第七十九話:捕縛・Ⅳ



「おおっ、あれこそが燎原のファティマ! 我が一族の悲願! こうして目見えることが出来るとは……っ!」



 交渉のあと、手に枷を嵌められた状態で天幕の外に出たディアルドの目に飛び込んできたのはどういう手法か引き上げられた機能停止状態の燎原のファティマと、その周囲を走り回る眼鏡の男の姿だった。


「おい、あれはなんだ?」


「お、お前アルトアイゼン様になんて口の利き方を……っ! 言葉遣いに気をつけろ!」


「馬鹿め、俺様はベルリ子爵の第一家臣! あの御方以外に向ける敬意などないと知れ!」


「あれ、そうだったっけ?」


「わはは、そうだったはずだぞファーヴニルゥ。それはそれとして――で?」


「彼の名はホークウッド。我々の大事な協力者でしてね」


「ほう? アイツがか……ふむ。それにしてもよくも引き上げたものだ」


「大変でしたよ。相応の魔道具を消費する羽目になりましたが……それだけの価値はある。あれほどの力があれば我が国は」


 アルトアイゼンが燎原のファティマを眺めながらそう零した。

 彼の脳裏には先ほどの戦闘の光景が浮かんでいるのだろう。


 とはいえ、だ。


「だが、あれは動かんぞ?」


「……その点についても聞きたかったところです。貴方はどうやって燎原のファティマをのですか?」


「ふーはっはァ! 止めた、か」


「ええ、貴方達の戦闘は監視させていただきました。その結果までも」


「ふむ」


「ハッキリ言って燎原のファティマを壊してしまったのかと焦りましたが、引き上げて調べてみて驚きました。確かに損傷こそしているものの、起動不可なほどに損傷しているわけではなかった。ただ、燎原のファティマの心臓部とも言える動力の部分が停止していた……これは一体」


「あれこそはベルリ子爵の命によって用意していた切り札よ。ファティマを停止するための魔法。現状では俺様しか使えないだろうがな」


「なるほど、手に入れるための準備は万全だった……と。中々に卒のない人のようですね、ベルリ子爵は」


 ディアルドは手札の一枚を見せながらアルトアイゼンの反応を観察した。

 彼は≪戒めの刻印アドモニション・カース≫に強い興味を持っている様だ。

 そして、そんな魔法を作った以上、ファティマに関して何かしらの詳しい知識を有しているとも察するだろう。


「そんな魔法が……だが、確かに燎原のファティマは停止している」


「あと少しだったのだがな――くっ、ベルリ子爵すいません! 天才である俺様のミスでベルリ子爵の野望が! 王国や革命黎明軍を出し抜き、ファティマを手に入れる野望が! ああ、何という悲劇!」


「マスター、無茶苦茶に推すねーそれ」


「いや、目的には納得しやすいだろうと思ってな」


 などとファーヴニルゥとこっそりと会話をしつつ、アルトアイゼンに着いていくと声をかけられた。

 声をかけてきたのは眼鏡をかけた男――例のホークウッドだ。


「おや、アルトアイゼン殿。そちらは……例の?」


「ええ、燎原のファティマを打倒した魔導士二人です」


「ふん! 燎原のファティマの力は本来あんなものではないんだ。そこは勘違いするなよ……っ! ――だが、それはそれとして得難いほどの魔導士としての力を持っていたのも事実……本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ、貴方とて知っているでしょう? 彼らの手に嵌められた封魔錠のことは……」


 そう言ってアルトアイゼンがこちらを見て来たので、ディアルドは自らに嵌められたゴツイ手錠のようなものをアピールするようにあげた。


 封魔錠とは魔導士を拘束するための特殊な魔道具だ。

 魔導士というのは魔法を使う際、体内の魔力を体外へと放出することでその行使を可能とするわけだが、別に肉体のどこからでも放出できるわけではないのだ。

 肉体の箇所で最も放出しやすいのは両手であるとされており、そこに封されるとほぼ魔力自体を体外に放出できなくなる。


 つまりは魔法を発動することは出来なくなる。


「封魔錠をされて居る以上、彼らは脅威ではありません」


「くっ、封魔錠さえなければ! 封魔錠さえなければ……! おのれ、これではただのイケメンでカッコよくて頭のいい天才でしかない俺様……っ!」


「僕もマスターの自慢の可憐で美しい美少女騎士でしかないよー」


「貴方達ってどこかふざけてませんか?」


「ふーはっはァ! こうして戦う力を取り上げられ、更には敬愛する主君の身柄の安全を盾に取られ、失意の中で協力をさせられているのだぞ? ほれ、多少様子がおかしくても変ではないだろう……わかれよ、シャーラ」


「そうだぞ、シャーラ」


「シャーラって呼ぶの許してないんですけど?? あと失意の人間はそんな馬鹿みたいな高笑いはしないと思います」


「はあ、わかっていないな。状況が最悪だからこそあえて笑って気分を上げようという気持ちがわからんのか? そういう細かい人の機微とかちゃんと察して対応できるようにならないと出世できないぞ?」


「余計なお世話です!」


 そもそもディアルドは失意しているわけではないので、シャーラの言っていることは極めて正しい。

 正しいので彼の煙に巻いたような言動の標的となっていた。



「……本当に大丈夫なのか?」


「人はみな、両の手を封じられると魔法を使うことが出来ない――それが燎原のファティマを打倒するような魔導士でもね。彼らには大いに役立ってもらいます、イリージャルの手中に収める為に」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る