ、確かファティマのコアに使われているのがそこで取れる魔鉱石だったか」


〈肯定します。――ブレジオフ山脈で採掘可能な魔鉱石は最も純度が高く、特殊加工を施すことによって魔鉱核へとすることが可能。その他に魔力を含んだ鉱石も多く、ブレジオフ山脈を支配下に置くことが出来ればイリージャルの兵器生産能力は最大効率で稼働可能です〉


「んなこと言われてもやらないからな。ブレジオフ山脈って大体戦争の火種になってるところじゃん。山の向こう側にはアスガルド連邦国があるし」


「まあ、昔からあそこは資源の宝庫だからな。だからこそ、奪い合いになるわけで……」


 歴史的に見てドルアーガ王国とアスガルド連邦国、いやそれ以前の国々もブレジオフ山脈を巡って争い合ったという。

 実際、それだけの価値がある鉱脈の宝庫であるのも事実なわけだがだからこそ面倒ごとが起きることも多い。

 ベルリ領の北部にあるブレジオフ山脈の一体はアスガルド連邦国の影響下にある。

 影響下にあるとはいっても別に明確に国境が引いてあるわけでもなく、モンスターや魔物も多いのでアスガルド連邦国の冒険者たちが依頼を受けて鉱石を採掘しているらしい――ぐらいの話だが。


(今の状況でそんなところに手を伸ばしたら当然のようにアスガルド連邦国は過剰反応するだろうな。まあ、それでもどうにかはなるだろうが……)


 イリージャルを手中に収めてブレジオフ山脈に手を伸ばすとか、どう考えても宣戦布告にしかならない行動だ。

 絶対に面倒ごとになるし、得られるものは多いだろうが――



「まあ、今はまだ早いな」


「ん、何か言った兄貴? っていうか見てくれよ。この石と石、擦り合わせたらめっちゃ光るんだぜ?」


「いや、何でもない。というかなんだ、面白いな」


〈説明します。――それはエルモライトといって……〉


 などとヤハトゥの解説を聞きながらしばしの間、目的を忘れてわちゃわちゃと鉱石で遊び始めるのだった。




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