第五十五話:初めての領地防衛戦・Ⅴ



「革命黎明、か。確か正式な名称は魔法革命黎明軍じゃなかったっけ? 長かったのかい?」


「その顔……先ほどは顔が上手く見えなかったが魔導協会ネフレインの……っ!」


「その反応、どこかで会ったことがあるのかな? 私の方には覚えが無いのだけど」


 軽口を叩きながらのエリザベスの目はロゼリアを捉えて離さない。


 戦闘態勢に入っているから――というわけではない。

 単に珍しい魔法術式の発動に観察を始めているだけだ。

 とはいえ、相手が王国に反旗を翻している私設武装勢力だと判明した以上は最低限の警戒は怠っては居ないのだが……。


(こんな王都から離れている場所で革命黎明になんて出くわすとはね)


 革命黎明。

 正式には魔法革命黎明軍とは組織名の通り既存の魔法体制を抜本的に変更し、魔法をもっと広めるべきという主張をしている団体だ。


 この手の輩は王国の歴史にも何度も現れた。

 本当は誰でも使える技術であるという魔法の真実、国にとって大事な知識であり軍事力の要であるから厳正な管理が必要――という建前で貴族や王家などが魔法を独占している事実を知ると……。


 嘆かわしくも秘密というのは何れ漏れるものなのだ。

 そして、そんな彼らが寄り集まって出来たのが革命黎明という組織だ。


 彼らは魔法を貴族たちが不当に独占している、魔法は誰でも使える技術なのだから自由にするべきだと訴える市民は誰も耳を貸さず、次第に先鋭化して今ではすっかり反体制地下組織として認知されていた。


「君たちも何というかしぶといね……何度となく事件を起こしては捕まっているというに未だに元気だ」


「誤ったこの国を憂う者は多いということだ。魔導協会ネフレインの魔女め」


「おー、敵意満々って感じだね。もしかして魔導協会ウチに手を出して手痛い反撃でも貰った口かい? 粛清部隊にでも仲間が捕まった?」


「……っ!!」


「あっ、その反応もしかして当たりかな? だとしても私にあたるのは筋が違うと思うんだけど。確かに保守的な気質が強いことに関しては私としても思うところはあるけど、かと言って事件を起こすのも違うよね? 君たち、少し前に他国から入手して輸送していた魔導書グリモアを強奪したらしいじゃないか。それってただの盗賊行為だし、そんなことばかりやってるからこっちも――」



「――≪雷狼の爪ライガー・ネイル≫――」



 エリザベスは最後まで喋らせては貰えなかった。

 掻き消える目の前からように加速したロゼリアの魔力で出来た爪撃が彼女へと迫る。


「――≪白百合の盾よリリィ・クロウ≫――」


 だが、慌てず騒がず既に準備を済ませていた防御魔法でエリザベスは受け止めた。



「黙れ! 死ね、魔導協会ネフレイン魔女め! 仲間たちと両親の仇!」


「いや、私は粛清部門そっちとは関係が……ああ、聞いてないね。参ったな。もしかして怒らせてしまったのかな? 私はそういうところがあるんだよね……気を付けているつもりなんだけどねぇ」



 そう言いながらも流れるような速さで魔法陣を構築し、そして魔法を放つ。


「早いっ!? それにこの量はっ!?」


「≪白き閃光ホーリー・レイ≫、≪白き閃光ホーリー・レイ≫、≪白き閃光ホーリー・レイ≫――」


「っちィ!! この程度……っ!」


 ロゼリアに向かって放たれた魔法は≪白き閃光ホーリー・レイ≫。

 それはただの光線を放つだけの光属性の下級魔法。


 今のロゼリアにとってその程度の魔法など大した脅威ではない――一発や二発ならば。


 エリザベスの魔法陣構築スピードは常軌を逸していた。

 魔法とは下級になるほど情報量も少なくなるのでシンプルになるとはいえ、それでもこの展開スピードはおかしい。

 ≪白き閃光ホーリー・レイ≫の魔法陣が作り、魔法が発動して魔法陣の中心から放たれる――その一工程の間に三つの魔法陣の構築を終わらせているのだ。



 それは正しく光の弾幕だった。



「流石は……っ、王位キャッスル……「幻月」の称号を持つ魔導士、というところか」


「褒めてくれてありがとう。それにしても素晴らしい動きだ、まるで当たる気がしない。流石は対人の戦闘用魔法だね、≪戦式偽獣・狼ウォークライ・バルメディア≫は……」


「っ!!」


 ロゼリアは光の雨をかいくぐるようにして何とか近づこうとするも――


「――≪白き曲光ホーリー・アルマ・レイ≫――」


 ただ真っすぐに飛ぶだけだったはずの白い光線に変化があられ、突如として一部が曲線を描くように軌道を変えたのだ

 威力自体に変化はない、だが軌道を変更する白い光線も交じるようになり、近づく難易度が一気に跳ね上がった。


「魔法には種類がある。特にセレスタイト式――王国の魔法にはね。補助、創造、干渉と色々区分はあるが最も多いのが戦うための魔法。まあ、国として求めているのがそれなのだから当然だけどね」


 そんなロゼリアの様子など気にした様子もなく、エリザベスは彼女を……いや、彼女の魔法を観察しながら話続ける。


「戦闘用の魔法にも色々と区分はある。その中でも≪戦式偽獣・狼ウォークライ・バルメディア≫は対人戦闘用の魔法。対モンスター用の魔法との違いは火力よりも機動力を重視しているところか。鋭敏な五感と強力な身体能力で以て敵を翻弄して攻撃を加えるのが想定されている運用法となる」


「……その通り、私は今まで何人もの魔導士をこれまで葬ってきた。そろそろ慣れたぞ」


 エリザベスのまるで講義をするかのような話しぶり。

 ロゼリアはそれに嫌な予感を感じながらもそれを無視し、更に加速して動き回る。


 無数に放っている白き閃光は彼女の動きから置いていかれるようになっていた。



「ふむ、思った以上に速いね。実際に対峙することによってわかることもある……か」


「油断したな、これで……っ!」



 エリザベスの一瞬の隙を突き、再度のロゼリアは距離を詰める。

 彼女は弾幕のように放たれている光の雨を掻い潜り、背後へと回り込むと同時に爪を振るい――


「――≪白百合の盾よリリィ・クロウ≫――」


 だが、そこまでだった。

 ロゼリアの渾身を込めた一撃はあっさりとエリザベスの防御魔法によって遮られる。


「っ!?」


「すまない。ではあったけど、ではないんだ。最近は今のキミより早い存在をよく見ているからね」


 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの攻撃すら受け止めた上位防御魔法は小揺らぎもせず、お返しとばかりにエリザベスの魔法が放たれる。

 咄嗟にロゼリアは回避しようとするものの避けきれず大きく吹き飛ばされれてしまう。



「うん、こうして比べてみるとよくわかる。やはりあの加速魔法は素晴らしい。それも飛行魔法とも併用してとなると……ふふっ、気になる気になるぞー。イーゼルの魔法も興味深いし、彼のことも――絶対に逃がさないようにしなくちゃ」


「がっ!? ぐっ……このっ! ふざけた真似を……っ!」


 ブツブツと呟きながら自分の世界に没頭するエリザベスの姿にロゼリアは苛立ちを隠せないが、彼女から放たれる魔法の弾幕に手を焼いていた。

 先ほどまでとは違い、今度は更に誘導まで付与した光の弾幕が襲い掛かってくるのだ。


(これが若くして王位キャッスルにまで辿り着いた魔導士の力というわけか……っ! ここまで差があるなんて……)


 内心で舌を巻いた。

 舐めていたつもりはない、だが如何に優れた魔導士とはいえ戦いを専門としているわけでもない研究に重き置いている「幻月」であるならば勝てるのではないか――という思いがあった。


 だが、それは幻想なのだとロゼリアは思い知った。


 途轍もない速度の魔法術式の構築速度、堅牢な防御魔法、そのどちらも脅威ではあるが一番の問題は――



(この魔力量……っ! これだけの魔法を連続して展開していて何故大した疲労もしない!? 本当に人間か?!)



 まるで無尽蔵を思わせるエリザベスの魔力だ。

 仮にロゼリアがこれほどので魔法の行使したのなら、既に魔力が尽きていてもおかしくない。

 それほどの魔法の連続発動だというのに彼女にはまるで堪えた様子はない。



(――これが持って生まれたもの差というやつなのか?!)



 わざわざ森へと誘導し倒そうとしたというのに、実際に戦いが始まってみるとエリザベスを一歩も動かすことも出来ないという事実にロゼリアは理不尽を感じた。




「まあ、私を相手に……、戦いを挑んだことを悔いてくれたまえ」


「……っ、なにを?」


「なに、気にするほどのことじゃない。君が気にするべきは時間じゃないかな? そろそろじゃない?」



 不意に奇妙な言葉を口にしたエリザベスにロゼリアは疑問を持ちかけるも続く言葉に思わず舌打ちをした。


(やはり、知っていたか……それも当然か。あれだけ詳しかったのだからな……)


「複数の魔法術式を一つにまとめると一つの魔法を発動しただけで、その効果を得られるからとても便利なんだけど――術式構成としてとても繊細になるから改良が難しくなるのが難点だ。シンプルな魔法術式だと足すだけでいいんだけどね。……そろそろ切れるんじゃないかな?」


 ≪戦式偽獣・狼ウォークライ・バルメディア≫は強力な魔法術式な分、効果時間はあまり長くない。

 優れた魔導士であるならば術式を改良したり、調整出来たりもするのだろうがそれが出来る魔導士というのはほんの一握り。

 多くの魔導士は魔法をそのまま習得して使うのが精一杯、ロゼリアもその多くの魔導士の一人であった。



「……っ!」


「うん――そうなるか」



 故に彼女が選んだのは逃走だった。

 今のロゼリアの腕では一度発動した≪戦式偽獣・狼ウォークライ・バルメディア≫を完全に解除しないと再度発動が出来ない、重ね掛けして延長――ということも出来ないのだ。




 だからこそ、一度エリザベスに背を向ける屈辱に耐え、≪戦式偽獣・狼ウォークライ・バルメディア≫の機動力を活かして一旦距離を取ろうと転進しようとし――




「じゃあ、見るべきところはもう無いか。もういいかな」


「――は?」




 何故か転進したはずの先に居たエリザベスの姿に一瞬、ロゼリアは頭が真っ白になり――

 



「≪裁きの一撃ホーリー・アレスト≫」




 次の瞬間には視界の全ても白に染まったのだった。


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