第八十一話:イリージャル争奪戦・Ⅱ



「とりあえず、言っておくことがある」



 何やら湖の方で起こっているらしく騒がしい。

 そんな中でルベリは結界内で静かに呟いた。


「「「へい」」」


「ディーから聞いた話なんだけどなー? ≪蝕ノ儀アザトース≫って魔法、実は手加減しているらしい。もっとエゲツナイ効果の粘液を発生させて、尊厳という尊厳を全て踏みにじることが出来るらしい。拷問用の魔法らしいからな」


「へ、へぇ……そうなんですか。そ、それで……何でその話を急に?」


「うん? 理由を聞きたいか?」


 何故か地面に膝をつけ姿勢を正しく座り話を聞いているハワードたちにルベリは答えた。



「行動次第によっては帰ってきたディーの私はこれからは加減無しに使うようにと命じることになるが――当然、私のために働いてくれるよな? 我が領民たち」


 笑顔で言い切った彼女の姿にハワードたちは確かな女傑の風格を感じ取った。


「勿論でさぁ! あんなホークウッドの誘いに乗るなんてありえないことですよ。俺は心を入れ替えりましたからな! お前たちもそうだよな」


「当然です!」「ベルリ子爵万歳!」「ちょっと興味が……」「てめえだけでやれや!」


 喚き散らす彼らの様子を見ながらエリザベスが口を開いた。


「お見事と言った方がいいのかベルリ子爵。なんというか雰囲気が出て来たね」


「良してくださいよ」


「この状況だと向こうに靡く者も居るかもしれないからね。締め上げるのは悪くない……。とはいえ、これからどうするんだい? 彼らと合流できるかもわからないというに」


 彼女はそうルベリへと呟いた。

 確かにエリザベスの言う通り、大きな釘を刺したとはいえ元が元なハワードたちは今のところそこまで信用できる存在ではない。


「まあ、現状は色々と難しい状況ですからね」


「この結界は中からの干渉にはめっぽう強いタイプだ。私でも奪取は不可能だ。頼みの綱のディーたちも捕まったという。当然、私たちの身の安全を人質に取られているだろうから彼らも動くことは難しい。そうなると現状、私たちには勝ち目のない状況――」





「ほう?」


「やっぱり、兄貴たちが大人しく捕まったてのがおかしいんだよ。兄貴が失敗しないとか、何でも解決するとまでは思ってないけど……兄貴は負けを認めるぐらいなら絶対に嫌がらせをするタイプ。


「信頼ではあるけどちょっと予想外の方向から来たね??」


 ルベリにとってディアルドは人生を変えてくれた大恩人ではあるが、それはそれとしてわりと人格的にはだいぶクズイと評価していた。

 そんな男が戦闘後の疲弊を狙われたからと言って、大人しく捕まるのかと言えば……彼女としては「あり得ない」というのが結論だ。


 確かにディアルド自身から飛行魔法というのはとても魔力消費の多い魔法で、特に他の魔法を同時に起動するとなれば途轍もない魔力消費になるとルベリは聞いたこと記憶がある。

 そんな魔法を使いまくり、燎原のファティマという出鱈目な怪物とやりあった以上、戦闘直後はとても消耗していてそこをつかれて捕まった……というのは一見筋が通っているようにも思える。


 だが――


(兄貴の性格なら嫌でも足搔きまくって……無理そうなら嫌がらせに走るぐらいはするはず! それが無いってことは……)


 考えられそうなのは可能性は二つ。

 一度捕まったとしても逆転できる自信があるか、もしくは何か目的があってあえて捕まったか。


(よくよく考えると兄貴の方はともかくファーヴニルゥが消耗して捕まるなんておかしいんだよなぁ。確か無制限に魔力を生産できる炉心があるとか言ってたし……)


 エリザベスたちはファーヴニルゥの正体までは知らないため、常識的な範疇で「どれだけ強くても魔力を使い過ぎて消耗してしまえば負けることはあるかもしれない」などと考えているかもしれないが、諸々を知っているルベリからすれば明らかにおかしな事態だ。


(そうなると敢えて捕まった可能性が高い、か)


 あえて捕まった目的は何かと考えば、これまでのディアルドの行動を思い起こせば簡単に察しはつく。


(まあ、ファティマに関することだろうな……兄貴は自分が欲しいと思ったものに関して手段を選ばないからな)


 ルベリはそれをとてもよく理解していた。

 何せ自身の今の現状こそがディアルドの手段の選ばなさの結果なのだ。



(ホークウッドたちの狙いは当然のことだけどファティマだろう。それを利用するためにあえて捕まった? ……十分にあり得そうだな。となるともしかしてあれは――)



 彼女は静かに頭を回転させて思考を巡らせた。

 これまで見て来たディアルドのやり方を思い出して意図を探る。



「とはいえ、これからどうする気だい? 彼になにか策があったとしても私たちは現状ここから動けないわけで……」


 そんな彼女にエリザベスは再度話しかけてきた。

 彼女の言葉は正しい、今のところこちらは完全につかまっており恐らくディアルドらに対する人質として使われているだろう。


 とても不利な状況と言ってもいい。

 だが、



「それは大丈夫だと思いますよ。もしかしたらこういう状況になるのを想定していたんだと思います。そうすると辻褄が合いますし……」


 自身が期待されている役割について大まかに理解したルベリは答えた。



「今は大人しく待ちましょう。この後は――ちょっと忙しくなりそうですからね」



                   ■



「へえ、これが王国の魔法。黒の魔導書グリモアの≪次元回廊ディメンション・ゲート≫とかいうやつか」


「ああ、上層部が欲しがっていた魔法の一つだ」


「それはそうだろうな。この先はここから離れたベルリ領に繋がっているんだろう? こんな魔法があれば進軍もやりたい放題だ。それこそ王都を直接軍隊で襲撃することだって可能ってわけだ」


「ははっ、それはいい。それと例の古代兵器とやらを合わせれば……」


「王国との戦いも終わるかもしれない」


「そりゃ凄い。さしずめ、俺たちは国を勝利に導いた英雄の一人になれるわけだ。欲を言えば俺もあっちが良かったんだけどな」


「そう言うな。あとで嫌というほど見れるだろうさ」


 男たちはアルトアイゼンの部下として今回の作戦に従事している軍人たちであった。

 その中の一人が湖の方角を眺めながらそんなことを呟いているものの、彼らにはここから離れるわけにはない理由があった。


「それにこれも重要な任務だ」


「わかっているってだからこうして監視しているんだろう?」


 即ち、命令を受けていた。

 彼らの受けた命令とは端的に言ってしまえば視線の先にある≪次元回廊ディメンション・ゲート≫の監視であった。


「それにしてもまだ奴らの仲間がいるってのは本当なのか?」


「ああ、それは間違いない。監視していた部隊からの報告だと確認できた人数と合わないらしい。たぶん、この向こう側のベルリ領地に残しているんだろう」


「まあ、湖の調査も大事だが領地の開拓も大事だろうからな。わけていてもおかしくはないか」


「そうだ。だから、こうやって監視しているわけだ。戻ってこないアイツらに気付いて助けにやってくるかもしれないからな」


「とはいえ、足りないのは大した数じゃないんだろ? こうやって待ち伏せしているより、さっさとこっちから出向いて捕まえた方が良くないか? 最終的にはベルリ領を奪って王国侵攻のための前線拠点にする手はずなんだろう?」


「それをするには流石に今の人員だと足りないからな。こちらから出向いて下手に逃げられて王国に知られるリスクを取るより、何も知らないでこっちに来たやつらを待ち構えて捕らえた方が楽だろ?」


「それもそうか。相手は王国騎士ってわけでもないんだから大したことはないにしろ、楽になるにこしたことはないか」


「まあ、大半は革命黎明軍の人間という話だからな」


「多少、荒事に慣れているだけの相手に負けるつもりはないさ」


「ただ、報告によると一人高位の魔導士が居るという話でな。気を付ける様にという話で――」


 男たちは決して油断はしているつもりはなかった。

 話をしつつも離れた場所で≪次元回廊ディメンション・ゲート≫の出入り口はキチンと監視し、誰かが通ってくればその瞬間に切り替えられるように心に余裕を持ちながら準備をしていた。



 そんな彼らの遥かな後方、森の奥で一筋の雷光が嘶いた。




「――ふっ、ふふふっ。待っていろ、アリアン。ピンチのところを助けて……お姉ちゃんはあの小娘よりカッコいいことを証明してやるからな!」




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