第四十四話:卵
「ふーむ、こうしてしげしげと店で野菜を見るのは初めてかもしれん。その日、必要な分だけを買って去るだけだったが……」
「そうだね」
「やはりこっち……いや、これもいいな」
ディアルドとファーヴニルゥはオーガスタの市場に居た。
そこではたくさんの肉や魚など色々とが売られているが二人が見ているのは作物だ。
食べ物としてではない、いや食べ物として見ているが食べるつもりというか……彼らが話しているのはルベリ領でどんな作物を育てようかという話だった。
「まあ、まずはタウルは欠かせないとしてそれからソール、リシャル辺りが無難なところ」
タウルというのは前世における麦にも似た作物で、他のソールはとうもろこし、リシャルはイモに似た作物のことだ。
食用作物として定番と言える三種、これはディアルドとしても抑えて置きたいところだ。
これらに関してはもう少し品種と土壌改良用の魔法を組み合わせ、大量生産が出来る形式が確立したら、今の実験場農耕地よりもはるかに大きな専用の農用区画を作ろうかと考えていた。
「他にも葉菜類とかも根菜類……」
「果物とかも欲しいかも」
「折角土壌改良用の魔法があるのだ。これを生かして他の領地にはない多種多様な作物を作れる領地にしたいものだな」
他の領地ならばそう多くの作物を作るというのは難しいだろう。
だが、その区画の土壌のみを変化させることも可能な以上、ベルリ領におけるそれらの労力は最小限でいい。
これを生かさない手はないだろう。
単純に色々なものを地産地消できるならこれに越したことはないわけで。
(というか、いろんなものが食べたいたいしな!)
「こっちの野菜はどうだ?」
「……僕それ嫌い」
「好き嫌いはしないの。まあ、あえてファーヴニルゥが苦手な野菜を作る必要もないか。別に特別に好きってこともないからな。他には……ああ、そうだ卵。卵は大事だな」
「マスターって卵が好きだよね」
「卵が好きというよりも料理に卵は欠かせないというべきか。ファーヴニルゥだってこの間、美味しそうに食べていただろう? ほら、絵を描いて」
「僕、「おむらいす」好き!」
「あれは一度に結構な量を使うからな。他にも乳製品のことも考えると畜産とかも」
「お肉は僕が狩ってるけど?」
「肉質がどうしても固いからな。贅沢を言うなら……まあ、ここら辺は流石に後回しになるかな。手間とか労力的に」
「マスターって話すことが出来るわけだし、それでどうにかなるんじゃない?」
「俺様は畜産関係のモンスターとは話さないようにしているのだ。流石に食えなくなるし」
などとディアルドとファーヴニルゥは話し合いつつ市場を見て回る。
興味がそそられた野菜や果物を買いつつ、どんなものを育てようか、どんな風に領地を開拓していこうかと話すのは時間を忘れるほどに楽しかった。
(ふーはっはァ! こういったのは計画を練っている時が一番楽しいものだからな)
実際にやる段階になると面倒さが出てくるのがそこら辺はご愛嬌として、狙っていたわけではないがファーヴニルゥの機嫌も少しは良くなってきたようだ。
そんなことをディアルドが考えていると……。
「おやっ、もしかして養鶏でもするつもりかいディーの旦那?」
「む?」
などと話しかけられた。
見れば二人が覗き込んでていた店の店主のようだった。
「うむ、そのつもりだ。自家製用にふと欲しくなったのは事実だ。だが、俺様は正体不明で知的クール、才色兼備のイケメン天才魔導士の何某ではないただの買い物客だが?」
「僕もその従者であって彼のモノであるさいきょー魔導剣士でもないよ?」
「え、あ、うん」
話が聞こえたので話しかけた店主ではあったが、あからさまに変装しきれていない二人の答えに何とも言えない表情になったが、深くは突っ込まずに話を進めるという賢明さを発揮した。
「あー、じゃあただの買い物客に話しかけるわけだが。そういうつもりだったら闇市の方でいい商品が売られているぜ?」
「ほう?」
「ディーの旦n――あー、ただの買い物客なら知ってるとは思うがアーグルは知っているだろう?」
「ふーはっはァ! ……おい、初対面の買い物客の何をお前は知っているというのだ店主よ」
「いや、めんどくせぇなこの人。そこは流してくれよ」
「それにしてもふむ……知っているぞ。アーグルの卵は高級品だからな」
店主の言葉にディアルドはそう返した。
アーグルという品種の鳥は一般的に流通している卵よりも高級品で、貴族の食卓にも並ぶような濃厚な味が特徴がある。
彼も卵の中ではそれが一番好きだった。
ただ、現状真っ当な素性とは言えない今のディアルドがこれを食べれる機会はあまりにも少ない。
(王都に居た時は食べれたのがな……)
元から流通する量も少ない上に大体は王都で消費される。
地方都市にまで回ってくるというのは基本的に無いと言っても過言ではない。
なのでしばらく食べることはないだろうなと思っていたところだったのが――
「実はな、裏市の方で今売られているって話だぜ」
「ほほう?」
その言葉にディアルドの目が輝いた。
裏市、というのはオーガスタの南部の方にある一画で行われている少しばかり怪しい連中が勝手にやっている市場のことだ。
「あそこまだやっていたのか」
「前牛耳ってたやつらは居なくなったが。まあ、ああいうのは自然には消えないからな」
「それもそうか。だが、確かにそこならアーグルの卵が手に入っても」
「いや、そうじゃないん。卵の方じゃなくて鳥の方だ。そっちが売られてるって話だ。勿論、一匹ってわけじゃなく雄雌両方で……ということらしい」
「……本当か、それは?」
ディアルドがその話を聞いてまず思ったのが本当にそんなうまい話があるのだろうか、ということだ。
アーグルという鳥は先ほどから言っているように高級品種と呼ばれる卵を産めるわけで、つまりは金の卵を産めると言ってもいい。
誰だって欲しい代物であるからこそ、そうそう世に出てくるはずものでもない。
養鶏場とて管理は厳正にしているはずで盗み出すのだってそう簡単なことではないはずだ。
「さて、な。そこら辺は実際に見て確かめたらいいんじゃないか? 俺も話を聞いただけだしな。でも、万が一……って可能性はあるだろう?」
「ふむ、それもそうだな」
裏市、という怪しい場所で取引されている品だ。
あまり信用度は高くはないがそれこそ見てから判断すればいい。
そう言った場所だからこその掘り出し物という可能性も確かにあるのだから。
「よし、ファーヴニルゥ行くぞ。もしかした毎日アーグルの卵を料理が食べられるかもしれん!」
「それって美味しいの? マスター」
「ふーはっはァ! 普通の卵とはものが違う……っ! 本物だったら、オムライスにして味わせてやろう!」
「やったー」
ディアルドは即断するとファーヴニルゥを連れ立って裏市の方へと歩き始めた。
彼の食に対する執念は強かった。
そんな二人が去った後、店の店主はぽつりとつぶやいた。
「いや、名前を言っちゃダメなんじゃねーかな?」
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