第三章

―都市開発編―

第八十六話:後始末と種蒔き・Ⅰ


 ディアルドの目の前に柳眉を逆立てたルベリが立っている。

 彼よりも背の低いはずなのにこうして向き合っていると威圧感を感じるのは、彼女が人として色々と成長した証なのかもしれない。


 そんなことをディアルドは頭の片隅で考えていた。


「兄貴……」


「うむ!」


「元あった場所に捨ててきなさい」


「そんな殺生な!? ちゃんと面倒を見るから! 折角見つけたのに……!」


「ええい、やかましい! イリージャルっていうのが――」


 一旦、言葉を区切り――そして、ルベリは叫んだ。




「こんなに大きなものだとは私は聞いてないぞ!?」




 彼女の声が神託の間にとても響き渡った。


「ふーはっはァ! 安心しろ……俺様も予想外だった!」


「全然、安心できる要素がないだけど!?」


 ルベリは呑気な声を上げるディアルドの胸元に掴みかかり、そのまま前後に揺らし始めた。


「いや、本当になんなのこれ?! 湖の底に沈んでる遺跡みたいな何かじゃなかったの!?」


「うーむ、なんか浮上してきたんだ」


「浮上してきたんだ……じゃないんだけど!?」


「ふーはっはァ! ……俺様だってびっくりだよ。あの燎原のファティマとやらが動いていた以上、ある程度生きているとは思っていたけどここまでガッツリ残ってるとは思わないじゃないか」


 ディアルドとしてもイリージャルのことについて文句を言われても困る。

 彼としても本当に予想外な流れの連続だったのだ。


「じゃあ、それは一先ず置いておこう。次に彼女はなに!? なんか近寄ったら急に現れて私たちを案内してくれたけど――誰!? なんなの!? なんで透明なのさ?!」


「なんだ、説明をしていなかったのかヤハトゥ」


〈――回答します。我が主の命により、案内を行っている最中に確かに説明を行いましたが……〉


「なんか道中で色々と言われた記憶は確かにあるけども、一つの街みたいなのが水上に現れるわ! 中には兄貴が探してた魔導機兵がたくさん並んでるわ! 情報量が多すぎて何を喋ってたのか全然内容を覚えてない!」


〈とのことです、我が主〉


「ふーん、マスターから連れてくる間に説明をしておけって言われたのに出来なかったんだー?」


〈――質問します。なにか含んだものの言い方ですね、殲滅兵装ファーヴニルゥ〉


「別にー? 僕のマスターの命令を達成できなかったんだなっていう事実を指摘しているだけだけど? やれやれ、先が思いやられるなーって」



「……なあ、兄貴。それって……その……」


「うむ、へそを曲げてしまったようでな」



 ルベリが何とも気まずそうに視線を向けた先はディアルドの背中だった。

 そこには彼の服をつまみ、威嚇する猫のようにヤハトゥを見つめるファーヴニルゥの姿がそこにあった。


〈――分析しました。なるほど、独占欲というやつですか。やはり生体兵器というのは不安定ですね。兵器としては欠陥〉


「何を偉そうに。優秀なヤハトゥさんは活動期間の大半、湖の底で惰眠を貪っていただけじゃないか」


〈――主張します。惰眠を貪っていたと言うのであれば殲滅兵装ファーヴニルゥもずっと機能停止状態で、我が主が管理者となるまでは研究所で随分と眠っていたようですが〉


「そもそも睡眠スリープ状態だった僕と、起動状態にあったけど何もできずに湖の底でじっとしていたキミとじゃ随分と差異があると思うけどね。実稼働時間で考えればどれだけの差があると思っているの?」


 無言で睨みあう二人……。

 正確に言うと威嚇するファーヴニルゥと無表情に返しているヤハトゥの構図だが、それをジト目で眺めていたルベリが大きなため息を吐いて改めて問いかけて来た。




「説明」


「はい」




                    ■



「まあ、うん。大体の事情は分かったよ」


「ふーはっはァ! それは大変結構なことだな!」



 ディアルドの説明に頭を痛そうに抑えていたルベリは絞り出すように答えた。

 色々と状況が複雑すぎるというか二転三転した結果なので、偉く説明に時間がかかったが二人は互いに情報を交換することで現状を把握することが出来た。



「細かいことは一先ず置いておくとして……とりあえず、今問題なのは大きく分けて二つだな。まず第一にこのイリージャルをどうするべきかということ」


「ふっ、決まっている。こんなお宝を手に入れて逃すなど稀代の馬鹿がすることだろう? ――って言うか絶対捨てないからな!」


「まあ、兄貴はそう言うと思ったけどさ。でも、ぶっちゃけあまりにもその……やばすぎないか?」


 ルベリは声を潜めるようにしてそうディアルドに問いかけた。

 ここまで来た彼女は当然のようにその内部を見てきたのだろう、この都市が持つ力の大きさを考えれば当然ともいえる反応だ。


 自らに過ぎた力は身を滅ぼす、という。

 彼女は非常に真っ当な判断能力を持っているともいえた。


 というか、あれだ。

 ディアルドにもとても覚えのある感覚だ、具体的にファーヴニルゥが手に入ってしまった時とかそんな感じになったものだ。


「まあ、確かに。どれだけの力があるかはまだ不明だが。現状ある戦力だけでも世の中を滅ぼせるんじゃないか? というかそもそも防衛機構の一部に「国落とし」の伝説がある燎原のファティマの時点でな」


「だろ? どう考えても関わったらダメなやつだって」


「だが、よく考えるのだルベリ」


「なにを?」


「そもそも世界を滅ぼす云々ならファーヴニルゥが本気になればやれるわけで……」


「ふむふむ、それは確かに」





「つまりは今更一つや二つ増えたところで変わらんということだ」


「そうかな……そうかなぁ?」





 ディアルドの言葉に惑わされ始めたルベリの様子を見て、彼は言いくるめ様に言葉を重ねた。


「それにほら……ルベリも見ただろう? あの大量の魔導機兵の数々を。あれだけの労働力があればベルリ領の開拓も一気に進めることが出来るぞ?」


「うっ、労働力……」


「ヤハトゥが指令を送ってくれるから農耕人形ファーム・ゴーレムよりも自由度の高く、性能の高い大量の労働力だ。ふはは、胸が躍るなぁ!」


「うぐぐ」


 最近、ある程度領地としての基礎が出来たのもあってまだまだ未熟だが領主としての意識が芽生えてきたルベリ。

 そんな彼女からすればとても魅力的すぎる言葉に心が揺れ動いているようだった。



〈――主張します。、ヤハトゥは我が主と司令官のことを第一において活動を行っています。不要というのであれば自沈を命令してくだされば今すぐにでも……。ですが、僅かなりともお役に立てることがあるのであれば我々の有用性の証明をさせていただきたく〉


「ほら、こんなに健気!」


「これ、絶対私が来る前に口裏を合わせていたよねぇ!?」


「ふーはっはァ、何のことかさっぱりとわからないな!」


 ルベリという心優しい少女の性格上、見た目的に少女の姿をしたヤハトゥにそんなことを言われては強くは言えなくなる。

 そんなことをディアルドが利用したなんて……まさかそんな。


「って言うか司令官ってなに!?」


「いや、俺様がヤハトゥの主になってしまったわけだが立場としてはルベリが俺様の上になるわけだろう? それだと後で色々と面倒なことになると思って役職にな」




「……なあ、兄貴? 兄貴が私を立場的に上に置いてたのって、本当に面倒ごとを押し付けるためなんだな」


「そうだが?」


「ちょっとは悪びれろ。――あー、もういいや。じゃあ、イリージャルとヤハトゥのことは一先ず認めるとして……」


 ルベリはちらりっと彼らに視線を向けた。





「二つ目の問題はこいつらをどうするか……だよなぁ」





 新米領主である彼女は隣国の敵国から派遣された工作部隊の処理という難問をやる羽目になった。

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