第五十九話:楽しい尋問術・Ⅲ


「ううっ、アリアン……アリアンぅ。よかったぁ、生きてたぁ……」


 先ほどまでのクールな復讐者を思わせる雰囲気から一転、吊るされた状態でめそめそと泣き始めたロゼリアを何とも言えない視線を向けながら、ディアルドはアリアンへと尋ねた。


「あー、つまりなんだ? アリアンは元々貴族の子だったと?」


「はい」


 話を簡単にまとめるとこうだ。

 ロゼリアとアリアンは姉弟で共に王国北部に領地を持つ、シルバーという男爵家の子供だったらしい。

 だった、というのは既に爵位の取り消しを受けシルバー家は貴族としての地位を剥奪され、そのゴタゴタの際に二人は生き別れたらしい。


「本来なら僕もシルバー家の一人として捕まるはずでした。でも、何とか逃れることが出来て……」


「とはいえ、身寄りがなかったのであんな連中に拾われることになったと」


「そういうことです。すいません、初めに言うべきでした」


「別に構わん、何かあるとは予想はついていたからな。それにしても貴族の地位が剥奪されるとはな、いったい何をやらかしたんだ」


「えっと、僕も小さい頃だったのでよく……。実際にどういう罪で捕まって投獄されたのかはよくわからないんです。ただ、風の便りで父上も母上もそのまま……」


「彼女の話によると魔導協会ネフレインの執行部隊が動いたということなんだから、たぶんそっち系だと思うんだけど」


「父上も母上も何も悪いことはしていない! あれは魔導協会ネフレインの陰謀だ。いわれなき罪を被せて……っ! 父上も母上もただ魔法を魔導協会ネフレインから解放しようと――」


「ああ、君たちの両親ってだったのか」


「主義者などというのはやめろ、魔女め!」


 ロゼリアの言葉にディアルドは少しだけ納得した。

 だが、ファーヴニルゥはいまいちわからなかったのかこっそりと小声で尋ねてきた。


「ねえ、マスター。主義者ってのは何のこと?」


「うん? ああ、主義者というのは貴族の立場でありながら、魔法革命運動に参加している連中のことだ」


「……貴族なのに?」


 いつの間にか近くによっていたルベリも疑問符を浮かべた。

 彼女の言いたいこともわかる。

 一般的な革命黎明軍は「魔法が使えないやつらがなんか言ってる……」みたいなイメージなのだから。


「だが、実際には貴族の一部も関わっているという――噂がある」


「噂なのかよ」


「だが、ルベリ。貴族の社会の中でも結構な格差というものがあるのだ。優れた魔導士になるためには魔導書グリモアから学ぶのが一番だ。独学というのはハッキリ言って無理だ。俺様は天才だから余裕だがな」


 というよりも『翻訳』の力が使いやすすぎるだけなのだが。


「少なくとも独学で魔導士としての格を上げるのは相当の才能が必要があるし、欠けた労力に見合えるほどの魔導士としての腕が上がるかも疑問だな。そんなことより、魔法の手引き書と言ってもいい魔導書グリモアから学ぶ方が効率的だ。だが魔導書グリモアには限りがあるし、そして何よりも管理している魔導協会ネフレインが厳正な管理をしているわけだ」


「ふむふむ」


「そうなってくると横行してくるのが賄賂なり、コネなり……まあ、要するに便宜を図って貰えるようなものを提示できる存在。高位貴族とか有力者とかだな、そういったやつらに優先されることになる」


「えー、なんだよ。それ」


「貴族と言ってもそこまでじゃない貴族は精々、一冊二冊の蒼の魔導書グリモアを読める程度。大してどこぞの大貴族の一族やその推薦があれば自由に蒼の魔導書グリモアを読めたり、余程のことがない限りそう読ませることがない黒の魔導書グリモアを読ませる許可が与えられたりするらしい。……まあ、公に認めているわけじゃないが」


「なるほどな上の貴族が独占して、優秀な魔導士を輩出すればするほど地位は安泰になってより強固な関係になるからつけ入る好きも無くなると……そりゃ、不満を覚える貴族が居てもおかしくないか」


「貴族社会における格差はえげつないからな、オーガスタでは威張り散らしていたサーンシイータ家も王国の貴族社会の中で格下もいいことだ。所詮は地方貴族でしかないからな。そういった意味でそれほど恵まれた環境ではなかったのに、魔導階級を花位ブルームまで上げられたサンシタはそれなりに才能があったのだがなぁ……。まあ、それだけあっても意味がないという好例だな」


「私にとっては貴族ってだけで天上人みたいなもんだったんだけど、そうかサーンシィター家も……貴族社会ってこえー」


(お前が引き継いだベルリ家は王国に認められた古式魔法の一族、つまり相当な歴史を持った家で家格でいえば結構なものだと――まあ、わかっていないのだろうな)


 ディアルドがそんなことを考えているとも露知らず、ルベリは聞いた話を咀嚼しようと頑張っていた。


「貴族の中でも今の体制に不満を持っていてもおかしくないってのはわかった。でも主義者ってのは……実際に活動もしているってことだろう? 本当にそんな人いるのか? 不満はあっても下手するとこれって王家への批判につながるんじゃ」


「ああ、だからあくまでそういった連中は表立って活動はすることはない。ただ、どうにも動いているんじゃないか――という話は偶に聞く。その最たる例が革命黎明軍だ。革命黎明軍の起源は古く、かなり長期間にわたって地下活動していることになるんだが……それだけの時間、活動で来ているのがまずおかしい。何度か大き目の検挙される事件が起こっているというのに今なお残っている」


「貴族である主義者が支援をしていたから……とか?」


だろうが――まあ、あとはいいか。ともかく、だ。あの反応と姉であるロゼリアが革命黎明軍に入っている辺り、そこら辺がシルバー家の取り潰しの実態と言ったところか」


 それならば魔導協会ネフレインとしての動きもわかる。

 とはいえ、話に聞く限りではやや行き過ぎているような気もするが……。


 それは今はいいだろう。


「ふーはっはァ! それにしても生き別れになっていた姉と弟の再会か。それはなによりだったな、アリアン」


「はい、ディー様! ……出来れば吊るされていた状態じゃなければ」


「まあ、あいつ普通にベルリ領を襲撃しようとしたし。何ならアリアンを狙って」


「姉上……」


「ち、違う! 知らなかったんだ! 知っていたらすぐにでも……っ! ああ、本の捜索部隊に私を入れていれば――おのれ、ハワード!」


「振ったのにそう言ったの苦手だとお前が拒否をしたんだろうが」


「狙ってたのはアリアンというか、アリアンが持って行ってしまった本というか……」


「ふーはっはァ! ……「用があるのは本だけだ! 持ち主の子供が邪魔するなら少しぐらい痛めつけても――」とか言ってない?」


「……イッテナイヨ」


「……姉さん」


「ロゼリアの姉さん」


「うるさい! 黙ってろ!」


「姉上……」


「やめて、私をそんな眼で見ないでアリアン……」


 またしてもめそめそと泣き始めたロゼリア。

 昨日までの気の強さはどこへ行ったのやら、だ。



「ふむ、まあいいだろう。出せる情報聞いたし、そろそろ解放してやるか」


「おや、良いのかい? 殺人人形キリング・オートマタとかもうちょっと聞いてみたくない? 中々に見ない技術が使われているようだしさ」


「深く聞くと革命黎明軍の内部事情を知らされそうでな。正直、全く興味がない……それよりもファティマ探しの方が重要だ!」


「ああ! またファーヴニルゥが不機嫌に……っ!」


「なんか、そこまで興味を持たれてないと俺としても微妙な気になるがありがてぇ。もうここには手を出さないように他のやつらにも伝えておくから――」




「じゃあ、アリアン。お姉さんにさよならを言っておけ」


「……えっ、ディー様?」


「だって罪人だし、とりあえず領地外にポイして後は領地侵入禁止令だから。ベルリ領の住民であるアリアンとはこれでお別れになるわけだ。まあ、ついて行きたというのであれば無理には止めないが……」


「えっ、えーと……」


 そうディアルドに突如として振られたアリアン。

 彼は目を右往左往させて混乱している様だ。


 無理もない、死んでいたと思っていたロゼリアと再会してすぐに分かれるという話になったのだから。

 しかも、ディアルドの言っていることは至極真っ当なので文句も言えない。




「当然、私と一緒について来てくれるだろう? 共に両親の夢を果たそうじゃないか」




「ふははっ! まだ吊るされてる状態でよく言えるな、コイツ」


「というか弟まで巻き込もうとするなよ。ようやく真っ当な――真っ当な? まあ、ともかく領地の住民になれてるのに」


「ディー様、子爵様……」


「アリアンは出て行ってしまうのかい?」


「ファーヴニルゥ様?」





「……そうか、それは少し寂しいね」


「あっ、僕は残ります。えっと姉上――頑張ってください!」


「えっ……。――じゃあ、私も残る!!」






「「「はぁ!?」」」




 ロゼリアの言葉にハワードら革命黎明軍の皆さんの声が揃った。


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