第四十七話:第一住民との出会い・Ⅱ


「兄貴ってさ、割と考えなしなところあるよな」


「この俺様が考えなしだと? 天才だぞ俺様は」


「いや、兄貴が色々な方面で優秀なのは嫌というほどわかったけどそれを含めてもだよ。いきなり思い付きでアーグル鳥なんて連れてくるし」


「だが、卵は重要だろう? だって卵だぞ? 料理に卵はかかせないがここではどうしても入手が難しい。ならば育てるのが手っ取り早い。将来的には畜産にも手を出そうかとも思っているからな、その予行演習だと思えばいい」


「だからと言ってももうちょっと相談するとかあるだろー。結局慌てて逃げ出さないための柵やら小屋とか作る羽目になったじゃないか。簡素なものとはいえ今日の仕事は終わりだーってところに追加で仕事を放り込むのはやめて欲しいぜ。前もって聞いていたならともかくさー」


「……ふーはっはァ!」


「笑って誤魔化そうとしない!」


「誠にごめんなさい」


 オーガスタへ行って帰った次の日、ディアルドはルベリに叱られていた。

 思い付きでアーグル鳥を買って帰ってきたのは正直悪かったなと自覚もあったので彼は素直に謝ることにした。


 天才たるディアルドは自らに非があると思ったら謝ることが出来るのだ。

 それはそれとしてルベリって遠慮が無くなってきたなと内心で思っていたが。


「いや、俺様だってルベリに負担をかけるつもりはなかったのだ。ファーヴニルゥの手を借りれば出来合いの柵や小屋ぐらいささっと作れる予定だったのだが……」


「それだよ、それ! 住民を引き込むのはもっと後からって話じゃなかったのかよ」


「俺様だってそのつもりだったのだが、ファーヴニルゥが連れてきてしまったのだからしょうがないだろう」


 ディアルドとしても予想外ではあったのだ。

 あの日、あの時に出した彼がファーヴニルゥへの頼みはアリアンの後ろつけていたやつらをぶっ飛ばして金品を奪って来いというものだった。

 明らかに堅気ではなさそうな雰囲気の連中で子供である彼を追っていたことから人攫いか何かだろうと踏んだのだ。


 悪人というのはいい。

 悪人相手ならボコって金を奪っても許されるどころか感謝だってされる。

 実に素晴らしい。


 ファーヴニルゥに少し暴れさせることが出来るし、金目の物を奪えば予想外に出費してしまった貯蓄の補填にもなる。

 襲われた子供は助かり、話が広まれば世間的な評価とてあがる。



 つまりは一石四鳥の天才的な作戦だったのだが――どういうわけだかファーヴニルゥは連れてきてしまったのだ。



「一体どういう流れでなったのやら……予想通りに襲われたのは間違いないらしいのだがな」


 ファーヴニルゥには一応、監視に努めてそいつらが動き出したら割って入るようにと伝えていた。

 状況証拠だけで決めつけていただけなので一応の保険というやつだ。

 まあ、天才であるディアルドの推測に違わずアリアンを狙っていた不届き者であったの違いは無かったようなのだが……。



「ほら、そっと切ってごらん? 優しく、ね?」


「は、はい!」


「下のまな板ごと切手はだめだよ?」


「は、はい?」



 ファーヴニルゥは彼をそのまま連れて来てしまった。

 あくまで彼女を自主判断のもとで。


「まあ、行き場のない孤児って話らしいから私としても強くは言えないけどさ」


「……というかあいつは何をしてるんだ?」


「何って――料理を教えてる? いや、ファーヴニルゥもまだ簡単なのしか作れないから教えるほどの腕もないけどさ」


 そう言って彼女が視線を飛ばした先には台所ではアリアンに野菜の切り方を教えているファーヴニルゥの姿があった。

 彼の後ろからそっと手を取って切り方をレクチャーしている。

 非常に体を寄せ合っているせいかアリアンの顔は緊張か、あるいは羞恥のためか可愛らしく真っ赤になっていた。


 だが、ディアルドが言っているのはそこではなく。


「いや、そうじゃなくてこう……態度とか雰囲気違くないか?」


「あれ? 兄貴って見るの初めてだっけか?」


「えっ、なにが?」


「いや、それもそうか。兄貴にはならないよな」


 ルベリ曰く、彼女の対外的な振る舞いが主人である彼の評価につながるといったことを理解し、そのために作り上げたモードである。

 ファーヴニルゥなりに従者に相応しき振る舞い、恥になるどころか主人への評価になるような紳士的な振る舞いを学び、そして自らの容姿を客観的に観測し反応を学習し受けが良さそうに修正した結果が――あの王子様モードというか、騎士モードというべき態度だ。


 実際、彼女は幼さの割に可愛らしいというよりも美しいという印象の強い容貌をしている。

 更にどこか浮世離れした雰囲気にクールな印象を崩さずに紳士的な態度で振舞う様子はとても似合っていた。


「ああ、なるほど。男どもの評価が高くなっていたのはともかく、妙に街での女性に人気が高まっていたのって」


「な、なんかドキッとするんだよな。アレは仕方ないというか」


「ルベリもしかして……」


「いや、ちょっと相談に付き合っただけというか! いいんじゃね? みたいなことは――うん」


 ファーヴニルゥはディアルドの目が届かないところでは結構このモードで対応をしているらしい。


(まあ、うん……別にいいのか? 俺様には不利益は特になさそうだし)


 年頃の子供であるアリアンにはとても毒のようにも見えるが、そこら辺はディアルドの知ったことではなかった。


「そ、それよりもさ。いいのか兄貴、その……アリアンのことだけど」


「そうは言ってもファーヴニルゥが連れてきてしまったからな。今更、帰すわけにもいかんだろう。……というか帰る場所もなさそうだしな」


「それはそうだけど」


「住民を増やすときのための予行演習と考えればいいだろう」


「兄貴がそう決めるなら別にいいけどさ」


「そうと決めれば態度には気を付けるのだぞ? 貴様はもはやなのだから接する態度には相応の物が必要だ」


「うっ、わかってるよ……。というか態度云々なら兄貴だって気を付けるべきじゃないか? 基本的に私に対してもワーベライトに対してもいつもの感じだし」


「大丈夫だ」


「何がだよ」


「その内すぐにそんな感じかと慣れられるからな、いつも」


「ああ、うん……確かにそういう感じだよな、兄貴って」


 そう言ってルベリは溜息を吐いた、ディアルドやファーヴニルゥ、エリザベスら以外の人間と接するのが久しぶりというのもあって不安に思う部分もあるのだろう。

 彼女は既に形式上は既に貴族の身の上、平民の時のように気楽な立場というわけでもないのをよく理解しているからだ。


「ふーはっはァ! まあ、そう気にすることはない。ベルリ家が貴族の位を取り戻したことに関してはとても話が広まっているのだ。ルベリが少し前まで平民同然として生きていたこともな。そこら辺を加味すれば肩ひじを張る必要もないだろう」


「それはそうもかもな」


「それを考えればいい練習相手ともいえるアリアンは……」


「子供だからってことか? まあ、下手に大人を相手にするよりは気が楽だけど」




「それもあるが恐らく、あの子は――」



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