第三十九話:再びの遺跡探索・Ⅳ


 大魔導士セレスタイト。

 大陸に置いて知らぬ者は居ない伝説的な魔導士。


 彼女は当時、無数にあった魔法体系を編纂し一つの魔法体系を創り上げることによって後に隆盛を極めるドルアーガ王国の力となった。


 その際に創られたのが666の魔導書グリモア

 セレスタイトの叡智の結晶であり、それら全てを網羅して扱えるようになってようやく大魔導士という頂の領域に人は足を踏み入れることが許されると言われている。


「とはいえ、全ての魔導書グリモアを解読して魔法を習得で来た魔導士なんて後の歴史に居たことはないんだけどね。まっ、話を戻すと大魔導士セレスタイトはその生涯をかけて666冊の魔導書グリモアを生み出した」


 それらにはびっしりと魔法術式に関する知識が記されており、大まかにわけて三つに大別された。


 333の下級魔法が記されている蒼の魔導書グリモア

 222の中級魔法が記されている紅の魔導書グリモア


「そして、111冊の上級魔法が記されている黒の魔導書グリモア。単に黒本ブラック・ブックと呼ばれることもあるけどね」


 これら666の魔導書グリモアは王国においてとても大切な存在だった。

 魔導士とは魔法を使いモンスターや魔物などの危険な存在を駆逐し、他国との戦いにおいても必要不可欠な重要な戦力。



 それを生み出すことが出来る魔導書グリモアは貴重な軍事資源と言っても過言ではない。



「それが盗み出されたという事件は発生したのが五十二年前のことになる」


 消え去ったのは魔導書グリモアは黒の魔導書グリモアが27冊、紅の魔導書グリモアが53冊。

 いつの間にこれらの書の行方が消え去っていたという事件だ。


「犯人については後に捕まって極刑に処されたらしいけど、盗み出された計80冊の魔導書グリモアに関しては紅の魔導書グリモアが20冊、黒の魔導書グリモアが6冊、回収することは出来たみたいだけど残りは未回収のまま。当時の魔導協会ネフレインは随分の慌てようだった聞くよ」


「ふーはっはァ! まっ、当然だろうな。魔導書グリモアの保全は魔導協会ネフレインの存在意義の一つだ、当時の国王からも詰められて上層部の大部分が責任を取らされて公開処刑となったとかなんとか」


「うへぇ」


「国にとってはそれぐらいの一大事だったってことか。僕としてはただ魔法について書かれている本程度でそんな騒ぎになるとはいまいち実感がわかないけど」


「この国の基幹にかかわる事件だったからね。魔導書グリモアの回収の為にかなり強引な手法がとられて、色々とその過程で血が流れたこともあったらしい。転じて「赤薔薇事変」となんて呼ばれたりもするらしいけど、そこら辺はどうでもいいことさ。私としてそのせいで魔導書グリモアの管理が厳しくなって読むのが簡単じゃなくなったことが一番重要なことでね」


「まあ、そんな事件があったらな。ただ、少し疑問に思ったんだけど紅の魔導書グリモアと黒の魔導書グリモアは盗まれたのに、なんで蒼の魔導書グリモアは盗まれなかったんだ? やっぱり下級魔法よりも上級魔法が記されていた方が高く売れるからか?」


「それもある。ただ、蒼の魔導書グリモアに関しては写本などが許されているというのも大きいのだと思う。紅の魔導書グリモアとなると厳しい条件が必要となるし、黒の魔導書グリモアに関しては写本などの作成をした場合は極刑を課されることになっているからな」


 蒼の魔導書グリモアが狙われなかったのはそこら辺が理由なのだろうと推察されていた。


「なるほどなぁ、そんなことがあったなんて」


「まあ、一般的にはあまり知られてはいないからね。知らなくても無理はない。魔導協会ネフレインの醜聞なんてあまり大っぴらに話せることでもないからね」


 そうエリザベスは話を締めくくった。


「それにしても魔導書グリモア、か。マスターは魔導書グリモアって読んだことあるの?」


「ふーはっはァ! まあ、何度かな。なんだ、興味があるのか?」


「うん、ちょっとだけ。知らなかったから」


 ファーヴニルゥはどうやら魔導書グリモアという存在に興味がわいたらしくディアルドへと話しかけてきた。


「そうか。とはいえ、お前の糧になるかどうかは難しいぞ? そもそも系統が違うからな」


「でも、マスターの役に立てるように成長できるかもしれない」


「ふむ……」


 成長も何もこれ以上強くなってどうするんだ、と思わなくもなかったが「ふんす」っと気合を入れている様子を見てやる気を削ぐことを言うこともないだろうとディアルドは修正を加えた。


「まあ、確かにセレスタイト式の魔法は万能だ。天才である俺様とてその一部しか習得していないわけで、従者であるファーヴニルゥが習得してくれれば助かる点もあるか」


「でしょ!」


「とはいえ、俺様自身は魔導書グリモアを持っていない。写本も含めてな。さっきも言った通り、魔導協会ネフレインが厳重に管理しているからな。非合法に流通してしまった魔導書グリモアに関しては……ほら、俺様は清く正しい人間だから」


「清く正しい??」


「ふははっ、なんだ子爵殿。何か言いたいことでも?」


「いや、別に」


「なにか含んだものの言い様だったが、見逃してやるとして……魔導書グリモアに関して俺様は与えられるものが無い、悪いな。俺様としても読む機会があれば読みたくはあるのだが」


「……魔導協会ネフレインとかいう組織が保管してるなら、襲撃すれば丸々――」


「よし、ファーヴニルゥ落ち着け。兄貴も迂闊なことを言うなよ。素直だから信じちゃうだろ!」


「ごめん」


 ディアルドのうっかり零した言葉にファーヴニルゥが暴走しそうになりつつも雑談は一旦終わり、四人は再度遺跡内の探索作業へと移った。


「そういえばさー、兄貴。魔法のことが記された本のことを魔導書グリモアって呼ぶんだよな?」


「ああ、簡単に言えばそうだな」


「じゃあさ、ここって古い遺跡なんだろう? 古代アスラ文明……だっけか。なんかすごい魔法文明があったっていう。なら、ここにも魔導書グリモアってのがあったりするのかな?」


「ふむ……」


 捜索している最中、ルベリはふと思いついたかのようにディアルドへと尋ねた。

 実際にふとした思い付きなのだろう、魔導書グリモアは魔法について書かれた書物、ならば魔法文明のあった古代の遺跡ならあってもおかしくはない。

 確かにそれは通る理屈であったが、



「いい着眼だ。だが、それは無いな」



 ディアルドはそれを明確に否定した。


「え、そうなの」


「少しだけ魔導書グリモアについて誤解があるようだな」


 ルベリの問いに彼は言葉を選びながらも答えた。


魔導書グリモアというのは単に知識が書かれた本ではなく、言わば教本――手引書とでも言うべきか。ともかく、そういった類の書物になる」


 要するに魔法に関してわかりやすくこそが魔導書グリモアと呼ばれる書物の本質だ。


 教科書といえばわかりやすいかもしれない。

 教科書という書物は広い人間に分かりやすさを重視して比較的基礎的な知識を基準にまとめ上げたものだ。


「対して古代アスラ文明において魔法とは一般的に普及されていたとされている。子供から大人まで使えていたと。つまるところ、前提となる魔法に関する知識自体の基準自体が違う。だからそうだな、あくまで知識の共有を目的としてセレスタイトが作った魔導書グリモアと比較した場合、それと同様の本があるということはない。特にここは研究施設のようだからな」


「そっかー、それは残念。私としてもそれが狙いの一つではあったんだけど」


「ふーはっはァ! まあ、諦めるべきだな。というか全ての文字が古代アスラ文字であるし解読すら困難だぞ」


 セレスタイトの作った魔導書グリモアが教科書なら、ここにある書物はがちがちの専門用語ばかりの専門書といってもいい。

 しかも全て古代語で出来ている。

 魔法に関することが書かれているとはいえ、教えることを目的とした書ではないため非常に分かりづらく、前提となる知識が無ければ読み進めることすら難しい。


 それこそ、仮に一目で読める力でもない限り。


 それは魔導書グリモアとは呼べないだろう。

 だからこそディアルドは否定したのだ。



「そこら辺はほらキミに翻訳してもらおうかと」


「如何に天才である俺様とて限度はある。とはいえ、それでも多少は知らない仲ではないからな。多少は解読してやってもいいが……」


「なら、さっきそこで見つけた本なんだけど」


「うむ、何々……題名は「夜の献立百選」だな」


「ほんとに?」


「本当だが?」




 エリザベスの言葉にディアルドは堂々と嘘で答えた。

 ちなみに本当の題名は「目に捉えられないほどに微細な感染式魔法の確立について」というものであった。


 やはり、この研究施設では碌な研究が行われては居なかったようだ。

 頃合いを見て抹消するしかないだろう。


(とにかく、さっさと目的なものを見つけなければな)


 そんなことを考えながらディアルドは探索に集中し、四人で開始してから三十分ほど経った頃。



「あっ、これじゃないかなマスター」


「おおっ、確かにこれだ」



 ファーヴニルゥが一冊の書物を持って来た。

 ディアルドが確認するとそれは確かに目的の土壌に関する魔法の影響を記した本であった。

 これでベルリ領の土壌の改良は上手く進むだろう、何やら恐ろしい実験結果の報告もよく読むと記載されていたがそれに関しては見て見ぬるふりをするとして、一先ず――



「よくやったぞ、ファーヴニルゥ! えらーい!」


「えへへ」



 ファーヴニルゥを全力で褒めそやしつつ、ディアルドは考える。



(とりあえず、運んだ足が無駄にならなくてよかった。あとはどうするべきか……折角、ここまで来たのだ。何やら役に立ちそうなものでも探してみて、それから――)



 そんなことを考え、彼は大きく口を開いた。



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