第二章

―領地開拓編―

第三十二話:新たな歩み



 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン事件。



 世間的にはそう呼ばれる事件があった。

 国を脅かさすほどの強大なモンスター、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが打倒されたという事件だ。


 推定討伐難易度350を超えると言われる伝説に語られるような存在。

 仮に王国が国家として彼のモンスターを討つという判断をしたのなら、軍を動かすだろうとも言われていたほどの怪物。


 それが四人のパーティに討たれたという話なのだから国中にその噂は広がった。

 魔導協会ネフレインに所属する王位キャッスルの魔導士、「幻月」のワーベライトも居たとはいえその功績に疑わしいところはない。


 更に言えば黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを討ったメンバーの中には、領地を奪われた彼のベリル伯爵家の血を引く者が居たとされ、今回の功績を以て貴族位の復活を認められたという。


 奪われた一族の地を、時を超えてその子孫が奪還する。

 何と素晴らしい話だろうと人々は称賛した。


 子爵の位を受け、かつての領地を賜ったのも頷ける。

 そう社交界では話されたという。


 そして、そんな彼女――ルベリ・Cカーネリアン・ベリル子爵を含めた三人の冒険者パーティーは今どうしているかと言えば――




                   ◆


 朝日が昇った気持ちの良い朝。

 男と少女が二人、太陽を浴びながら立っていた。


 灰色の髪をした男ディアルド、美しき少女ファーヴニルゥ。

 彼らは腰に腕を当てて胸を張り、そして大声で―――



「ふーはっはっはっはっはァ!!」


「わーはっはっはっはっはァ!!」



 笑っていた。

 とても楽しそうに高笑いをしていた。


 知らない人から見れば異様な光景だが、実はこれが彼らの日課なのだ。

 始めたのはディアルドでいつしかファーヴニルゥも真似をすようになっていた。



 朝靄が晴れる前の静かな朝、誰に憚れることもなく高笑いする。

 なんと心地よいことか。




「「ふわーはっはっはっはっはァ!!」」


「やかましいわ!! 朝っぱらから! ほら、ご飯の支度を始める時間だぞ!」



 そんな一日を始めるための日課は赤い髪の少女の怒声によって終わりを迎えた。



------



「全く、なんで毎度毎度……いや、知ってたけどさ。あっちに居た時も毎朝やってたし」


「朝一番の高笑いは気持ちいいぞ、ルベリもやらないか? 一日の始まりを気持ちよく始められる」


「結構、楽しいよ? 最初はちょっと恥ずかしかったけど」


「あーもー、ファーヴニルゥに変なこと教えないでくださいよ。覚えちゃったじゃないですかー。この娘、兄貴の言う事は信じちゃうんだし」


「いや、変なことではないが? むしろ良かれと思ってのことだし。……ただ、まあ確かにやらせ過ぎたのは問題か」


「そうですよ」


「慣れてしまったから最初の方の恥ずかしがりながらも頑張って声を出そうとするファーヴニルゥが見られなくなるのは……確かに」


「違うそうじゃ――なくもないか」


「もっと辱めて慣れるまでの期間を伸ばすべきだったかな」


「辱める?!」


「確かにもう見られないのは……反省して兄貴」


「ルベリ?? ……マスター、僕ダメだったの?」


「もう見られないのかと思うと少し惜しくなる気分になったという話だ。今の元気に高笑いする姿も愛らしいぞ! よし、朝食を食い終わったらもう一度やるか!」


「ふーはっはっはァ!! うん!!」


「はぁ……朝っぱらから外で大声で笑うとか、近所迷惑な日課だよ全く」


「文句を言われるからは郊外の中古の一軒家を買う羽目になってしまった。結構、ボラれたものだ」

 

 まあ、その分は後でやり返してやったが……とディアルドは続けた。




「だが、まあ別にここならいいだろう? このベルリ子爵の新領地には俺様たち三人しかいないのだからな!」


「そりゃまあ、そうだけどさ」




 ディアルドの言葉に溜息を吐きつき、ルベリは例の事件からの三週間のことを思い出した。


「全く、今でも信じられねー。なんであんなのが通るんだよ、私がお貴族様だなんて……ロナウドたちの詐欺以上にやばいことだろこれ」


「なーに、そう気にするな。家名の乗っ取りとかわりとあるものだぞ? 例えば王都に居た時に鼠に貴族共の醜聞を探らせて知った話なんだが、有名なある伯爵家の当主なんだが実は妾の子で、しかも家の庭師と蜜月を経ての――」


「よーし、息をするように知られたことを知られたら殺されそうな情報をばら撒くのはやめようか! 兄貴! というか兄貴が表に出ようとしないのってどう考えてもそれ関係だよね!?」


「ふーはっはァ! ……良く気付いたな。ぶっちゃけ、俺の存在がバレたから殺しにかかりに来そうな勢力の七つや九つに心当たりが」


「いや、多いよ!? 一つや二つじゃないのそこは!?」


「どれだけ居ても関係ないさ、何せ僕が居るからね!」


「最初はどうしようかと思ったけど、最強の防衛手段を手にしたと考えれば悪くはなかったのか? まあ、全滅させた場合王国は多分崩壊して他国が侵略してくる乱世真っただ中な世界になるかもだけど――最終手段として、それもまたよし!」


「良くないからね!?」


「この世で一番大切なのは俺様だ! それ以外など知るか!」


 ルベリは思った。

 やっぱディアルドって最低だなっと。

 特に誇張ではなく、彼は本格的にやばくなったらファーヴニルゥに頼んで敵勢力全滅させて、その後の混乱に乗じてまたどこかで再起をはかりそうではあった。


(ちゃんと面倒を見ないと)


 そんなことを心の中で誓いつつ、ルベリは話を続けた。


「そこら辺はまあ置いておくとして、だ。それにしても私が貴族位とはねぇ……世の中に何が起こるかわからないもんだ」


「ははは、まるでシンデレラだな」


「マスター、なんだいそれは?」


「ん、気になるか? ふーはっはァ! 良かろう! 今度話して聞かせてやろうではないか! しかし、そうなると絵本が欲しいな。金に飽かせて頼むか」


「無駄遣いはだめだからなー」


 ディアルドの言葉に思わずルベリは口を挟んだ。

 そんな彼女の反応を面白そうに彼は答える。




「ふはは、板についてきたんじゃないのかベリル子爵殿?」


「やめてくれよ……」




 三週間前の事件の後、とても激動と言ってもいい事態の流れだった。

 オーガスタへと帰った後、改めて黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを討った英雄であると三人は讃えらえ、そこにルベリの真実――という名の嘘も広がり、そこに王都から帰ってきたエリザベスが正式に国がその功績を認め、莫大な恩賞の約束とそしてベリル家の貴族位の復活、ならびに領地を賜ることまで許されたと発表された。


「正直、あの日のことはあまり思い出したくない。割と最悪な気分だったぜ」


「祝ってくれたのだから楽しめばよいだろうに」


「今まで内心では私を見下していたやつらが褒めたたえて擦り寄ってくるんだぜ? 兄貴だったらどう思うよ?」


「その見苦しさを楽しむ」


「……うーん、クソ野郎。でも、それぐらいの強さがあった方がいいのかなー、ったく」


 あの日からルベリ・カーネリアンはルベリ・C・ベリルへとなり、ただの平民から古き貴族の末裔の血を継ぐ子爵へとなった。

 正直、全くと言っていいほどに実感はない。


 ルベリにとって違和感しかない現実ではあったが……。



(――変わったんだよな。あのどん底から)



 他人の顔色を窺って怯える必要はない。

 何故ならここはルベリ・C・ベリルの領地、彼女の――いや、彼女たちの世界




 それこそが新生ヒルムガルド、ルベリ領である。




 とはいえ、だ。



「まだまだ、色々なものが足りないんだから今日も頑張ろうぜ」


「労働は嫌いだが未来への投資と考えれば、この天才たる俺様の力を奮うとしよう!」


「僕も頑張るー」




「ああ、頼むぜ。なにせこのヒルムガルド――何一つないからな!!」



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