第五十三話:初めての領地防衛戦・Ⅲ


「ふーはっはァ! では魔法の実戦訓練を行う! 何事も経験だ、気を入れていくがいいルベリ!」


「……なあ、兄貴。本当に私がやるのか?」


「魔法は使えるようになってきたがまだまだ経験が不足している。領主として荒事に関わることも今後はあるだろう。ならば慣れておくに越したことはない」


「それはそうかもだけどさ」


「なーに、敵は黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンに比べれば大したことはない。俺様もワーベライトも居る。場合によってはファーヴニルゥも動くのだから心配はするな」


 ディアルドたちの生活拠点として整備した場所は周囲に比べて少し小高い丘に要になっていた。

 その内、建物を建てるようになればそうでも無くなるだろうが見晴らしがよかったので決めたのだ。

 それが功を奏したのか、領地へと侵入してきた彼らのこともよく見えた。

 まあ、それもこれもファーヴニルゥのお陰で来ている方向も距離もわかっていたからこそではあるが。


(こんな夜更けに火もろくに点けずに迫ってくる集団、ね。わかってはいたがまあ夜襲が目的か……)


 居るのが分かっていたからこそ捉えることは出来たが、彼女が察知していなかったら気づけていたかどうか……。


「な、なあ? やっぱりファーヴニルゥに任せるとかさ? 余裕だろ?」


「ふーはっはァ! 覚悟を決めんか。女は度胸というらしいぞ?」


 ルベリの言う通り、ファーヴニルゥなら賊など大した脅威にはなりはしないだろう。

 彼女も乗り気であったので命じれば一分と経たずに全員無力化して来てアイスを食べ直す光景は想像に難くない。


 だが、ディアルドはそれを命じなかった。

 ファーヴニルゥには上空での周囲の警戒を頼んだ。


 敵の背後が掴めない襲撃だったので万全を期して別動隊などの可能性を考慮した――というのもあるが、一番の理由としては先ほど述べたようにルベリの実戦訓練にちょうどいいと判断したからだ。


 そんなわけでここに居るのはディアルドとエリザベス、そしてルベリの三人だけ。

 アリアンは領民なので蒼の天蓋の中でお留守番である。



「……ルベリよ、ここはお前の領地だ。今はまだ実感としては薄いかもしれないがな。それでもお前のモノだ。それを侵そうとやってくる外敵に対して、お前はお前の牙を突き立てて守らなくてはならない。それが領主というものであり、貴族というものであり、そして何より自らの居場所を守るということだ。――今の貴様ならできる」


 ディアルドはルベリの目を真っ直ぐ見つめて言った。


「兄貴……。あー、もうわかったよ! やりゃいいんだろ!」


「その調子、その調子。さっ、子爵殿。領地に無断で立ち入ってきた者どもへ通告を……」


 吹っ切れたかのように声を上げる彼女のそばでエリザベスは魔法を発動させる。

 ≪風の便り≫という音を拡大して広める魔法で、ルベリの声は一帯へと響き渡る。




「――侵入者に告げる。我が名はルベリ・Cカーネリアン・ベルリ。一帯を治める資格を王家より賜りし者」


「現在、我が領地開拓の為に如何なる者の侵入を許可していない。許しを得ず領地に踏み入るは罪としている」


「無知故に犯した罪であるならば赦しの余地もあるだろう。故に一度だけ慈悲の機会を与えよう」


「自らの潔白を証明したいのであれば。それ以外の行動をした場合、領主としての権限をもって罪人として扱うことになる。よく考えるように」




 ルベリはディアルドに言われた通りの言葉を言い切り、エリザベスが魔法を切ったことを確認すると同時に一気に息を吐いた。


「ぶはー……い、いけたかな? 威厳とか」


「うむ、つっかえてもなかったしいい感じではあったぞ」


「そ、そっか。でも、兄貴に言われたとおりに言ったけどこれで相手は止まるのか?」


「ただのうっかりやな迷子の団体なら止まるだろうな」


「おや、慌ただしくなってきたね。明かりをつけ始めた」


「まあ、気づかれたのを察したのなら敢えて視界を悪くする理由はないだろうからな。順当な判断だろう」


 確かに見れば二人の言った通り一団の様子は慌ただしく怒声が飛び交い、松明などに明かりをつけ始めた。

 明らかに大人しくしようという雰囲気ではない。



「……つまり?」


「やる気満々というやつだな」



 ディアルドは言い切った。


「こ、ここらどうすればいいんだよ兄貴」


「とりあえず、そうだな目標としては今回の実戦訓練……相手の先手を潰せれば良しとするか。よし、頑張れ」


「頑張れって言ったって攻撃魔法とか使えないんだけど」


「ふーはっはァ! その代わりに「イーゼルの魔法」が貴様にはあるだろう。準備を始めるがいい!」


「うー、わかったよどうにでもなれ」


 ブツブツと文句を言いながらルベリは光の魔法陣を展開し魔法の準備を行った。

 見れば向こうの方でもいくつかの魔法陣が浮かんでいる。


「おおっ、数は六つ……いや、七つか。意外に多かったね」


「仮にも黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒した魔導士がいる場所に襲撃をかけようというのだ。魔導士の一人や二人は居るだろうと思っていたが……ふむ、確かに多い。やはりただの夜盗というわけではないようだな」


 エリザベスの言葉に同意しつつ、ディアルドは所感を述べた。

 魔導士というのは仮に下級しか使えなくてもそれなりに職を選べる存在だ、わざわざ好きこのんで賊をやるようなのはそう多くはない。

 それが三十人ほどの人数のうち、七人となると相当なものだ。


「ふむ、まあいい。その辺りは捕まえて背後関係も含めて吐かせればいいだけだからな。さて――準備はいいかルベリよ」


「お、おう! えっと≪回帰の光オルトロ≫の方でいいんだよな?」


「ふーはっはァ! それでいい!」


 ≪進化の光セルトロ≫と≪回帰の光オルトロ≫。

 「イーゼルの魔法」と呼ばれる魔法体系にはその二つしか魔法が存在しない。


 即ち、時間に干渉し「対象の時間を進めるか」か「対象の時間を巻き戻す」かのどちらか。


 ≪進化の光セルトロ≫は植物の生育を進めたりできるし、≪回帰の光オルトロ≫は生物を対象とすれば傷を治し、物体に使用すれば破損を直したりすることも可能。

 基本的な魔法としての効果が二種類しかないというのに非常に多くのことが出来るのが古式魔法体系「イーゼルの魔法」の特徴ともいえる。



 そして、「イーゼルの魔法」の対象に出来る存在は存在していたりする。



「さて、覚悟を決めろルベリよ。言われたとおりに行えば問題はない」


「ううっ、信じてるからな」


 話は少し変わるがディアルドがこれまでに学び、そして経験したこの世界の戦いについての話を一つ。


 記憶の残滓と残っている彼が彼である前の世界、そことこの世界における大きな違いはやはり魔導士の存在だ。

 彼らの放つ魔法は弓矢よりも遥かに高威力な遠距離攻撃。

 下級魔法ですらまともに食らえば鎧に身を包んでいてもあっさりと殺せるだろう。

 中級魔法を使える魔導士などお手軽にバズーカを乱射できるような存在と言えばわかりやすいだろうか、ともかく戦いという場においてこれほど頼りになる遠距離攻撃の手段を持った存在もないだろう。


 ディアルドのいた世界には「砲兵が耕し、歩兵が前進する」という言葉もあったが……基本的な戦術はこちらでも変わりはしない。

 つまりはまずは遠距離攻撃で相手の戦力を削ぎつつ、そして突っ込むというもの。


 侵入者たちの選択した行動もそれだった。


 互いに魔導士のいる戦場というのはまずは魔法による撃ち合いから始まる。

 それを制した側が戦いの勝敗の流れを掴むのだ。



 故に、魔導士の数こそが国の格を決めるとまで言われるわけでベルリ領へと侵入してきたその集団もまた、その常道に従うようにまずは魔法での先制攻撃を放って来た。



 炎の球や水の刃、雷撃、さらには弓矢での攻撃がディアルドたちの方へと放たれる。

 まずは遠距離攻撃で相手を削り、接近して数の差で押しつぶそうという基本的な戦術。



 だが、物事には常に例外というものが存在する。



「やれ、ルベリ」


「≪回帰境界オルトロス・メルディアン≫」



 対象の時間に干渉する魔法、それこそが「イーゼルの魔法」。

 その対象に選べるのは物体と生物――あと一つ。



 魔法自体も対象に選ぶことが出来る。

 魔法を対象として「巻き戻し」を発動した場合どうなるか、それは――





「うわぁ……」


 ルベリのそんな零れた言葉が物語っていた。



 魔法を発動し、現れた光の壁。

 それに触れた飛んできた魔法と矢はビデオの逆再生のように戻っていき――放たれた場所へと着弾することになった。


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