幕間の章

外伝 第二話:ファーヴニルゥ日記 その①


 ■月■日


 今日から日記をつけようと思う。

 王国語の練習をしていたところ、マスターにそう言われた。


 確かにいいかもしれない。


 僕の記憶処理能力はとても高いのでこうして記録に残す、という作業自体にそれほど意義は見いだせないが、書き起こすことを習慣化すれば王国語の上達も早まるだろう。


 だから、マスターに言われた通りに日記をつけようと思うと伝えたところ、マスターは「ちょっと待っていろ」と命じてどこかへ外出していった。

 マスターの命令である以上、「ちょっと待つ」として時間が無駄になってしまうのがいただけない。

 家の中の待機なので、並行して進めていた料理の鍛錬でも……と思い、お小遣いで買った料理本を片手に料理の勉強をしてみた。


 料理の具材だけを切れるようになった。

 力加減は完璧だ。

 下に敷いている板、そしてその下の作業用の台まで切り裂くことはなくなった。


 何度か失敗はしたものの、流石は僕だ。

 マスターの従者にして宝である僕に出来ないわけがない。


 偉大なる一歩であろう。


 そうこうしている内にマスターが帰ってきた。

 そして、僕に何でもないかのように本を渡してきた。

 その本は僕にでもわかるぐらいに装丁のしっかりしたもので、とても高そうに見えた。

 いや、実際に高いのだろう魔法施錠機能付きの日記帳など、そうは見かけるものではない。

 

 かなりの高級品であることはわかる。

 だからこそ、貰っていいのかと逡巡した。


 そんな僕に対してマスターは何でもないように頭をポンポンと撫でて来て、「勉強頑張れよ」と声をかけて去っていた。


 わかったよ、マスター。


 記念すべき一日目だから思った以上に書いてしまった。

 明日からも頑張ろう。

 うまく野菜や肉を切れるようになったし、次は料理に挑戦してみよう。

 なに、料理本通りに作れば問題はないはずだ。

 マスターを驚かせよう。


 ■月■日


 違うんだマスター。

 この料理本が不親切だったんだ具材の量や調味料の量が大雑把にしか書かれていなくて……っ!

 「適量」ってなんだよ!

 大事なところなんだから、そこは具体的な数値を記載するべきだろう!


 ■月■日


 確かに考えてみると僕の方にも多少の問題があったかもしれない。

 経験が少ないのだからまずは手頃で簡単そうなものから挑戦するべきだった、挿絵で載っていた料理の完成図がとても美味しそうだったから……。


 マスターに作ってあげたかったな。


 いや、将来的にきっと作ってみせる。

 反省は大切だが次にどう活かすかが重要だとマスターも言っていた、だから改めて料理本を読んで今度は簡単な料理から挑戦してみることにする。



 「適量」なる言葉と概念を作ったやつのことは決して許さないが。



 ■月■日


 今日は僕の冒険者としての初依頼を受ける日になった。


 依頼の内容はモンスターの討伐依頼。

 ある指定のモンスターを見つけて狩ればいいという簡単なものだった。


 既定の数を倒してその証拠となる部位を持ち帰れば依頼を達成したとみなされるらしい。

 僕の性能をマスターに見せつけるいい機会だと内心で息巻いてマスターと共に外へと繰り出したのだが――結果は散々なものだった。


 別にモンスターを倒せなかったとか、逃してしまったということではない。

 モンスターの脅威度の推定に討伐難度という指標が使われているらしいけど、少なくとも研究所の近くで出会ったドラゴン以下のモンスター相手には負ける方が難しい。


 その程度の力の差があった。

 問題は力の差がという点であって……結論から記すならば――獲物のモンスターは

 

 マスターに良いところを見せようと「バルムンク=レイ」の術式を使ったのがいけなかったのかもしれない

 「バルムンク=レイ」は魔法術式を破壊する魔法殺しの特性のほかに、斬り付けた際に魔力を流し込むことで相手の体内に破壊する力がある。

 一応、手加減はしていたつもりだったがそれでも足りなかったのか体内から破裂してとても悲惨なことになってしまった……。


 倒せては居るのだから依頼的には問題ない、というわけにもいかない。


 これではモンスターの素材が滅茶苦茶で買取値段がつかないという問題が発生する。

 討伐依頼というのは依頼成功報酬と素材買取の値段を含めて利益を出すものであるらしい。

 それなのに倒すことは出来ても素材をろくに取れないというのは非常に宜しくない結果なのだ。


 これはマズイ。

 とはいえ、この問題の解決策は至極単純だ。


 キチンと手加減して倒せばいい、ただそれだけ。

 ちょっとマスターにカッコいいところを見せようと張り切り過ぎたのが要因だ。


 次はもう失敗しない。

 この昼食が終わった後の狩りは鮮やかに決めて見せると固く誓った。


 ■月■日



 もしかしてこの世とはとても脆いものなのではないか。



 僕はふとそんな思いが沸き上がってマスターに尋ねたら「ふははー! とうとう気づいてしまったか。それは何よりだ」と返されてしまった。


 そうか、世界とはこんなにも脆いものなのか。


 ちょっと音速を突破して剣を叩きつけただけで消し飛ぶんだもんね。

 ああ、首が落ちるだけで耐えてくれたドラゴンが恋しい。


 お昼にマスターがくれた握り飯はなんだかとてもしょっぱかった気がした。


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