第四十五話:とある少年の出会い


 白本ホワイト・ブック、と呼ばれる魔導書グリモアがある。


 セレスタイトの魔法の秘術が載った魔導書グリモアの内、流失して行方不明になった魔導書グリモアのことだ。

 正式な呼び方というわけではなく、所謂裏の社会で言われる隠語のようなものだった。


  盗み出され回収から逃れたセレスタイトの魔導書グリモアは、紅の魔導書グリモアが33冊、黒の魔導書グリモアが21冊。

 追跡の手を逃れたこれらは国のどこかに眠っているとされている。


 それに一攫千金を狙って探しているものも実は多かったりする。

 無論、表立ってというわけではないが。


 何せセレスタイトの魔導書グリモアは国家にとって重要なものだ。

 わかっておらず所持をしていたのならともかく、あるいは気づいてさっさと渡したのならともかく。

 わかっておきながらあえて隠して所持していたことがバレれば重罪――下手をしなくても王国、王家への反逆罪として裁かれてもおかしくはない代物だ。



 普通に考えれば関わり合いにならないようにするのが賢い考えではあるが、そんな危険を犯してまで求めるだけの価値が白本ホワイト・ブックにはあった。



 まず魔導書グリモアというのは金になる。

 この国において「魔法が使える」というだけでどれほどの価値があるか……蒼の魔導書グリモアの写本でも結構な高額で裏では取引がされている。

 写本が許可されているとはいえ、作った写本などの管理は家で厳重管理が基本だというのに頻繁に裏の市場に蒼の魔導書グリモアの写本が流れているのはそのためだ。


 まあ、偽物も多いのだが。

 供給元まで探られ、バレてしまえば魔導協会ネフレインの不興を買うのは間違いないというのにそれでも後を絶たない辺り、とても金になることの証明だ。


 そんな感じに魔導書グリモアを集める連中は大体二種類ほどいる。


 まずは貴族の連中だ。

 貴族ならば普通に魔導協会ネフレインに頼ればいいではないかという考えもあるが、魔導書グリモアの管理に強い権限を持っている魔導協会ネフレインに不満を持っている者も多い。


 より多くの魔法を習得し、より強い魔法を習得することが出来れば貴族としては安泰だ。


 だというのに彼ら魔導協会ネフレインは軽々に魔導書グリモアを読ませることはない。

 蒼の魔導書グリモアとて、ある程度の実績を見せなければ自由に学ぶことも出来ないのだ。


 それに不満を持つ貴族も多い。

 それで写本など魔導書グリモアを集め、こっそりと自宅に保管し彼らの身内だけでこっそり使うために……と言った感じだ。


 彼らは貴族なので金払いが良く、口止め料も含めればいい金になる。


 あとは魔法を使うことが出来ても貴族ではないというものたち。

 個々に事情はあるが例えば表に出せない理由で貴族の血だけ引いているとか、元貴族だけど剝奪されて……とか、あるいは自ら貴族の地位を捨てて隠れて生きている等など。


 そんな彼らは真っ当な手段で魔法の研究、あるいは鍛錬を行い、魔導士として成長する手段が無い。

 それ故に非合法に流通している魔導書グリモアに手を出すというわけだ。


 そんな彼らにとって白本ホワイト・ブックは何としても手に入れたい代物といえる。

 通常、流れてくるような魔導書グリモアの写本や術本スペル・ブックでは下級魔法が精々。

 だが、白本ホワイト・ブックには中級以上の魔法が確約されているのだ。


 そんな魔導書グリモアを自らの懐に入られられるなら、どれほどの金を積んでもいい、あるいはどんな手段を用してでも……という人間は後を絶たない。



 そんな立ち回りによっては莫大な価値を生むであろう白本ホワイト・ブック――それを手にしながら路地裏の隅でアリアンは呟いた。



「……どうしよう、これ」



                   ■


 アリアンという齢にして九歳の少年である彼はとある犯罪組織の一員であった。


 いや、一員というにもおこがましい下っ端。

 使い走りの一人でしかなかった。


 別段、何処にでもあるような話。

 身寄りを無くした子供に声をかけて労働力として利用する。

 子供なので大したことは出来ないがそれでも使いつぶせるまでは使えるし、使いつぶしたところで誰も気に留めない。


 とても扱いやすい存在というわけだ。

 アリアンもその一人。


 ある事情で身寄りを無くし、そんな組織に拾われてしまったアリアンは不幸ではあったがそれでも幸運があったとすれば――彼には学があったという点。


 文字も読めるし計算だってできる。

 だからこそ、他の子供とは違いそれなりに待遇が良く扱われることが出来た。


 そして何よりもアリアンは歳に似合わぬ聡明さがあった。

 自身の立場がどれほど危ういのか、周囲がどれだけ悪い大人ばかりなのか、それを理解して上手く立ち回りながら彼は生き抜いていた。



 そんな中のことだった。

 唐突にアリアンがいた組織はこのオーガスタから消えてしまった。

 彼を残したままに。


 最初は何が起きたかさっぱりわからなかった。

 どれだけ年の割に聡明だと言ってもアリアンは子供、特に自らの立場を確保するために日頃から雑務をしたりと忙しい身もあって、周囲が何やら慌ただしい様子だということには気づくことが出来てもそれ以上のことはわかりようもなかった。


 わかっていたらやりようがあったかもしれないがそれは後の祭り、気づけば彼はその他大勢の末端の人間と同じく置いていかれ、彼らは回収できるだけの有り金を集め街から逃げ出していたのだった。


 ――そんな……。


 ある意味では無事に犯罪組織から解放されたとも言えるがアリアンにはとても喜ぶ余裕などはなかった。

 確かに彼らからは解放されたが、彼が身寄りのない孤児である現実は変わらないからだ。

 明日からをどう生きればいいのか、そんなことを考えながらアリアンは自身の上役だった男……ザックという男の住んでいた家を探った。


 何かしら金目の物があればと思ったのだ。

 とはいえ、大したものはないであろうとも薄々考えていたが……。


 なにせザックという男は酒と賭け事のことしかないような男だった。

 いくら文字と計算が出来るからと言って子供のアリアンに仕事を押し付け、自分は街に繰り出して賭け事に興じる金の使い様、まともに価値のあるものが残っているとは思えないし有ったとしても逃げる時にもっていっているだろうと。



 そう思っていたのだが――



「……なんでこんなものが」



 ザックの家の中でアリアンが見つけたのは魔導書グリモア――つまりは行方不明となった魔導書グリモア白本ホワイト・ブックの一冊だった。


「間違いはない。


 アリアンには確信はあった。

 一目見てわかった、これは本物であると。


「……なんでザックさんはこれを持っていたんだろう?」


 最もなぜあんな所にあったのかは彼には皆目見当もつかなかった。

 ろくに掃除もしてない上に慌てて出ていったためか散乱していたごみの山の中から見つかったので、もしかしたらザックはこれが何なのかも知らずに持っていたのかもしれない――そう考えるぐらいのが精々だった。

 少なくとも価値を知っていたのなら忘れていくということはないだろう。


「いや、重要なのはそこじゃない。問題はこれをどうするか……」


 彼らから放り出されてしまった以上、今後はアリアンは自分の力だけでどうにかする必要がある。

 それを考えれば古びた鞄の中に仕舞われているこの本の存在は重い、使い方次第で今後どう生きていけるかが決まるのだから。



(選択肢としては三つ……かな)



 アリアンの頭で思いつくのはそれくらいだ。


 まず一つは単純に白本ホワイト・ブックを返還することだ。

 無くなった魔導書グリモアに関して発見して届けた者に対しては謝礼が払われることとなっている。


 一番楽な方法で金もまとまった金額がすぐに手に入る。


 他には売り払うというのが手段として一つ。

 返還すれば謝礼が手に入るとはいえ金貨二十枚くらいが精々、だが裏の相場で売り払うことが出来ればその十倍に近い金額が手に入る可能性がある。


 問題があるとすればという点か。


(三つ目は……無い、か。しばらくは持つとはいえ隠し持っている銀貨にも限りはあるし、やっぱりまとまったお金に変えないと。でも、僕に売れるような伝手はない)


 所詮は子供でしかないアリアンにこんな高価なものを売れる伝手などありはしない。

 誰かを間に噛ませて取引するにしても絶対に足元を見られるし、最悪は強引に奪われてそれで終わりだろう。


 となるとやはり素直に返還した方がマシだという結論には至るのだが、上手く売ることが出来れば十倍にはなるという事実がアリアンに足踏みをさせていた。



(――やっぱり駄目だ。になんて足を運んでも取引相手なんて見つかるわけがない、ここはやっぱりしかるべき場所に……でも……)



 そんな日々を過ごしていた時だった。

 徐々に軽くなっていく財布の硬貨の重み、いい加減踏ん切りを決めなくてはならないと思うも裏市へと足を延ばし――




「……あっ」




 そこでアリアンは見た。

 人の行きかう裏市の一画、周りのことなど一切関係ないと言わんばかりに美しく咲く一人の少女の姿を。

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