第八十二話:イリージャル争奪戦・Ⅲ


「おっ、おおっ……これがイリージャル! 彼の文明の遺産! 遂に……遂に辿り着いた!」


「素晴らしい……っ!」


 その光景にホークウッドは狂気すら感じる笑顔を浮かべ、アルトアイゼンも興奮を隠しきれない感嘆の声を上げた。

 ディアルドたちは浮上してきた巨大な都市と言ってもいいイリージャルの内部に入ることが許されていた。

 それはまるで向かい入れるかのように隔壁が開き、恐る恐ると進んできた彼らの目に飛び込んできた光景はまさに予想外の連続であった。


「これはちょっと予想外」


「大きいねー」


 ファーヴニルゥののんびりとした相槌を聞き流しながら、ディアルドは周囲を見渡した。


(何というか近未来SFに出てきそうな光景だな。元からそんな要素があったとはいえ……)


 浮上してきたイリージャルの外観は大きすぎてその全容を確認することはディアルドには出来なかった。

 内部へと早く入ろうとするホークウッドに急かされるように、アルトアイゼンが彼とファーヴニルゥを古代言語の解読に協力させるために引き連れたまま入ることになったからだ。

 その他にもアルトアイゼンの部下がシャーラを含めて複数人付き従うようにして一行はイリージャルの内部へと侵入することになった。


 そして内部で見た光景はディアルドの古い記憶を刺激した。

 一番に頭をよぎったのは映画とかで出来る仮想の未来都市、所謂アーコロジー都市のことを彼に思い起こさせた。


「これは殆ど一つの街、そのものだな。もっと物々しいところを想像していたのだが……あの上部に展開している結界で水中に沈んでおくことができたわけか」


「みたいだね、それにマスターこの床だけど」


「ふははっ、わかっているぞファーヴニルゥ」


 ファーヴニルゥが示唆したのは床や壁の所々にある仄かに翡翠色に輝いたラインのようなものだ。

 一見するとそれはただの文様に見えるが……。


「アルトアイゼン様、やはりこれは」


「そうか、やはり魔力を循環させるための……まさに生きた魔法術式そのものと言ったところか」


 何かを調べるように機材を使っていたシャーラがアルトアイゼンにそう報告を行っていた。

 彼女が言ったようにこれは高純度の魔力がこの都市全体に生き渡るように循環させるパイプのようなものだ。

 これによって魔力は生き渡り、無数の術式が起動し続けているのだ。


「思った以上に状態がいい……というか殆ど劣化を感じない。稼働し続けていたとしてもフレイズマル遺跡ぐらいには劣化しているとは思っていたのだが……」


「たぶん、自動修復の術式とあとはアレのお陰だろうねマスター」


 ファーヴニルゥの視線の先にあったのは拳大の大きさの動くドローンのような物体だった。

 それは複数の魔力で編まれた触手を操って作業をしていた。


(ふむ、所謂メンテナンスドローンのようなものか? それを使って数百年の間、この巨大な施設を維持していたということか……)


 だとすれば凄まじい技術だ、ディアルドは底知れぬ古代の力に畏怖すら覚える。


(俺様としては単に自分専用のロボが手に入ればそれでよかったのだがなぁ……思った以上に話が大きくなってきたぞ? 困ったな……)


 ファーヴニルゥと同じ古代文明の遺産、甘く見ていたわけではないが想定していた以上の規模に更新されていくことに実のところ彼は少し困っていた。

 大型化して攻撃的な兵器となっていた燎原のファティマ、更には軍事工場でもある軍事浮上都市のイリージャルと……ちょっと世界を変えるには十分すぎる力だ。


(ふーはっはァ! ……いや、王国の東部って魔境過ぎないか? そりゃ、禁断の土地とか伝わるわ。世界を滅ぼしそうな兵器が残り過ぎているだろう)


 ちらりっと横目でアルトアイゼンらを見ると彼らもどうにか冷静さを保とうとしているものも興奮を隠しきれていない様子だ。

 生憎と魔導工学の分野においてはそれほどの知識がないディアルドより、分野が進んでいるアスガルド連邦国にとって価値が分かるのかもしれない。



「これだけの技術を我が国が手に入れられれば王国打倒どころか大陸制覇すら夢ではない……っ!」



 アルトアイゼンが零した言葉は決して誇大ではなかった。


(というかこれって普通に王国に危機だな、うん。なーんで俺様はこんな面倒な事態に巻き込まれてしまったのか。俺様はただロボが欲しかったのに……)


 そんなことを考えながら先を進むアルトアイゼンらの背を追ってディアルドはイリージャルの内部を更に奥へと進んでいく。


「マスター、あのね。少しいっておきたいことがあって」


「ん、どうしたファーヴニルゥ」


「実は――」


 余程に興奮しているのか彼らに対する監視の目は緩んでいた。

 それを利用してファーヴニルゥとこそこそと話していると、



「おい、アレを見ろ!」


「アルトアイゼン様、あれは……」


「ええっ、間違いがありません!」



 先頭を歩いていた連中が俄かに騒めいた。

 その様子にディアルドが興味を示して前に進むと飛び込んできたのは巨大な倉庫のような場所があった。


 そこには大きさで言えば二メートルほどの重厚な金属の鎧を身に纏ったロボのような存在――彼の知っている魔導騎兵ファティマがずらりと並んでいた。


「おおっ、素晴らしい。ここは保管庫のようなものでしょうか? クルテンボルフ少尉」


「凄いですよ、アルトアイゼン様! 軽く見ただけでも本国のものとは比べ物にならない技術です。それがこれだけの数……しかも作られたばかりのように状態もよく、いつ動かしてもいいぐらいに」


殺人人形キリング・ドールを上回るほどの性能がこれだけの数……。――クルテンボルフ少尉、数機ほど持ち帰るための準備を進めておいてください。イリージャルは大きすぎて成果として持ち帰ることは出来ないですからね」


「了解いたしました」


 アルトアイゼンの指示で行動を開始する彼らの様子を眺め、ディアルドも一言呟いた。



「俺様にも一体くれない?」


「マスター??」


「何を言っているんだキミは……。それよりもキミも何か役に立ちたまえ、それを期待して連れて来たのだからね。人質が居ることを忘れないように」


「ふーはっはァ! はいはい、わかっているとも。俺様は得意な魔法も封じられた哀れな存在なのだ。そう睨むことはないだろう。で、何をやればいいのだ?」


「……このイリージャルの中枢となる場所。そこに行く必要があるのだろう? ホークウッド」


「ああ、そうなる。だが、その場所までの道程がな……。神託の間、と呼ばれている場所だったのは聞いているのだが生憎と詳しい所までは、だからその手がかりを見つけたら――」



「いや、そこに案内板があるが?」


「えっ」


「……確かにそれっぽいものがありますね。ホークウッド、解読を頼みます」


「ええ、では少し時間を――」


「いや、思いっきりここに書かれているが? ほら、ここに神託の間、と。今の場所がここだから行き方はここを曲がってこう言ってこうだな。全部書いてあるではないか」




「…………」「…………」「合ってます?」「た、確かにそう読めるが……」



「よし、では行くぞ」


「おー!」


 『翻訳』の力で普通に読めてしまうディアルドの姿にいまいち納得が出来なさそうな両者を尻目に、彼の声掛けにファーヴニルゥが応え先導するように進んでいってしばらく――



「らしき場所に本当に着いた……」


「私たちは一族単位で研究してようやく解読できるようになったというのに……」


「さーて、何が起きるかな!」



 そして、彼らはそこへと足を踏み入れるのだった。

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