第五十八話:楽しい尋問術・Ⅱ


「ふむ、まとめるとこうか。貴様たちはファティマがあるとされているイリージャルについては知らない。だが、ファティマを手に入れるために必要な手段については知っていた」


「ああ、そうだ。イリージャルなんて名称自体は知らない。知っているのは精々、東の一帯のどこかだってことぐらいだ」


「その情報はどうやって?」


「さあ、な。掴んだのは俺たちじゃねーんだ。革命黎明軍は……何というか派閥に分かれていて決してすべてが共有されるわけじゃない」


「派閥があるのではなく、単に統制がきいてないだけなのでは? と、天才であるディアルドは考えるが……まあ、続けて?」


「……あー、それでその一つがホークウッドというやつの作った派閥があってだな。ファティマに関する情報はそいつから受け取ったんだ。昔、調査隊が東に送られたって話は知っているか?」


「ふーはっはァ! 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンがやってくる前、ベルリ伯爵家が存在していた時代の頃の話だったか」


「ああ、彼らの記した報告書や手記の数々は黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの襲来によって散逸したと言われている。だが、運よく逃れることに成功した調査隊の一人が改めて記した手帳を手に入れることが出来たらしい」


「そして、それを解析したと?」


「その結果わかったのが東の奥には大きな湖があるらしく、更にはその周囲に何かの人工物らしき残骸があったらしい。年代から考えて千年ほど前の――つまりは古代の時代のもので。そして、そこには文字も書かれていた。手記にはその文字の形が描いてあって、そこにファティマの名も」


「……湖か」


 ディアルドはファティマの魔鉱核の生成には大量の水が必要だということを思い出した。


「どれだけくらいの大きさの湖なのかは知らないが……一応、合致はするか?」


「東の湖って向こうにあるやつ?」


「ファーヴニルゥ知ってるのか」


「辺りを哨戒してた時にうんとね、大きさは――」


 ファーヴニルゥの説明で湖の大きさは相当なものであることがわかった。


(日頃、自由に飛ばせているから意外に詳しいのだな……。一度時間を作って俺様も一帯の確認をするべきか)


「なんだ、知っていたのか。俺たちとしてはまずその湖を見つけることから始める必要があると考えていたんだがな……。まあ、それはともかくファティマの名前があったってことでホークウッドはその湖――手記ではエルドール湖と名付けてあったからその名称を使うが、そのエルドール湖が怪しいと踏んだわけだ」


「なるほど」


「とはいえ、そこから先に行き詰った。なにせ調査をしようにもエルドール湖の詳しい位置まではわからなかったし、虱潰しに探そうと思ってもあの黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの縄張だったからな。場所さえわかっていればこっそり行ってこっそり帰る……なんてやり方も出来たかもしれないがそれも無理だ」


「あの黒蜥蜴、ちょくちょく話に出てくるね」


「ふははっ! まあ、それだけ影響力のあるモンスターだったのだな」


「まあ、そんなわけでファティマに関しての話は暗礁に乗り上げた。どっかの誰かさんたちが退治してくれるとは思いもしなかったからな。手掛かりの場所がわかったというにそこへと辿り着く手段がないわけだからな。そんな折、ホークウッドのやつがどこからか白本ホワイト・ブックの話を持ってきやがった」


白本ホワイト・ブック! 失われたあのセレスタイトの魔導書グリモアのことだね!」


「うおっ、なんだ急にこいつ」


「すまん、こいつはそういうやつなんだ」


「それでどの書のことなんだい? どんな魔法の魔導書グリモア? 五十二年前も前に失われたせいで資料が全く残ってなくて――」


「というかこの際だから聞いておきたいのだがあの魔導書グリモアの流失事件って……」


「言っておくが革命黎明軍ウチじゃねーからな? そりゃ、五十年以上も前の話で俺も生まれる前のことだから詳しく知ってるわけじゃないが、だとしたら自分たちの分の魔導書グリモアぐらい確保するだろ? そういうのは一切ないわけで」


「弱かったしな、そっちの魔導士」


「お前ら貴族の連中と違ってそうそうこっちは魔法に関する知識を手に入れられないんだよ――ったく、話を続けるぞ? ホークウッドはどういう手段かは知らないがある白本ホワイト・ブックを情報を掴んだ。「黒の十六番」というやつだ」


「おおっ、黒の魔導書グリモア……っ! 素晴らしい」


「元々、俺たちも魔導協会ネフレインの管理から外れた魔導書グリモアに関して各々探していた。たぶん、その過程で見つけたんだろうがホークウッドはその魔導書グリモアに記された魔法があれば暗礁に乗り上げていたエルドール湖の調査を進めることが出来る可能性があるってな」


 ハワードは続けた。


「それでその白本ホワイト・ブックの所在が俺たちの管轄の近くだからということで話が来たわけだ。とはいってもすでに引き渡しのための交渉は済んでいて、あとはオーガスタで受け取るだけの段階まで来ていたんだがな……だというのに起こったのが例の黒骸龍事件だ。あれのせいで仲介を頼んでいた連中はどっかに消えて連絡は取れなくなるし、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの遺骸の回収やら何やらで魔導協会ネフレインの連中も居座ってたからに慎重にならざるを得なかったし……」


 段々と彼の話す内容が愚痴のようになっていく。


「それでようやく「黒の十六番」の在り処を見つけたと思ったら、今度は持っている奴ごと目の前で攫われて……しかもこんな人里離れた場所で、苦労して辿り着いたと思ったらこの様だ」


「ふーはっはァ! まあ、大変だったな!」


「うるせぇ! よく考えたら大体お前のせいじゃないか!」


「なんか兄貴たちの行動で凄い振り回されてたんだなこの人たち」


 ディアルドは爆笑していたがルベリは少しだけ同情の視線を向けたのだった。


「だが、まあ大体の事情はわかった。時にその魔導書グリモアの魔法についてなのだが……」


「詳しくは知らねぇ。ホークウッドのやつに頼まれただけだからな。というか持っているなら実際に読んで確かめた方が早いだろ」


「ふむ、それもそうだな。ファーヴニルゥ、彼を呼んできてくれ」


「わかったよ」


 ハワードの言葉にそれもそうだと納得したディアルドはアリアンを連れてくるようにファーヴニルゥへと頼んだ。

 彼はあくまで住民の立場でしかなく、しかも子供ということもあり今回の尋問には参加していない。

 捕まえているとはいえ変に犯罪者と接触させるのは教育に悪いだろうという配慮のもとだ。



「俺たちが知っているファティマに関する情報はこのぐらいだ」


「ふむ、嘘ではなさそうに見えるな。では、あの殺人人形キリング・オートマタとやらについてだが……」


「ああ、あれか。あれは――」


「もういいだろ、ハワード」



 さらに聞き出そうとディアルドが口を開くと今まで黙っていたロゼリアが口を開いた。



「ロゼリア」


「貴様にはプライドというものがないのか? 我々は今の世を変えるとそう誓って行動を共にしたはずだ、だというのに少し捕まったぐらいでペラペラと」


「仕方ないだろう、死んだら元も子もないんだ。命あっての革命だろう?」


「だとしてもあれは我らの切り札になる存在で……」


「ふははっ! 切り札らしいがあっさり壊してすまんな」


「俺もそう思ってたんだけど一瞬で壊されたし、案外それほどでもないのかなって。そんな秘密を守るためにあの触手の沼の中に俺は落ちたくない」


「あれはあくまで未完成で……ファティマを手に入れることが出来ればもっと――」


「この捕まってる状況をどうにかしなきゃ、ファティマを手に入れるなんて夢のまた夢だろう?」


「逃がしてくれる保障はないだろうが! 信じられるのかこんな男っ!」


「信じなきゃどうしようもない状況だろうが。とりあえず、今はだな――」




「おい、騒ぐなら全員ぼっしゅーとしていいか?」


「「待て! 落ち着け」」




 何やら騒ぎ出した彼らに向けてディアルドが指を弾こうと見せつけると二人は大人しくなった。


「ふん、俺様はそこいらの連中と一緒にするな。解放はしてやるさ、面倒だし」


 彼がそういうもロゼリアは不満そうな顔を隠さない。

 どうやら彼女は色々と貴族という連中が嫌いらしい、特にエリザベスに向ける目から察するに魔導協会ネフレインに対しての恨みがあるのだろう――とディアルドは推察した。


(まあ、反体制テロ組織に所属している人間なんて大なり小なりそんな感じか)


魔導協会ネフレインの魔女と関わっているような連中だ、どこまで信用が出来るか……」


「貴様への恨みのとばっちりを受けているではないかワーベライト」


「いや、私への恨みじゃないでしょ。確かに昨日はちょっとやり過ぎたかもだけど……ほら、魔導協会ネフレインのせいでしょ。なんかやらかしたんだよきっと。思い当たる節が多くて困るけど」


「まあ、魔導協会ネフレインはな……」


「それな」


「お前たちからしてもアレなのか」


「ダメなところはとことんダメだからな。正直、俺様も関わり合いたくない。なので魔導協会ネフレインとつるんでるみたいな認識は不当なのでやめて欲しい。ワーベライトはなんか領に勝手に住み着いてるやつだから」


「大義名分は貰ってるから仕事のうちだぞ。気が済んだら帰るよ。気が済む予定が今のところないわけだけど」


 ハワードたちは二人の言葉に目を白黒させていた。

 余程意外だったらしい。



「そうだ、あいつらのせいで父上と母上は……。そして弟まで……だから、私は――」


 そんな彼らの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか。

 ロゼリアは自らのうちにある憎しみを言葉にしようとして、



「連れて来たよー」


「お、遅れました。お呼びでしょうか」



 割って入ってきた二人の幼い声に遮られた。





「必、ずふくしゅ……あ、え……アリアン!?」


「えっ――姉上!?」





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