第八十四話:イリージャル争奪戦・Ⅴ



「「「は?」」」



 その瞬間、神託の間に居た大半の人間の心は一つになった。

 いきなり話を振られたディアルドも天才とはいえ動揺を隠しきれず、アルトアイゼンやその部下、ホークウッドなどは特に顕著だった。

 彼らからすれば急遽引き込んだだけの部外者でしかない認識、それなのにトンビが油揚げをかっさらっていくかのように、求めていたイリージャルを掠め取るような事態へと陥り、とてもではないが理解が追いついているような状態ではなかった。


「な、ななな何を言っている!? なぜ、こんな何処とも知れぬ者に管理者権限を!? わ、我がバスカヴィル家の祖はエーデムベーにおいて名門の一つだったはずだ! だからこそ、あれほどの資料を遺せていたのがその証拠! そうだろう?!」


〈回答します。――確かにヤハトゥの記録においてバスカヴィル家はエーデムベーでも有数の一族、その生体コードを持つ貴方には上級市民IDが付与されます〉


「で、あるなら!」


〈回答します。――ですが、それよりも優先される軍籍IDをディアルド・ローズクォーツは所有しています〉


「ぐ、軍籍IDだと? 何を言って……」


〈回答します。――軍籍IDとはその名の通り、軍に身を置く者が所有するIDのことです。ディアルド・ローズクォーツはその中でも高位に属する正式なIDを所有している以上、最優先の管理者権限移譲対象となります〉


 その返答にどこか呆然としたアルトアイゼンらの視線がディアルドに集中した。

 とはいえ、彼としても何が何やらさっぱりな展開だ。


(というか何故、俺様の名前を? オーガスタに来てからは殆ど使っていなかったし、教えたのもファーヴニルゥやルベリぐらいでそれ以外は……うん?)


 そこまで考えてディアルドは何やら頭の中で引っかかった気がした。


(確かファーヴニルゥを起動する際に……登録がどうとか。それにそもそもファーヴニルゥは何処にいた? それは古代アスラ時代の研究所だ。イリージャルは天帝七国時代に関係するもの、という話を聞いてうっかりと忘れていたが――そもそもファーヴニルゥが名前だけは知っていたのだから古代アスラ時代にもイリージャルは存在していた?)


 チラリっと隣のファーヴニルゥを見て、彼女が言っていた言葉を思い出す。


(イリージャルが浮上してきた際に「なんか照会を受けたっぽい」とか言っていたがもしかしてその関係か?)


 ヒントを頼りにディアルドの脳内で急速に物事が組みあがっていく。


「ふーはっはァ! ……あー、一つ質問があるのだがいいか? もしや、イリージャルとは帝国の時代に作られたモノだったりするのか?」


〈回答します。――肯定です。イリージャル我々は帝国時代において軍部によって建造されたました。その後の帝国崩壊時に当時の軍部司令官によって流用、紆余曲折のあと建国されたエーデムベーにおいて改修を施され運用されることとなりました〉


「つまるところ、ヤハトゥが言っている軍籍IDというのは……」


〈回答します。――アスラ帝国における軍籍IDとなります。アスラ帝国特級指定封印殲滅兵装、その主人マスターとして登録されているディアルド・ローズクォーツには当然軍籍IDが付随しており……〉


「つ、つまりは私を迎え入れたのではなく……最初からやつを? そんな……私こそが私こそが世界の王に……」


 何処か壊れたようにつぶやくホークウッドの様子と、ヤハトゥの続く説明を聞き流しながらディアルドはようやく事態を正確に把握した。


(なるほど、ようするに軍籍IDというのは俺様がファーヴニルゥの主人であるからということか。ファーヴニルゥは帝国の軍部の兵器だからそれを所有している俺様も当然軍の関係者ということになる……というロジックか。ニーデムベーで運用されていたイリージャルが未だに識別に帝国の時代の物を遺していたのは気になるが、それも帝国崩壊時に逃れた軍の一派が建国したというのなら納得はいく)


 色々と面倒だったからそのまま流用していたと言ったところか。

 まさか、こういった事態になるとは想定もしていなかっただろう。


(まあ、ニーデムベーが健在であれば特に問題にもなるはずもなかったことだ。当然ながら、そちらが優先されるだろうからな。さて、問題はこれからどうするか。重要なのはそっちの方だな?)


 一先ず、状況を何とか把握できてたディアルドにとって大事なのはここからどうするかという問題だ。

 どうやって横からかっさらおうかと悩んでいるところにお宝が手の中に転がり込んでくる事態。




〈質問は以上でよろしいでしょうか? ――応答なし、無いと判断させていただきます〉


〈承認の可否について返答をお願いします〉




 再度、ヤハトゥから突きつけられる選択。

 こちらを見る無数の目、ホークウッドなどは殺意すら滲ませてこちらの様子を睨んでいる。


「わ、我らの……バスカヴィル家の悲願を……考え直せ! 早まるな、今からでも――」




「あっ、承認で」


 そんな視線を向けられようが欲しがりのディアルドがこんなおいしいことを見逃すわけもなく、彼はあっさりと了承の意を表した。

 すると表情に変化は見えなくともどこか嬉しげな様子でヤハトゥは答えた。




〈承認を確認。――ディアルド・ローズクォーツへの管理者権限の委譲を確認しました。よろしくお願いいたします、我が主〉


「「「あ、あああぁあああっ!」」」




 こうしてイリージャル、そしてヤハトゥは予想だにしない形でディアルドの手中に収まったのだった。

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