第八十九話:都市開発・Ⅰ


 ラグドリアの湖で起こった事件からしばらく時の経ったルベリ領……そこには相も変わらず農場で働く農耕人形ファーム・ゴーレム以外に新たなる人ならざる存在が加わっていた。


「ふーはっはァ! うむ、実にいい感じだ!」


「うわー、何というか凄い光景だな……」


 その様子眺め機嫌が良さそうな声を上げるディアルド、そして対照的にややげんなりとした声を上げたのがルベリだった。


〈疑問。――司令官、何か問題が? タスクは順調に進行中ですが〉


 彼女の肩にとまっている鳥型の機械のような存在からそんな音声が流れた。


「ああ、いやなんでもないよヤハトゥ。ただ、ちょっと目の前の光景がなんというか……」


 そう言ってルベリが視線を戻した先にあるのは人型の機械のような存在――魔導機兵ファティマが十数体ほどでなにか作業をしている光景だった、



「……色々と受け入れられなくて」


「ふーはっはァ! ――慣れろ」


「いや、慣れろって言われてもなぁ」


農耕人形ファーム・ゴーレムと根本的には大して変わらんだろうが。ほら、動く非生物という意味では一緒だ」


「いやそもそも農耕人形ファーム・ゴーレムも大概に……それにただ動いてるだけじゃ、私だってこんな微妙な気持ちにはならねーよ。でもさぁ――」


 ディアルドの言葉にルベリは視線を再度ファティマ達へと向けた。

 正確に言えば彼らがやっている作業に視線をやったというべきだろう。




「やってることが道作りって……」


「失敬な、建築だってさせているぞ」


〈回答します。――領民の皆さんの居住エリアの選定と基礎工事も順調に進行中。家づくりの方も順次開始される予定〉


「そういうことじゃないんだよなぁ……」




 二人……いや、一人と一体の言葉にルベリはため息を吐いた。

 彼女の言った通り、視線の先では成人した男よりも一回りは大きいファティマたちが道路の整備をしていた。

 このルベリ領は廃墟から一から作り上げただけあって色々と足りていない部分が多い。


 生活に必需であろうインフラや農地などはある程度整備はされてはいるものの、道などはしっかりと作られていたわけではなかった、

 歩きづらいとは思っていたし、物を運ぶ際も不便だとは思っていたのだが単純に労力が足りないので後回しにしていた部分――それをファティマは行っていた。


「魔導機兵、なんて言うんだから基本的には戦闘用なんだろ? ファティマって」


〈回答します。――正確に言えば戦闘能力を有した多目的作業用機兵です。確かに主な用途として前線に立って戦うことも役目の一つですが――〉


「戦闘用、と一言に言っても色々あるからな。工兵というのも戦闘において重大な要素だ」


「工兵……」


「戦いを有利に行うために基地や陣地の作製やら整備やら……まあ、そういったものを作る能力のある存在のことだ」


〈回答します。――当然、我々はそれらも得意としています〉


「だからといってイリージャルの中のファティマを起動させてやることが、領地の整備とか……」


「色々と後回しにしていたからな。俺様たちだけの時ならいざ知らず、もう人口も両手の数を超えているのだから街の見栄えと言うのも大事だぞ? 何度も言うようだが貴族なんてものは見栄が命、自分がどれだけ偉いかというの上手くアピールできるかにかかっている」




「だから、あんな真似を?」


「そうだ。実際、色々とハワードたちの見る目も変わっただろう?」


「そうだけどさー」




 ルベリがジトっとした目つきで睨みながら言ってきたのはディアルドがイリージャルのことを領民に説明した時のことだろう。

 こともあろうに彼はイリージャルを滅んだ古代の国の遺産であり、ルベリはその血を引く正統な後継者であるとそう宣ったのだ。



 そのお陰こうして手中に収めることが出来たのだと――



「また堂々と嘘を……」


「ふーはっはァ! ベルリの名を騙ってる時点で今更であろう」


「それはそうかもしれないけどさぁ!」


「それに別段、嘘はついてないだろう? なあ?」


〈回答します。――確かに司令官の中の生体コードからはニーデムベーを祖とする血が流れていると判明しています〉


 そうなのだ、ディアルドの言う通りルベリの血を遡るとニーデムベーへと行きつくらしく、一応彼は嘘はついてはいないともいえる。


「……でも、別に偉い人とかそういうわけじゃないんだろ?」


〈回答します。――二等市民です〉


「二等市民云々はよくわからないけど、要するに平民ってことだろ?」


「平民だろうがニーデムベーの民であることは変わらん! つまり、ニーデムベーの血を引くという文言は全く嘘ではないわけだな。流石は俺様……天才的だな!」


「いや、ただの屁理屈だと思うけど。というか祖先にニーデムベーの民を持っているの他の奴らもこっそり調べたらいたよな……」


「まあ、冷静に考えれば数百年もあれば血は散らばるだろうからな。別に変な話ではない。それこそニーデムベーという国が滅んだ時に大勢が死んで生き残ったのは僅かだった……とかならそう言った可能性もあるのだろうが」


〈回答します。――ニーデムベーの崩壊は衰退による国家体制の維持が困難になったことが大きな要因でした。衰退に至るきっかけに多大な犠牲があったのは事実ですが……〉


「少なくともそれなりの数の人間は国が亡くなっても逃げ延びた、と。ならばまあ……それほどおかしくはないだろう。とはいえ、ここはルベリの特別性をアピールするためにそこら辺のことは他の者には知られないように、情報の秘匿を頼むぞヤハトゥ」


〈命令受諾。――最上位の閲覧制限、情報封鎖処理を行います。我が主〉


「ああ、もう……」


 念入りにヤハトゥに生体コードの情報について秘匿するように命令している様子を見てルベリは頭を抱えた。

 これでヤハトゥが公式的にニーデムベーの血を引いている者の存在を認めるのは彼女だけになったわけだ。


「私の評価って……無茶苦茶になってない?」


「ふーはっはァ! まあ、細かいことだ。気にするな」


「そこは嘘でも慰めるところだとおもんだけど」


「悪い側面ばかり見ても仕方ない。世の中を上手く生きるコツは良い側面を見ることだ。今回の箔のせいでハワードたちの心酔を得られたはずだ。現実としてルベリはヤハトゥとイリージャルを動かしうる権限を持ち、その事実が権威へと変わる。年若い少女だからと内心にあった侮りも消えるだろうさ」


「むぅ」


「とはいえ、もう少し押しの一手が欲しいところだな。これからヤハトゥとイリージャルの力が発揮されるにつれ、それはルベリへの畏敬の感情へと変わるだろうが……やはり、象徴的なものが必要となってくるな」


「象徴的なもの?」


「要するに自身のことを偉いぞ、特別なんだぞということを効果的にアピールする建築物――」






「――ベルリ子爵家に相応しき居住地……城の建築だ」







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