―襲撃編―
第五十一話:初めての領地防衛戦・Ⅰ
「うわっ、凄い。甘い、冷たい……」
「これはいいものだ」
「美味しいです」
その日の夜は夕食とは別にちょっとしたデザートがディアルドによって振る舞われることになった。
アーグル鳥の卵と街で購入してきた牛乳、砂糖を使ったアイスの試作品だ。
「ふーはっはっはァ! そうであろうそうであろう! 俺様の腕を褒めたたえるがいい!」
「うん、少しさっぱりしてるけどいいんじゃないかな? それにしても相変わらず色々と料理を作れるねキミは」
「まあ、天才だからな俺様は。ほら、こっちはアルシュの実のジャムを入れてあるぞ。食べるがいい」
「あっ、はい! ディー様」
「おっと、じゃあ私も……」
「……年長者は年少に譲るべきだろう? 限りはあるのだぞ?」
「私も冷やすの手伝ったじゃないか」
「前から思ってたがわりと図々しい女だなワーベライト」
「図々しさの件で君に言われるとは思わなかったよ。そもそも居ついている時点で今更じゃないか」
「それもそうか」
「兄貴、それで納得していいのか……」
「うまうま」
ルベリは少しあきれ顔をしていたが黙々と食べているファーヴニルゥの様子に、慌ててアイスを食べ始めた。
かなりの量を作ったとはいえ五人で食べれば減る速度も中々だ、アリアンも遠慮がちではあるもののやはり甘いものの魅力には勝てなかったのかパクパクと食べている。
彼も彼なりに
「美味しいです、ディー様」
「ふーはっはァ!」
別に今回、こんな風にアイスパーティーを開いたのは特別な理由があったというわけではなかった。
確かに農地の開発は一定の区切りを終えて完成し、更にエリザベスと作っていた
一先ずはこれで食料自給に関する問題は見通しがついたと言っても過言ではない。
だが、今日こんな風にアイスを作りまったのそれとは一切関係なくディアルドが「なんか食べたいな」と朝起きたら考えてたしまったためだ。
元からルベリ達に作ってやるか、と思っていたのも確かではあったが比率で言えば我欲の方が圧倒的に高いのが彼であった。
思い立ったが吉日、とばかりに開拓作業をやりつつ準備を進めて振る舞った――というわけである。
そして、こう言ったことはベルリ領ではよくあることだった。
基本的に毎日の食事に関してはルベリとファーヴニルゥが作っていたりするのだが、ディアルドは偶にやる気を出して凝った料理を振る舞ったりする。
彼女たちの料理も悪くはないのだが、やはり飽食の時代を生きた経験のある彼からすると物足りない時もしばしば。
なら、オーガスタに居た時のように料理を作ればいいじゃないかと言われるかもしれないが、こっちに来てからは中々に忙しい身であり毎日は無理……というのがディアルドの感想だ。
別段、コックというわけではないのだし。
ただ、それはそれとしてフラストレーションが爆発したかのように前世の記憶を頼りに料理を創作し振る舞うことがある。
天才であるディアルドは結構器用でこちらでも料理を再現し、ルベリ達はこちらでは馴染みがないが中々に美味しい創作料理を食べられるというわけだ。
その際には下手に遠慮などせず、褒め称えながら食べると彼は喜ぶというのを経験から彼女たちは会得していた。
慣れた、ともいう。
アリアンもディアルドに対しては遠慮しても無駄なのだとそろそろ気づいてきたらしかった。
「それにしてももう立派な農園が出来るだなんてすごいですね。このアルシュの実もここで作られたモノなんですよね?」
「ああ、その通りだ。大体は子爵様の魔法のお陰だな」
「いやー、私はそれほどでも……ああ、ごほん。まあ、そういうこともないかな?」
「時を操る魔法と噂では聞いていましたが」
「その通り、それを使って成長を速めたんだよ。古式魔法術式とは実に研究しがいのあるものだね。時に干渉する魔法はセレスタイト様も体系に組み込むことが不可能だった。こうやって実物を見るとその理由がわかる気がするよ。何しろ術式が偉く複雑かつ難解で正直半分も理解が出来ない、無理に組み込もうとしていれば既存の王国の魔法体系は大きく変わっていただろうと――」
「ええい、一度話し出すと長い女だなワーベライトめ。アリアンも迂闊にこいつに魔法の話を振るなと」
「い、いえ、非常に為になりますから」
「だよね! アリアンくんはわかっているねー。ディーは付き合いが悪い。聞いてくれるかい? 彼ってば術式を弄っている時も私の話を聞き流してだね」
「話がどんどん逸れて魔法学の歴史にまでズレていくからだろうが。俺様だってだな――」
「あはは」
穏やかな時間であった。
今日という一日も終わりに近づき、あとは寝るだけといった時間帯。
東の果ての経った五人しか居ない王国領にて、甘味を食べながら過ごす時間。
今日有ったことや取り留めのないことを話し、明日の領地の開拓はどうしようなどと話し合っている――そんな中。
「マスター、報告するよ」
不意にはむはむとアイスを食べていたファーヴニルゥが口を開いた。
まるでスイッチを切り替えたかのように剣呑な空気を発している。
「――敵襲だよ。不審な集団が近づいてきている」
それは誰も予想していなかった言葉だった。
■
「どれくらい集められた?」
「三十人ぐらいだな」
「それだけいれば十分だろう」
闇夜に紛れるようにベルリ領へと迫る一団がいた。
その中の一人のロゼリアはその集団のリーダー格であるハワードへと問いかけた。
「相手はあの
「確かにディーや蒼穹姫はあの怪物を討った一員なのは間違いはない。だが、例の事件の時は
「
ロゼリアは呟いた。
その言葉が表す意味は存在は王国において重い。
「ああ、王国でも数えるほどにしかいない魔導士。これが居るか居ないかではだいぶ違うとは思わないか? まあ、とはいえディーも蒼穹姫も相当なやり手の魔導士であるのは間違いはない。油断が出来る相手ではないと思うが……
「……なら、ベルリ子爵の方はどうだ? 彼女は古式魔法の使い手のはずだ」
「むしろ、そっちは狙い目だと思うがね。戦いの心得をろくに持っていないのは確かなはずだ。魔法がある以上は油断はできないが、それ以外はただのガキだ。張りぼての爵位で着飾ってるだけの孤児上がりに過ぎない。剣でも首筋に突き付けてやれば交渉も上手くいくかもしれん」
ハワードは自らのひげを撫でながらそんなことを呟いた。
その言葉に少しだけロゼリアは眉をひそめた。
「あまり手荒な真似はよせ」
「ふん、相変わらず甘いやつだな」
「別に……目的は黒の十六番だ。それを確保できれば無駄に恨みを買うこともないだろう」
彼女の言葉にハワードは肩をすくめた。
「まあ、そうだな。だが、それはあくまでも確保できたらの話だ。最優先するべきは
「……もちろんだ。ああ、そうだとも。我々には果たさなければならない使命がある。そのために」
「やれることはやらないとな? なに案外このまま夜襲が上手くいってあっさりするかもしれん。だが、いざとなったら」
「わかっている。推定でも
「あまり気を張り過ぎるなよ? いざというときの為に――アレも持って来たんだからさ。ここは人里から離れているからな、バレずに試すちょうどいい機会でもある」
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