第四十六話:第一住民との出会い・Ⅰ


「ふーはっはァ! ……あの店主、あれ絶対に狙っていただろう」


「確かにね、アーグル鳥だけじゃなく餌や飼い方の参考になる本まで用意しているなんて」


「くそっ、つい買ってしまった。というか絶対に盗品だな。まあ、領地に持ち帰ってしまえばバレないからいいだろうが」


 ディアルドはご機嫌であった。

 市場の店主に言われるがままに訪れたオーガスタの裏市、そこでちゃんと目的の品物を手に入れることが出来たのだから


(まあ、だいぶ予定外に買わされる羽目になったが……中々に商売上手なやつめ!)


 内心でそう呟くもののこちらに不利益を与えてくるのなら別だが、ディアルドは強かな相手というのは嫌いではない。

 商品として引き渡された籠に入っている鳥はちゃんとしたアーグル鳥だ、魔法を使ってまで確認したのだから間違いはない。


(ここら辺では見たことのない顔だったな。それにあの雑多な商品の数、恐らくは別の地方からの行商人といったところか。、いい機会だと思って流れてきたか)


 と推測を立てた。

 このオーガスタの街にはディアルドの天然の密偵が多く居る、何処にでもいる小動物たちだ。

 「翻訳」の力で彼らと意思疎通を取れる彼にとって街での大まかなことを知ることはさほど難しくはない。


(まぁ、深く探るほどの興味はないがな。予想は出来ていたことだ。それよりも――)


「機嫌がよさそうだね」


「ふははっ! 勿論だ、良い買い物であった」


「そっか、僕もマスターが嬉しいなら何よりだよ」


「うむ、来たかいがあったというものだ」


 ディアルドの頭は卵一色。

 どんな卵料理を作ろうかという悩みでいっぱいだったのだ。

 とりあえず、今はファティマのことも脇において置いて考えていた。


(オムライスは作ってやるとついうっかりと約束してしまったから作るとしてまずは卵焼きを作って味を確認したいな? ああ、しかしルベリやワーベライトも絶対に食べたいというだろうな……。保存に関して魔法でどうにでもなるし、ある程度手に入ったら卵パーティーを……どれくらいのペースで産むんだろうか? そこら辺も確認しておかないといかんか)


 エリザベスはあくまでも居候というかギブアンドテイクの協力者ポジションであるので別にいいのだが、ルベリに関してはディアルドにとって自身の部下、あるいは持ち物的な感覚でもある。


(育ち盛りだしな……開拓作業のお陰もあってかよく食べるし)


 働きに対してきちんとした十分な報酬を与えるのは天才として重要なことだ。

 ちょっと作ってやるだけでモチベーションの向上にも繋がるのだからやらない手はない。



(ふっ、流石は天才である俺様だ。痛めつけて無理に働かせるだけの無能とは違う。環境整備にモチベーション管理に気を使うことでより長く働かせるという冷酷非道っぷりに参る。さて――砂糖とかは無いか? どうせならアイスクリームにもでして……って、ん?)



 そんなことを考えながら歩いていると人ごみの中、ふと視界の端に何かを捉えた。

 それは一人の子供であった。


 齢は恐らく九、八歳くらい、フードを被っているがハニーブロンドの髪が覗き、こちらを見つめる顔は幼いのもありとても中性的で男の子なのか女の子かは判別が出来なかった。


(なんだ子供か……)


 何が気になったのだろうと自問してみるが答えは出なかった。

 裏市などという場所に子供が居るのは確かに珍しくはあるものの、別にいることがおかしいというほどでもない。


 では、こちらを向けている視線のせいかとも思ったがそれも違う。

 というか微妙に視線の方向が違うことにディアルドは遅れて気づいた。


(見ているのはファーヴニルゥの方か)


 どこか赤みが差しているようにも見える表情の理由に得心がいき、ディアルドはどこか楽しげな笑みを浮かべた。


 何せ彼女はとても美しい、それは彼自身が良く知っている。

 百人に聞けば八割の人間が美少女だと褒めたたえ、残りの二割は「絶世の」という枕詞を合わせて褒めたたえるであろう美しさ。

 更に言えば黒骸龍事件においてはその強さの一部も衆目に晒すことになった。

 あの時現場に居た冒険者たちから話が広まり、空を翔け抜け剣を振る姿から「蒼穹姫」などという名で呼ばれていることをディアルドは知っていた。


(そんなファーヴニルゥに見惚れるのは当然! ましてや近い年ごろでは必然と言っても差し支えない……)


 見知らぬ子供に対し、ディアルドは勝手にそう決めつけた。

 彼としてはファーヴニルゥの評価が高まっていることに関し素直に鼻が高かった。

 従者である彼女の評価はそれ即ち主人であるディアルドへの評価の向上にも繋がるからだ。


(ふははっ! 見ず知らずの子供の心をまた一つ奪ってしまったか、我ながら罪深い従者を得てしまったものだ)


 何か気になったような気がしたが気のせいだったのだろう、と結論を出すとディアルドはその子供から視線を切り歩き出そうとした。


 そして、気づいた点が一つ。

 その子供はいまいち気づいてなさそうだったが、その子供の様子を伺うように見ていた人影が一つ。


(二つ、三つ……いや、四人か)


 彼らは我に返ったのか歩き始めた子供の後ろ一定の距離を保って追い動き始めた。

 その様子を見てディアルドは――




(そういえばファーヴニルゥの気分転換も兼ねて来たんだったか……。だいぶ良くはなっているように見えるが、ここは念には念を入れておくとしよう。小遣い稼ぎにはなるだろうしな)




 とあっさりと決断した。



「ファーヴニルゥ」


「何かなマスター」


「頼みがあるんだが……」


命令オーダーかい?」



 きらきらとした目をこちらに向けてきたファーヴニルゥにディアルドは指示を出した。

 そして、騒がしく暴れるアーグル鳥の籠や他の荷物と共に別れ……半刻後。






「マスター! 紹介するよ、彼が僕たちの領地の新しい住民。いや、最初の住民ということになるかもね!」


「あ、アリエルといいます。よろしくお願いいたします」


「……ふーはっはァ! そうか!」



(あれぇ? なんか連れてきちゃったぞ?)



 いつの間にかベルリ領最初の移住者が決定していた。

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