第八十七話:後始末と種蒔き・Ⅱ




「ふーむ、まあについては色々と判断がわかれるところだな」



 拘束されたまま集められ気絶させられているアルトアイゼンらの姿を見ながら、ディアルドは口を開いた。


「というと?」


「こいつらが革命黎明軍のようなただの非合法組織に一員であれば、それこそ適当に処分したところで問題は少ないが……」


「えーっと、ホークウッドとかいうやつ以外はアスガルド連邦国の人間だったんだっけ?」


「ああ、そうだ。国が後ろにいる人間というのは厄介だ。賊を処分するのとはわけが違う。特に彼らは王国侵攻を目的とした軍事作戦に従事していた人間。となると向こうでもそれなりに高い地位にある可能性がある。特に指揮をしたアルトアイゼンとかいうやつは――」


「あっ、そういえばワーベライト様が言ってました。アルトアイゼンという名は聞いたことがあると」


「ほう?」


「アルトアイゼン・ヌガーランス――若くして中佐にまで上り詰めたアスガルド連邦国の軍人で、確か政府高官の息子でもある強力な魔導士だとか」


「政府高官の息子……また面倒な。容易な扱いが出来なくなった」


 アルトアイゼンの正体にディアルドはため息を吐いた。

 敵性国家の政府高官の息子で高い地位の軍人の身柄の取り扱い方……考えるだけでも面倒くさい案件だ。

 ルベリをもそれを察したのか、とても嫌そうな顔をしている。



「今後の処遇――まず一つ。ここのまま拘束して置いておく。幸い、イリージャルも手に入れたから隔離して留めておくことは可能だが……そもそも、抱えておくのがリスクになるのだよなぁ。王国側にもアスガルド連邦国側にも、捕まえたままの状態にしていることがバレたら面倒な展開になる」


「それは……確かに」


「アスガルド連邦国はどう反応するかは未知数だが、王国側は当然引き渡すように命じてくるだろう。かといってそれに乗ってしまうと……」


「……乗ってしまうと?」




「魑魅魍魎が蠢く王宮の闘争に巻き込まれることになるだろう」


「そんなに?」




 ルベリはいまいちピンと来ていないようだがディアルドにはわかっていた。

 今の国にこいつらを放り込むのは爆弾を放り込むようなもの、どう爆発するかわかったものじゃない。


(というか革命黎明軍にも伝手を伸ばしていた辺り、国の上層部にもそっち寄りの人間が居てもおかしくはない。特に今は時期が悪いからな……)


 国内が不安定な状況でアルトアイゼンらを王国に渡した場合、ディアルドの予想としては――



「アスガルド連邦国との戦争に行き着くか、それとも内戦か……」


「とりあえず、碌でもないことになるのはわかった」


「上手くくぐり抜けることが出来れば栄達し放題だぞ? この際、王国を丸ごと頂いちゃうのもそれはそれで」


「冗談! 今の状況でも頭が痛いっていうのに……」


「ふーはっはァ! では、まあこいつらの処分は決まったようなものだな。適当に身包みを剥いで外に放り捨てておこう、それなりに険しい道のりになるだろうが帰れるだろうさ」


「それでいいのか? 無事に帰ったら今度は仕返しに来るんじゃないの?」


「来たところで勝てると思うか?」


 ディアルドはチラリとまだ睨み合っているファーヴニルゥとヤハトゥの方を見て言った。


「それは……まあ、確かに。でも、色々と私たちのことを知られて帰られるのは不味いんじゃないかな?」


「むしろ、出来れば正確にアスガルド連邦国には情報が渡ってくれた方がいいくらいだ。このまま何の音さたも無かったら、何かあったと思って第二陣でも送り込まれてくるかもしれない。送り込まれたところでどうとでもできるとは思うが、政治的には面倒なことになりかねん」


 仮にアスガルド連邦国が今度は大規模な部隊を送り込んできたとしても、ファーヴニルゥにイリージャルと過剰戦力もいい所なので十分に撃退できるだろうがあまりに事が大きくなると――



「――流石に隠すのにも限度がある。イリージャルの件に関しては向こうでも慎重に取り扱ったうえでの作戦だったんだろうが……王国とて馬鹿ではない。敵国であるアスガルド連邦国にはそれなりに目も耳も送り込んでいる。そうなったら俺様たちがイリージャルを確保したこともバレてしまうではないか」


「当然のように国には内密にするつもりなんだな兄貴……」


「ふっ、当たり前だろうルベリ。こんなの報告したらどうなるかぐらい想像が出来るだろう?」


「まあ、うん」


「アスガルド連邦国の連中に変なことをさせないためにこいつらは無事に帰せば、こちらの情報が正確に伝わって向こうもどう対応するかで大人しくはなるだろうさ。なにせ王国侵攻のための切り札として狙っていたものが奪われたのだからな」


 最終的に何か行動を起こすだろうが、それでも短絡的な行動はしないだろう。

 なにせ普通に考えれば王国が伝説の古代兵器と兵器工場を確保したアスガルド連邦国の危機――とも言うべき展開、向こうが軽挙妄動を起こしても仕方ないほどに状況だが、彼らには一つだけ希望があった。



 それがルベリの存在だ。



(――。今、そう話し合って決めたからな。ルベリは面倒なことになるから隠すという表向きの理由に納得したようだが……)


 実際のところ、ディアルドの意図はそれだけではなかった。


(今回の事態を知ったアスガルド連邦国は当然急いで王国の動きを探ろうとするはずだ。下手をすれば大規模な戦争になるかもしれないからな。だが、調べてみるとこれほどの一大事だというのに王都には報告が上がっていない。「これはどういったことだ……」とそう考える)


 すぐにルベリが意図的に国へと隠しているという結論に至るだろう。

 そして、その結論に至ったアスガルド連邦国はどう動くか……。




(強大な古代兵器を王国に隠して持っている一勢力。中々に取り扱いが難しい、こちらに引き込むことに成功すればアスガルド連邦国は勝つ。反面、完全に王国側につかれてしまってはアスガルド連邦国の危機……)




 わずか百人にも満たない領民しかいないベルリ領。

 その動きによって長年の王国と連邦国の戦いの趨勢に決着がつきかねないという事態になるわけだ。



 それはつまり――



(ベルリ領、領主であるルベリ・C・ベルリ子爵の動きは国家間のパワーゲームに参加できる資格を得たということだ!)



 イリージャルという手に入れたカードを敢えて隠すことで、アスガルド連邦国はこちらの動きに否が応でも注目せざるを得なくなった。

 あと物のついでと言わんばかりにディアルドがアルトアイゼンらにルベリのことをあれこれと吹き込み、彼らは戻ったらその話も報告するだろう。




 そこに彼女の異色の経歴が加われば――アスガルド連邦国内での彼女の評価がどうなるものやら……ディアルドはとても楽しみであった。




「ま、そういうことだから彼らは外に捨てておこう。頑張って帰って貰いたいものだ」


「そうだな……面倒ごとはたくさんあるけど、とりあえず一人でも減ってくれるなら何よりだよ」



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