第五十話:とある幹部の決断


「見つかった!? 本当か!? それでブツは……はどうした!!」


「それが……」


 おずおずと顛末を話し終えた部下に対し、男――ハワードとは叱責の声を上げた。


「邪魔が入っただとぉ!? それもあの蒼穹姫がかッ?!」


「も、申し訳ありません! あと少しと言ったところで」


 探し求めていたものを見つけたはいいものを奪取には失敗、それどころかその探し物の主人ごと連れ去れてしまった。

 そんな報告を聞き、感情任せに怒鳴り付けようとするも何とか呑み込んだ。


「……いや、いい。相手が蒼穹姫なら太刀打ちは出来まい」


「ええ、一瞬でやられてしまって気絶している間に有り金とかも」


「やってることが追剝じゃねーか。あー、いや、そうか。お前らは無事に帰ってこれたってわけだし、見逃すための代金か? どちらにしても容赦のないことで」


「おい、いいのかそんなことで。彼らは失敗したんだろう?」


「黙ってろ、お前は他所から来たから蒼穹姫を知らねーだろ」


「知っているさ、遠目で見たことはある」


「遠目から街で見かけた程度で、あの姫騎士様の力を計れるわけがねーだろ。あの嬢ちゃんは黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンとすらやりあったって存在だ。しかも空を飛んで、だ。この意味は分かるか?」


……? まさか、飛行魔法?! しかし、あれは技術理論の提唱こそされているもののまだまだ未完成だと」


「さてな、そこら辺のことは詳しくは知らねー。だが、重要なのは飛行魔法なんてもののが簡単に使えて、更に討伐難度350を超えるモンスター相手に一切怯えることなく戦える女戦士ヴァルキュリアってことだ。こいつらじゃ、百人集まっても勝てないだろうさ。俺や、そしてお前でもな――


 ハワードは長身の銀髪の女性、ロゼリアへとそう答えた。


「…………」


「それにしても話によると蒼穹姫が出てきたとなるとディーのやつも絡んでいるのか? まさかとは思うが黒の十六番について嗅ぎつけて来たのか? だとするとマズイな……」


「ディーというのはいったい」


「……正体についてはわからねぇ。ただ、相当に腕の立つ流れの魔導士だ。なにせその蒼穹姫の主でもあるんだからな。ついでに結構なやり手としても有名だ。アスメドの旦那もかなり手を焼いたと」


 そこでハワードは言葉を切った。


「そうだよ、クソ。アスメドの旦那め!」


 苛立ちを紛らわすように葉巻に火をつけて彼は内心で呟いた。


(仲介役のザックを通して引き渡される手はずだったっていうのに……やっぱり白本ホワイト・ブックに関してはちゃんと伝えておくべきだったか?)


 彼らが探し求めていた白本ホワイト・ブック、黒の魔導書グリモアの十六番。

 見つけ出したはいいもののすぐに手に入れられる手段がなく、ハワードはオーガスタ近郊で力を持っていたアスメドの組織の力を借りた。

 その甲斐あってか入手することに成功し、あとは礼金と交換するという段階までに来ていたというのに黒骸龍事件からのゴタゴタだ。


 アスメドらはオーガスタから手を引くことに決めたらしい。

 それ自体は別に良かったのだが、どうやらあくまで貴族の道楽収集家が探している本だというハワードの説明がいけなかったのか、彼らは逃げ出す際に白本ホワイト・ブックを置いてきてしまったらしい。

 価値を知っていればちゃんと持って逃げ出したのだろうが、ただの価値のあるらしい本としか認識していなかった彼らにとって優先順位は低かったのだろう。


 それでも途中で思い出したのか連絡だけはハワードのところへと送られた。

 要するに今忙しいから勝手に持っていけ、と。

 慌てて彼は探しに行かせたものの白本ホワイト・ブックは見つからず、騙されたのか憤慨しつつも誰かに荒らされた形跡があったことから、盗まれたのではないかとオーガスタの街を調べさせていたら――この結果だ。


 持っている人物を特定したところまではよかったものの、横からかっさらわれてしまったという不始末。


(――いや、結果論だな。下手に白本ホワイト・ブックのことを説明していたら懐に隠していた可能性だって高かった。説明しなかった判断は間違っちゃいねぇ)


「それでどうするんだ?」


 ロゼリアの言葉にハワードは意識を戻した。

 そう、重要なのはこれからどうするかということだ。


「まさか諦めるなどとは言わないだろうな」


「当然だ、あと一歩のところまで来ているんだはな」


「そうだ、あの黒の十六番の魔法さえあれば手に入れられるんだろう?」




「――ああ、を手に入れられる。世界を変えるための力」




 ハワードはそういうと視線を飛ばした。



「……蒼穹姫とディーが関わっているというのなら、行き場所はわかっている。都合よく人気のない場所だ、アレの用意もしておけ」


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