第八十話:イリージャル争奪戦・Ⅰ


「それであれは何をやっているんだ?」


 自己紹介も済んだので引き上げられた燎原のファティマの様子をディアルドは眺めていた。

 そこではその機体に群がるように何かの作業をしている人影の姿が確認できた。

 最初は機体の回収のために色々とやっているのかと思ったがどうにも様子がおかしい、どちらかと言えばファティマの内部を弄っているように彼には見えた。


「アレですか? アレは燎原のファティマの頭脳……と呼べばいいのかそこを探って調べているんですよ」


「調べる? 何をだ」


「イリージャルとの繋がりですよ」


 アルトアイゼンはディアルドの質問に対しあっさりと答えた。

 親切心、というわけではないだろう。

 単に彼を利用するにあたり、最低限の知識を持っていなければ困るから――と言ったところか。


(まあ、ありがたいので素直に受け取るがな!)


「そもそもディーさん。貴方はイリージャルとは何なのか、どれほど掴んでいますか?」


「……そうだな、湖の底に隠された水中軍事拠点。基地のようなものだと認識している」


「そこまで辿り着いていましたか。ですが、それでは半分ですね」


「半分?」


「ええ、イリージャルは古の国――エーデムベーの軍事基地であり、そして軍事工場でもあるのです」


「エーデムベー……」


 ディアルドは知っていた、それは天帝七国時代においてこの一帯を支配していた国の名前だ。

 歴史の流れの中に埋もれ、あまり世に知られている国の名前ではないが帝国の都があったとされる場所を後に支配したのだ、帝国の色が濃く残っていた国ではあったのだろう。


「工場……つまりはファティマの?」


「恐らくは。イリージャルによって燎原のファティマは生み出され、そして運用されていた」


「運用、か」


「そこを貴様たちは間違えていたということだ」


 アルトアイゼンとディアルドの会話に割り込んできたのはホークウッドだ。

 彼はどこか嘲るような顔で彼のことを見つめている。


「確かに燎原のファティマを止めるための魔法まで用意していたのは驚きだ。だが、それで手に入ると思っていたのだったら詰めが甘いな。どうやら、そこまで知らなかったらしい」


「…………」


「今の燎原のファティマはイリージャルの防衛機構として組み込まれている。つまりはイリージャルの管理下にあるということだ。その点を解決できない限り、真の意味でファティマを手に入れたことにはならないのだよ」


 そう自慢げに言うホークウッドではあったが、正直なところ動かないなら動かなくても置いておくだけでそれなりに満足できるディアルドからすると大きな問題ではなかった。

 まあ、自由に動かせるのであればそれに越したことはないのだが……。


「なるほど、つまりはファティマを手に入れるためにイリージャルを手中に収める必要がある……と。それでどうするつもりだ? 潜水して辿り着くのか? 一応、潜水魔法に関しては完成しているが」


「我々も似たような手段でイリージャルの潜入を試みる予定でしたが――」


「先に燎原のファティマがこうして手に入ったのならもっと楽な方法がある」


「ほう? その方法とは?」



「……そんなことが可能なのか?」


「ふふっ、可能なはずです。防衛機構としての燎原のファティマがこうして動いている以上、イリージャルも悠久の時を超えてこの湖の下で稼働し続けているのは間違い。だが、現在のイリージャルには決定的な問題が存在する」


「問題?」


「そうだ、それは――管理者が居ないということだ。かつてイリージャルを創り上げた国は滅亡し、イリージャルに命令を下す人は居なくなった。権限者が空白となったのだ。それ故にイリージャルは現状の維持以外の選択肢を取ることしかできなくなっているのではないか……とな」


 ディアルドはその話を聞いてチラリっと横に居るファーヴニルゥに視線を移した。


「なるほど――つまりはイリージャルは自身の上位者を求めている……と? 大方、それを利用する気だな?」


 彼の言葉に何やら作業をしていたホークウッドは振り向いた。


「……なるほど、存外に頭は悪くないな」


「天才だからな」


 にやりと笑うと彼は話を続けた。


「イリージャルは当時の魔導工学の粋を集めた傑作であったと伝えられている。ファティマを作製と操作、基地自体の管理運営、軍事作戦の遂行のサポート。多岐にわたるタスクを処理するために高度な自己判断人格を持っていたとされている」


「正直なところ、その点に関しては我々としても俄かに信じがたい話ですがね」


「ふーはっはァ! ゴーレム術式とて条件を設定することで自動で行動するように組むことも出来るであろう? その拡大版であると考えればよいだろう。だが、どれほど高度な自己判断能力があっても作られたものであることには変わらない」


「その通りだ。どれほど高度な判断能力があったとしてもイリージャル単体で出来ることは限られる。どれ程優れた道具でも扱う人間が居なければ何もできない。事実、こうして防衛反応として燎原のファティマを送ることは出来ても、それが敗北したというのに何の音沙汰もないと来た」


「そうですね、何かしら次の行動があると思い警戒はしていたのですが……」


「ふむ、推察するに判断に困った結果というべきか。直接的な被害になりそうだったファーヴニルゥの攻撃に対してならともかく、今は湖の底に居るであろうイリージャルに直接的に被害を与えるようなことはしていない。それ故に決断が出来なかった――そんなところか」


「恐らくはそうだろう。そして、その欠陥はイリージャル自身も理解できているはず、ならばそれを解消したいとも思っているはずだ」


「確かにイリージャルは自身の上位者を切望しているのかもしれない。俺様としてもそういうのわかるしな。とはいえ、誰でもいいというわけではないはずだ。特に軍事拠点を総括していた存在なら、人間ならば誰でもいい――なんてことはないはずだ」


「勿論、その点も考えてある。イリージャルは権限上位者の存在を求めているが誰でもいいというわけではないだろう、資格による制限はあるとみていい」


 ホークウッドの言う資格というのは要するにイリージャルを建設した国家、エーデムベーに関するものだろう。

 少なくとも軍事拠点を見ず知らずの人間に明け渡すような仕組みにはなっていないはずだ。

 そのぐらいは想像がつく、そして古代の時代においては思った以上に非とは詳細に管理されていたことをディアルドは知っていた。



「その通り、だ。だからこそ私なのだ。我が一族は今は亡き国家、エーデムベーの血を引きし存在。私に流れる血の中にはその生体コードが存在する。それをイリージャルが受け取れば――きっと応えてくれるはず!」



 ホークウッドはそう言って作業に没頭した。

 燎原のファティマを使い、イリージャルとの繋がりを利用して行っているのは言ってしまえばアプローチだ。


 自らの存在を伝え、古代からこの湖の底に眠るものに興味を引かせる――恋文ラブレターとでもいうべきか……。


 しかして、その結果はというと。




「ん、マスター」




 最初に何かを察したのはファーヴニルゥだった。

 彼女が言葉を発しタちょうど同じタイミング。


 静けさを保っていた湖の水面が揺れ始めたかと思うと荒れ狂い始めた。

 ラグドリアの湖の外周部に居るディアルドたち、その足元に振動を感じた。


 徐々に大きくなっていく振動。

 まるで荒れ狂う海のようにような様相になった湖。


 直感的にその場にいた誰もが感じただろう。

 深い場所から上がってる巨大な何かの存在に。



 この日、ディアルドたちの前にイリージャルは姿を現したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る