第五十六話:初めての領地防衛戦・Ⅵ



「ふはははーっ! やはり天才である俺様には運命とて微笑む! それは世の理としては当然であるが、いやはや――ここまで都合がよくなるとちょっと怖いがしなくもないが、それはそれはとして……」



 本来であればルベリたちにカッコつけるためにわざわざ前に出てきたというのに、エリザベスに最も強そうな相手を取られたディアルド。

 だというのに彼は非常にご危険であった。




 何故ならば――




「ファティマとは――あの魔導機兵ファティマのことで間違いはないか?」


「っ!? まさかファティマのことを知って……っ!? だからこそ、アレを狙ったということか?!」




 探してみようとは思っていたものの、手がかりが少なく気の長い話になるだろうと思っていた矢先にこれだ。

 何故だかは知らないがここを襲いに来た連中はファティマを知っているらしい。


(ふーはっはっはァ! なんだ、それは……! この幸運、つい神様にでも感謝したくなるような――いや、俺様の日頃の行いだな。品行方正、真面目に生きているとこういうこともあるのだ。うむ! ――というかアレとはなんだ?)


「それにこのベルリの地を手に入れたのも、まさかファティマを手中に収めるために――」





「――――ふっふっ、ふーはっはっはぁ!! よくわかったな! その通りだ!!」





 集団の中でも中心人物らしきひげ面の男――ハワードの言葉に一瞬だけディアルドは考え込み、そして全力で肯定した。

 上空からなにやら「そーなの!?」という少女の声が聞こえたような気もしたが恐らくは気のせいだろう。



(うむ、全くよくわからんがもしやファティマがあるとされているイリージャルという場所。その場所がこのベルリ領のさらに東のどこかにある……という憶測は案外外れていなかったということか? それで俺様がルベリと組んで領地を手にしたのがファティマを入手するための計画の一つだった――と。……よし、そういうことにしよう!)



 ルベリを使ってベルリ領を手にしたのは、大体流れというかその場の勢いに近いものがあったし、目的自体もディアルドが好き勝手に過ごせる場所が欲しいからというものでファティマ云々は一切関係ない。

 というかそもそもファティマのことを知ったのも最近だし……それでも彼は全肯定することにした。



 だって、その方がなんかカッコいいし。



「ふーはっはァ! 全ては天才である俺様の手のひらの上なのだ。貴様らがここに来ることもな、革命黎明軍」


「っ、俺たちのことも……なるほど、蒼穹姫に見せつけるように奪っていかせたのはこのためか。のこのこと取り返しに来た俺たちをこうして迎え撃つために」


「ようやく頭に血が巡ってきたようだな。で、あれば俺様の目的もわかるだろう?」


「捕まえて俺たちから情報を吐かせようって魂胆ってわけか」


「うむ、よし。――そういう感じで行こう」


「そういう感じ?」


「ああ、こっちのことだ。ふーはっはっはァ!」


 ハワードの問いかけを笑って誤魔化しながらディアルドは会話内容を急いで整理する。



……こいつらはそれを追いかけてここに来たわけだ。奪った云々なら思い当たる節は色々とあるが蒼穹姫――ファーヴニルゥが絡んでるとなると……アリアン、か? あいつに革命黎明軍との繋がりが? あるいはファティマの方か?)



 謎だった彼らの襲撃目的について彼は何となく掴んできた。


(まさか第一住民として埒ってきたアリアンがトラブルを運んでくるとは……。いや、むしろファティマの手がかりを引き寄せたわけだからトラブルじゃなくて幸運か? あとで褒美を与えないと。あと、そうなるとアリアンを連れて来たファーヴニルゥの判断も最適だったということになる。これは御膝に座らせてなでなでコースを検討するべきか?!)


 ディアルドは真剣に考えながらも意識を切り替える。



「まあ、そういうわけだ」


「っ!?」



 意外なことが判明したとはいえ、基本的にやることが変わったわけではない。

 むしろ、ファティマの手がかりに関してなにやら情報を持っているということが分かり、襲撃者――革命黎明軍の価値が上がったため、逃がさないようにディアルドのやる気が上がったぐらいだ。




「向こうでも始めたようだからな。こちらも始めるとしよう。話はその後でゆっくりと――聞こうじゃないか」


「攻撃しろぉ!」





                   ■




 戦いは一方的であった。



「ふざけんな……こんなっ!」


「≪水流刃ウォーター・カッター≫っ!!」「≪雷撃ライトニング≫っ!!」「≪風弾ウィンド・バレット≫!!」


「うむ、さっきからそれしか使ってこないな……もしかしてそれしか使えないのか?」


「くっ……≪水流――」



 ディアルド一人に対して相手は魔導士を含めた三十人近い数。

 常識で言えばまず不利な状況だ。


 ただの人では出せない火力を独力で出せる魔導士といえど、それ以外は普通の人間と変わらない。

 魔法の発動というのはなにかと気を使う必要があり、焦って失敗してしまうと不発という形で魔法は発動することなく霧散してしまう。

 そのため、魔導士の鉄則としては距離を保って戦うか前衛を置いて近づけさせないのが通常とされる。


 近距離まで近づかれると剣の方が早く、あっけなく切られて死んだ魔導士の話は案外多かったりするのだ。

 そう言った点で見れば前衛を置かず、のこのこと話が出来るほどの距離まで近づいて戦いを始めたディアルドはとても愚かに見えるかもしれないが――本当にそれが迂闊な行動であるのなら上空を飛んでいる殲滅兵装が割って入っただろう。



 それが無いということは問題が無いと判断されたからなのだ。



「くそっ、なんでこんな……」


「力量に差があるのは仕方ないにしても、これほどまでに魔法が使えるとは」


「火も水も風も土も雷も使えるなんて――どういうことだ?!」


「ふーはっはァ! 何なら全属性使えるぞ俺様は!」


「ふざけるな! そんなことあるわけがないだろう!?」


「しょうがないだろう、天才なのだから」


「そんなので納得できるか!?」



 ディアルドにとっては事実なのだから仕方ない。


 通常、魔導士にとって魔法とは得意不得意が分かれるものとされている。

 才媛の名を欲しいままにしているエリザベスですら、雷属性は苦手とぼやいているくらいだ。


 だが、彼にはそれが存在しない。

 何故かと言えばディアルドの持つ「翻訳」の力によるものだった。


(結局のところ、属性によって得意不得意が現れるのはリソースの問題でしかない。魔法というものは本質的には学問に近いからな、何となく解きやすかった科目は得意になり躓いた科目には苦手意識がついて嫌いになるように……。そして努力というリソースというのは有限で余程の理由でもない限り、得意な分野を伸ばす――というのは一般的な考え方だ。その結果、属性による得意不得意が生まれる……っと。凡人は大変だなぁ)


 魔法術式を学び、そして習得するというのはそれだけの労力がかかるということなのだ。

 それこそ一度見てしまえばという異能でも持っていない限り。


「もう出せるものが無いならこれで終わらせるぞ?」


 ディアルドは魔法を発動させた。

 敵の魔導士から見て学んだ魔法をそのまま発動させる。


「なっ!?」


 どれもこれも下級魔法でしかなかったが、それを同時に発動させる様に彼らは絶句した。


 常識から考えればあり得ない光景であった。

 だが、ディアルドが無数の魔法を放って彼らの仲間を蹂躙しているのを彼らはちょっと前に見ていたのだ。

 仲間は確かに非魔導士であったとはいえ、革命黎明軍としての活動の仮定でそれなりに魔導士戦も体験していたというのにあっさりとやられてしまった。 


 それほどに多彩な魔法の数々だった。

 通常なら腕利きの魔導士と言えども使える魔法には傾向があるというのに、まるで予想がつかない魔法の使いっぷり。



「最近は≪土人構築ゴーレム・クリエイト≫ばかり使っていたからな。偶に使わないと忘れてしまう」



 そうディアルドが呟くと同時に彼の魔法の水の刃が、雷撃が、風の弾が敵の魔導士たちへと襲い掛かった。


「ば、馬鹿な……こんなにあっさりと」


「うーむ、既に覚えていた魔法ばかりだったな。これでは前に出てきて確認しに来た意味はあまりなかったな……まあいいか、これで魔導士も居なくなったわけだ。後はお前たちだけだな?」


 彼はハワードとその周りにいる護衛の男たちへと語り掛けた。

 最初は三十人近く居たというのにすでに立っているのは彼らだけで、魔導士は倒れディアルドには傷一つついていない。



 完全に詰みの状態ともいうべき状況。



 それを理解したのかハワードは声を上げた。


「起動しろ! もう、それしかねぇ!」


「で、ですが……っ!」


「いいからやれ!」


「なにを――」


 ディアルドから視線を逸らし、大声を上げたハワード。

 それに応えるようにガコンっと重々しい何かが解けるような音が響いた。




(むっ、奴らの後ろにあった荷車の方向か? てっきり略奪したものを運び出すための物かと思っていたが、何かを切り札でも用意していたの――)




 次の瞬間、闇の向こうで光が瞬いた。


「っ!?」


 咄嗟に回避するがその動きを追うように光線が放たれてきた。

 ディアルドはそれを魔法で受け止める。


「≪土流壁グランド・ウォール≫」


 大地が隆起し壁となり、その魔法の熱線を遮った。

 それを確認しながら彼は考える。



(なんだ今の……。魔法なのは間違いない、恐らくは火属性の下級魔法だろうが――何故、魔法陣の発生が無かった?)



 ディアルドが気にしたのはその部分だった。

 魔法による攻撃が飛んできたのはいい、問題は魔法を発動する際に必ず発生する魔法陣がそれが確認できなかったことだ。



「ふははっ。よし、いいぞ! 流石にこれには驚いたようだな!」



 彼の警戒が伝わったのか一転してハワードは上機嫌になった。

 窮地から脱したと思ったのだろう。



「できれば使いたくはなかったがな。だが、使わせたお前が悪いんだぜ? これこそが俺たちの切り札――」



 ゼンマイ仕掛けのような音を響かせ、それはやってきた。

 無機質な金属製の人型の動く物体。





殺人人形キリング・オートマタd――」


「欲しいので確保」「わーい!」





 ハワードが言い終わる前にディアルドはさっさと指令を出し、当然のように聞いていたファーヴニルゥの急降下斬撃によって革命黎明軍の切り札は全容を表すよりも先に解体された。




「……えっ?」




「おい、これ大丈夫か?」


「ちゃんと綺麗に切ったから大丈夫! ほら、くっつくよ!」


「それならよかった。流石だな、ファーヴニルゥ。それにしても面白そうな玩具が……ひゃっほー! ――っといかん、それよりも先に済ませること済ませておかないとな」






「……………えっ?」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る