第八十五話:イリージャル争奪戦・Ⅵ
「こ、殺せ! 殺すんだ、アルトアイゼン! やつさえ、殺してしまえばまた管理者は空白となる。そうなれば次こそは私だ!」
「総員! 計画の通りに!」
ホークウッドがそんな声を上げる中、アルトアイゼンは指示を出した。
ディアルドに対し人質を取って言うことを聞かせて来たつもりの彼にとって、その判断は至極当然の物だった。
なにせイリージャルの管理者となったということは、その全てを手中に収めたと言っても過言ではない。
その力で報復に出てくるであろうことは明白であった。
(予想外の展開ではありましたが……それでも私がやるべきことは変わりません!)
アルトアイゼンは別にホークウッドが言っていることに従っているわけではなかった。
確かに彼の言う通り、ディアルドを殺害すれば管理者はまた空白となり今度こそホークウッドに回ってくるかもしれないが……。
(世界の王、ですか。やはり裏切るつもりでしたか)
先ほど彼が零した言葉をアルトアイゼンはちゃんと聞いていた。
本来であればイリージャルを手中に収めた暁には、ホークウッドは相応の扱いを受けアスガルド連邦国に迎え入れられることを条件に共同管理する――という話だった。
とはいえ、アルトアイゼンはそれを信用しているわけではなかった。
ホークウッドという一族として長い年月をかけてイリージャルを追いかけてきた者がそれだけで満足するのか、という疑問もあったし実際に会って話をして確認した人柄から満足するような人間には思えなかった。
特に燎原のファティマにしても、イリージャルにしても絶大的な力を持つ存在であり、もし伝承通りの力を有しているのであれば反故にする可能性は……十分にあり得ある、アルトアイゼンはそう想定していた。
(そこにあの言葉……もはや、彼に利用価値はありませんね)
故にディアルドを殺害し、ホークウッドに管理者権限を回すという手段はアルトアイゼンにとっては考慮外の手段だ。
(彼は後で処分するとして――使い時ですね)
隷属の首輪、という魔導工学の粋を集めた道具が存在する。
首輪を嵌めた相手を支配下に置くという力を持っている。
希少な鉱石を必要とするのでアスガルド連邦国においても貴重な切り札であるが、今回の作戦の重要性を鑑みてアルトアイゼンが用意させていたものだ。
(隷属の首輪は一度使えば最後、解除する際に壊れてしまうのが難点で使う機会を様子を伺っていましたが――それが功を奏しましたね)
その希少性からホークウッドに使ってしまうことを厭い、相手に犯行の兆候が見られるならば使おうと考えていたことが結果的に良い形になった、アルトアイゼンは自らの判断を称賛した。
(いえ、そちらの場合だったら彼らを殺してしまえば支配下に置いたホークウッドに管理者権限が移っていた……どちらにしろ、我々の手にイリージャルは収まっていた、か)
アルトアイゼンはこの時、勝利を確信していた。
ディアルドに管理者権限が移った瞬間、こちらは行動を開始した。
当然のことながらヤハトゥは管理者に対する攻撃に反応し、何らかの行動を開始しようとしていたが、
〈休止状態の解除を実行中。――我が主、完全復旧するまでの所要時間は……〉
その行動は遅い。
勝ったとアルトアイゼンは確信した。
(ホークウッドが言っていたように今までが休止状態だったのなら、管理者権限を得て完全に目覚めるまでには多少の時間を要するという推測は間違っていなかったか)
だからこその速攻だ。
ホークウッドにも管理者権限の譲渡が行われてすぐにこうして行う予定だった。
相手は魔法が使えない男と少女。
こちらはアルトアイゼンに加えて部下が四人がかり。
仮に抵抗されようが逃走しようと身を翻そうが速やかに捕まえる自信が彼にはあったのだ。
(想定外の流れにはなったがこれで作戦は――)
そこまで考え、アルトアイゼンの脳内にふとした違和感が。
(奴は何故、逃げようとしない?)
状況が呑み込めないということはないだろう。
だというのに隷属の首輪を取り出し迫るアルトアイゼンに対し、何のアクションも起こさない。
ディアルドの紅の瞳がこちらを射貫いた。
その瞬間、彼は猛烈な嫌な予感を感じ咄嗟に部下たちへと警戒の声を上げようとし――
「ファーヴニルゥもいいぞ」
「了解だよ、マスター」
バキリ、という音と共にファーヴニルゥの封魔錠は破壊され――蒼き刃が煌いた。
■
封魔錠、というのは確かにとても便利なものだ。
魔法を封じるという意味ではこれ以上のものはない。
何せ魔力自体の体外への放出を阻害されるのだ、魔法が使えなくなるのは極めて原理的なもの。
別に高位の魔導士なら効かないとかそういう類のものではない。
魔導士であるならばどんな相手だろうと封魔錠を嵌められれば無力化されてしまう、それは常識であり実際に正しい。
「全員の拘束完了したよマスター」
問題があるとすればファーヴニルゥが人ではなかったということだ。
対魔導士として見るならとても優秀な道具であったとしてもそもそもの規格が違うのだから効果なんてあるわけがない。
ただの人間な力では破壊が難しい頑丈な封魔錠も彼女は物理的な力だけで普通に壊せるし、そもそも腕を封じられても全身から魔力放出可能なファーヴニルゥには障害にすらなっていない。
結果、何時でも自由に身になれる状態だった彼女はあっさりとアルトアイゼンらを蹴散らし――今に至るというわけだった。
「馬鹿な……何故、封魔錠が……」
「ふーはっはァ! 俺様たちが本当に捕まえられたとでも思っていたのか?」
「まさか、敢えて捕まっていたとでもいうのか?! こうしてイリージャルを手に入れるために……それもこれも計画通りだった、と?」
「ふっ、正にその通りだ」
アルトアイゼンの言葉をディアルドは不敵な顔を浮かべ肯定した。
イリージャルを奪い去る手段に関してはその場の勢いで思いつこうというガバガバな計画で、向こうの方から何故か転がり込んで来たのが事実だったが……全て計画通りということにカッコいいし。
「全ては手のひらの上だったのだ。貴様らの努力はな! ふーはっはァ!」
「ふ、ふざけるな……バスカヴィル家の悲願をよくもっ! っ、そうだ! アルトアイゼン、まだ外には人質が――」
「……いえ、それは恐らく」
ホークウッドが喚き散らしているがアルトアイゼンは既に詰めの状態にあることに気付いているのであろう、とても苦々しい顔をしている。
ディアルドはその様子に満足しつつ、ヤハトゥへと話しかけた。
「ヤハトゥ、外の様子は見られるか? 俺様の大事な主が居るのだが」
〈
そう言って空中に映し出されたのは元気なルベリ達の姿、そして拘束されているアルトアイゼンらの部下の姿だった。
「な、何故……っ!?」
「ふーはっはァ! ロゼリアの奴は上手くやったようだな」
「ロゼリア・シルバー……報告では革命黎明軍の中でも有数の魔導士だと。確認できなかったのが気がかりでありましたが、まさか伏兵として?」
「ふっ、弟にカッコいいところを見せるチャンスだと言ってやればあっさりということを聞かせられてな。アリアンの奴がファーヴニルゥに夢中だから焦っていたのもあるのだろうが……」
「? 僕がなに?」
「いや、何でもない」
ディアルドの言葉にファーヴニルゥは疑問符を浮かべていた。
まあ、彼女からすれば弟に懐かれて嫉妬している姉の気持ちなどわからないだろう。
ともかく、ロゼリアはチョロかった。
ディアルドの口車に乗せられ、≪
(ワーベライトに負けたとはいえ、それは真正面からの地力の勝負に持ち込んだせいだ。本来であれば自由に動いて急襲を得意とする魔法だからな)
相手がアスガルド連邦国の軍人であったとしても隙をついてルベリ達を助け出すことは難しくはないだろうと想定していた。
まさかそのまま外の敵をすべて倒してしまうとまでは思っていなかったが。
「これで万が一もなくなったわけですね」
「イリージャル内に居る他の部下たちも既に確保の最中だ。そうだな、ヤハトゥ?」
〈回答します。――我が主、既に魔導機兵による鎮圧に成功。牢への移送を開始しています〉
「というわけだ。残念だったな」
「ここまで、ですか」
「ふっ、その通りだとも全ては俺様の――」
「それもこれもベルリ子爵の手の内だったというわけですね」
「…………」
アルトアイゼンの言葉に一瞬だけディアルドは真顔になったかと思うと、
「そうだ!」
「そうだっけ?」
ファーヴニルゥのそんな言葉が神託の間に響き、イリージャルを巡る戦いには終止符が落ちたのだった。
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