第八十三話:イリージャル争奪戦・Ⅳ


「ここはいったい……」


 ディアルドたちの目に飛び込んできたのは巨大な水晶のような物体が中央に鎮座している光景だった。

 その結晶の表面には無数の文字が明滅するように現れては消え、新しい文字が現れては消えるということ繰り返している。


「これが神託の間という場所か? 確かにそれなりに重要な場所のようだが――」


「いや、ここで間違いない! 伝わっていた通りだ。となるとあの水晶こそがこのイリージャルの……やったぞ、これで一族の悲願が!」


 そう言ってホークウッドが水晶のもとに向かう姿を見ながらディアルドは注意深く周囲を見渡した。


「マスター、あれってたぶん」


「ああ、このイリージャルを司っている何百……いや、何千もの魔法術式の制御を行っているユニットだろう」


 水晶に次々に映し出されているのはそれの稼働データを表示している。

 ディアルドはその力によって大まかに理解することは出来たが、次から次に映し出されていくので途中で解読をするのは諦めた。

 単純に情報量が多すぎる。

 とはいえ、ここがこのイリージャルにとって心臓部でもあり頭脳であるのは間違いないようだ。

 そして、そんな場所に訪れたホークウッドらがこれからすることは簡単に予測可能だ。


(イリージャルの上位管理者になってコントロール下に置くつもりだな?)


 事実かどうかはディアルドに判別する手段はないが、ホークウッドはイリージャルを使っていた国の末裔らしい。

 確かにそれならばイリージャルの上位管理者になれる資格はあるだろう。

 少なくとも縁もゆかりもない状態よりはましだし、彼の言う通り特に阻害もされずここに来れた辺りイリージャルが上位管理者を求めているというのも事実のように見受けられる。


(となると本当にイリージャルは自身の上位者を向かい入れるために? だとすると面倒だな……)


 全容を把握するには時間が足りなすぎるが、それでも十分すぎるほどにこのイリージャルの強大さをディアルドは理解した。

 それ故に考える。



(――そろそろ、やるか?)



 そんな考えが頭に過った瞬間、



〈言語の解析を終了〉


〈統合術式仮想人格――ヤハトゥの起動を実行〉


〈おはようございます。言葉は通じていますか?〉



 声が響き渡ったと思った瞬間、水晶が光を放ち――次の瞬間、何もなかった空間に半透明の少女の姿が現れたのだった。



「な、なんだあれは……!?」


〈質問を受諾、回答を行います。――私はヤハトゥ。このイリージャルの魔法術式、その統合管理を行う仮想人格となります〉


「仮想……人格?」


「ふーはっはァ! つまりはAIみたいなものか……なるほど」


「えーあい? お前何を言って――」


「まあ、簡潔にまとめると彼女はイリージャルの魔法術式全体を統合管理する存在。そして、今のこの姿は……あれだ、精霊みたいなもの――という感じでいいんじゃないか? 面倒だし」


「いや、面倒だしって……」


「そんな感じでおーけー?」


〈回答します。――大体、そんな感じでおーけー!〉


「いいのですか」


 アルトアイゼンがどこか困惑した表情を浮かべているが、ディアルドは気にせず何となく握りこぶしを作り、親指だけをグッと立てて「おーけー!」と再度繰り返すとヤハトゥも真似をするようにグッと親指を立てて返してきた。


(こいつ、思った以上にノリがいいぞ!?)


 などという彼の内心の戦慄を尻目に、ホークウッドたちも一先ず冷静になったのか気持ちを切り替えたらしい。


「なるほど精霊とは」


「神託の間という名称もそう言う意味ならば納得が……」


 精霊というのはこの世界に居るとされている超自然的な存在の名称だ。

 とはいえ、伝説や神話の中に語られる存在で実際にどんな存在なのかはディアルドは知らないのだが彼らはそれに当てはめることで一先ず納得したらしい。


「ともかく、貴方がこのイリージャルの支配者ということでよろしいのですね」


〈回答します。――その答えは否定。ヤハトゥはこのイリージャルそのもの。現状、管理権限者が不在のため代わりに管理を行っているだけであり、ヤハトゥの使命はイリージャルを維持管理し、管理権限者のイリージャルの運用の手助けをすること。支配者ではない〉


 その回答にホークウッドは笑みを浮かべた、彼が提唱していた通りの状態だったからだ。


「か、管理権限者の不在というのは?」


〈回答します。――言葉通りの意味です。ヤハトゥはあくまでもイリージャルを運用するための仮想人格でしかなく、運用方針を命令してくれる管理権限者の存在が無ければ活動が出来ません。イリージャルがどのような活動をするべきなのか、あるいは役目を終え廃棄するのか。ですが、最後の命令を達成した後にヤハトゥへの命令が更新されることがなかったためイリージャルは休止状態となっていました〉


〈ですが、数百年ぶりにイリージャルの正式な管理権限保有資格を持つ生体コードが確認されました。そのため、ヤハトゥはその人物に主人となっていただくためこうして向かい入れる決断を実行しました〉


「ふっ、ははっ……! 生体コード、知ってるぞ。人の身体が発する魔力の波長によって個人を判断する古代の技術。そして、それは継承されるものでもある……というのは事実か?」


〈回答します。――その問いかけに対して、それは正しい知識であるとヤハトゥは答えます。人間の発する魔力の波長には個人により微細な差異が存在し、それを判別する技術が存在しておりイリージャルにも搭載されています。そして、それらを生体コードとして情報化し記録することで我々は個人を把握しています。そらにいえば生体コードは血縁によって継承される性質を持ち、親の生体コードとこの生体コードは一部に同じ特徴が見られる性質があり、解析することでそれを判別することが可能です〉


 ディアルドはそんなヤハトゥの回答を聞き、ふと先ほどファーヴニルゥに言われたことを思い出した。


(生体コード、そう言えばさっきファーヴニルゥが何か俺様に伝えてきたな? 周囲の様子を探ることに集中していたから聞き流していたが――たしか……いや、今は良いか)


 思考が逸れそうになったのを察し、ディアルドは慌てて軌道修正した。

 改めて現状を把握する。


(今のところホークウッドが言っていたた通りの流れか……。ヤハトゥは自身の主人を欲しており、やつは元ニーデムベーの血を引いた人間らしい。となるとそのままイリージャルはホークウッドの手の中に? あまり、良いこととは思えないな)


 ディアルドの見たところ、ホークウッドという男はかなり悪党の気質の高い人物だ。

 研究者擬きに居る自身の目的のためなら手を選ばない、という感じではなく強い目的があってアスガルド連邦国と手を組んでいるように見て取れた。


(仮にアスガルド連邦国の手を借りてイリージャルの確保に成功したとしても、あの手この手を使って奪おうとしてくるぐらい予想はつくはず)


 当然のことながら管理者権限の譲渡を迫られるだろし、仮に全面的に「アスガルド連邦国に協力するからイリージャルは私のままで」などと抜かしても、向こうがそんなのを認めてくるわけとは思えない。

 それほどにイリージャルという軍事的な価値は計り知れない。


 今まではホークウッドにとってはアスガルド連邦国の資金と人員が必要で、アスガルド連邦国にとってはイリージャルを手中に収めるにはホークウッドの知識が必要だったからよかったものの……。

 

(アルトアイゼンのやつ――狙っているな?)


 恐らく、ホークウッドが管理者権限をヤハトゥから受け取ったら何らかのアクションを取るつもりだろう。

 彼らとしてもこんな作戦を進めるにあたり、用意していた切り札の一つや二つでも用意していてもおかしくはない。


 そして、それはホークウッドの方も同じだ。


 管理者権限が手に入った瞬間、イリージャルを使ってアルトアイゼンらを排除しようとするのは明白だ。

 そんな中でディアルドたちはどう動くべきか。


(さて、どうする?)


 考えながら注意深く状況を観察するなかでヤハトゥは続けた。



〈質問は以上でよろしいでしょうか? ――応答なし、無いと判断させていただきます〉


〈それではヤハトゥのタスクを優先させていただきます。イリージャルの管理者権限の譲渡について……〉




「ああ、勿論だともエーデムベーの遺産はエーデムベーの血を引く、このバスカヴィル家のホークウッドこそが正しく――」


 そう言っているホークウッドではなく、ヤハトゥの視線は何故かディアルドに向けられていた。

 何故、という疑問を浮かべるよりも早く彼女は言葉を続けた。




〈承認の可否について検討をお願いします。――ディアルド・ローズクォーツ〉



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