第八十八話:ある連邦国の一夜


「まさか、失敗とはな」


「まあ、元から確実な成功が約束されていたような作戦ではない。不確定要素も多かった」


「古代文明の魔導工学技術のサンプルの一つでも手に入ることに成功するばそれだけでも儲けものという話だったな」


「ああ、技術開発のために研究資料となる。だからこそ進めたわけだが……」


 アスガルド連邦国の某所にて、男たちは話をしていた。

 話の内容は王国侵攻の為に秘かに送り出していた部隊からの急報について。


 軍部の上層部である彼らとしてはこの作戦はそれほど期待の高いものではなかった。

 無論、ある程度の見通しがあったからこそ進めていたわけだが……古代の時代の施設であるイリージャルやファティマなど、仮に見つけることが出来たとしてもどんな状態なのかわからないというのが最大の懸念点であった。


 如何に古代の技術が高いとはいっても数百年も経っているのだから常識的に考えればまともな状態であるはずがない。

 とはいえ、仮に壊れていたとしても回収して分析すれば失われた魔導工学技術を復活させることが出来るかもしれない。


 そういう考えで作戦は進めさせていた。

 いたのだったが――


「まさかイリージャルが現在も稼働中……いや、それだけならともかく。いつでも本格的な運用が出来るほどにだったとは」


「どうやって維持をしていたのだ? 信じられない」


「さらには伝説に謳われる「燎原のファティマ」の稼働も……」


「国落としの伝説を持つ魔導兵器。それも現役で稼働するとは――」




「予想外だ」


「全くだな」




 それはこの場に居る皆の感想だ。

 いったい誰が数百年前の魔導兵器が普通に稼働しているなどと予想が出来たか。


 そんなことを想定したものは結論から言えばいなかった。

 精々、出来ればいい状態で残骸でも見つかってくれれば――という程度の考えであり、結果的に王国に多少の混乱を引き起こせればそれでいいと思っていた。


「だったのだがな……」


「イリージャルとあの「燎原のファティマ」が動かせる状態で見つかった。想定外でとても素晴らしい事実だ」


「これで手に入っていれば……な」


 そう彼らの重苦しい雰囲気の理由はそこにあった。

 常識的に考えれば動けなくなっているだろうと目されていた魔導兵器が生きていた――それ自体は素晴らしいニュースといえるだろう。


 だが、最大の問題はそれをこちら側が手に入れることが出来なかったこと。

 単に奪取に失敗しただけでなく、王国側の人間に取られてしまった――というのが今回の話の最大の焦点だった。


「最悪だな、入手に失敗しただけでなく奪われるなど」


「奪った下手人は例の少女――いや、ベルリ子爵だと聞く」


「ベルリ……嫌な名前だ。かつての戦争の時も彼の家の魔法にはさんざん手を焼いて、アスガルド連邦国の軍隊に多大な被害を出したという」


「左様、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの襲来によって彼らが亡くなったと聞いた時、当時のお歴々は大いに喜び祝宴を上げたとか」


「それほどに我々にとって侮れない敵だったのでしょう」


「やはり、あの時に逃れた血族が居ないか探しつくして抹殺しておくべきだったのだ。それを怠ったからこそこのような……」


「あるいは確保に成功すればあの古式魔法も」


「今更、言っても仕方のないことだろう。問題はこれからどうするべきかということだ。ベルリ子爵は配下にイリージャルを奪わせたらしい。つまりは実質的に彼女の支配下と捉えて問題ないだろう」


「山一つ挟んだ向こう側に新たなる勢力の誕生か」


「イリージャルが向こうにある以上、その戦力は一国に匹敵するだろう。その動向には細心の注意を払わねば……」


「下手をすればこのまま王国が……」


「さて、それはどうかな。アルトアイゼンらからの報告では、彼女は王国の臣と言うより自らの意思で動いている節がある」


「必ずしも従っているわけではない、と?」


「かなりの野心家でイリージャルの奪取もどちらかといえば自らの野心のためではないかと。かなり綿密に策略を練り……こちらの動きも利用された、と」


 一先ず、先行して送られてきたアルトアイゼンらの報告。

 それ故に非常にシンプルにまとめられており、あまり詳細ではない。


 いったい何があの地で起きたのか男たちには皆目見当もつかなかった。

 だが、作戦の現場責任者であるアルトアイゼンを彼らは知っており、そんな男からの報告にルベリの評価が上がっていく。


「ふむ」


「王国の目が届かぬ東の果ての領地、成り上がった身分と経歴、そして強大なる力としてイリージャルを欲した……」



「所詮は小娘と思っていたが――まるで餓狼のような乙女よ。、ベルリ子爵」



「由々しき事態ではあるが軽挙妄動に動くのは不味いか」


「うむ、せめて情報を集めてから……」


「アルトアイゼンらの話も直接詳しく聞く必要があるな」


「確かに」


「王国からの情報ももっと集めましょう」


「ああ、どんな動きも見逃さないように。それにしても――」


 男の中の一人がぼそりっと呟いた。






「ベルリ子爵……恐ろしい相手が現れたものだ」








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