第三十一話の①:策謀の結果


 それはディアルドが計画を練った日のことだ。

 彼はそう口火を切ってルベリへとファーヴニルゥにあることを話した。



「話をしよう――この世界、というよりもこの国のについてだ」



 ディアルドの前世とこの世界で最も違う部分は何なのかと言えば、やはりそれは魔法の存在だ。

 超常の力であり、尊い貴族の血を引くものにしか使えない特別な力……。



「まあ、嘘なのだがな」


「は?」


「いや、だから嘘なんだ。ファーヴニルゥだって言っていただろう? ほら、ルベリの奇跡についての話をしていた時に」


「ああ、確か「おかしい」とかなんとか……えっ、あれってそういう意味なの?」


「それはそうだろう。魔力はあらゆる知生体なら大なり小なり持っているものだ。そして魔法とは技術だ。知識さえあれば燃料である魔力は誰もが持っている。勿論、才能とかセンスによって極められる程度はヒトによっては違うだろうけど」



 魔法とは本来誰もが使えるもの、それは古代では当たり前の常識であった。

 では、何故今の時代はそんな


「まあ、少し考えればわかることだろう? どうだ?」


「……自分たちで独占するため?」


「ふーはっはァ! うむ、頭の回転は悪くはないな。限られた人間しか使えない特別な力、というのは特権階級を作るのにこれほど便利なものはないからな」


 ファーヴニルゥが言ったことは事実だ。

 魔法とは技術、なので誰でも学べば習得できる。


 だが、逆に言えば学ばなければ習得できないのもまた魔法なのだ。

 かなり専門的な知識が必要であるが故に付け焼き刃の知識では魔法を成功させることは難しい。


「稀に感覚的に成功させて自分なりの魔法を発現させる人間も居るがな」


「それって……」


「そうそれが「奇跡使い」と呼ばれる存在だ。本来は魔法は万人に使えるというのに、特権を守るために隠している人間にとっては貴族の血が流れていなくても魔法を発現させてしまう「奇跡使い」の存在はハッキリ言って邪魔だ。貴族ではなくても魔法が使えるんじゃないか、ということを悟られないために「奇跡」とか「奇跡使い」なんて区別が出来たのだ。そして、それを悪しきものだと風説を流した」


「……私って結構やばい?」


「貴族の保護下にあったから見逃がされていただろうが、そういった一派にとっては目障りだからな。知られれば遠からずに……」


 ディアルドの言葉にルベリは顔色を悪くした。


「あのー、というかこれって聞いたらダメな話なんじゃないかな? 魔法が誰でも実は使えてお偉いさんはそれを隠してるって」


「まあ、知ってることがバレたらまず狙われる秘密ではある」


「ぎゃー?! なんでそんなの教えてくるんだよ!?」


「どのみちルベリは「奇跡使い」なんだから誤差のようなものだよ」


「そうかもしれないけどさ、他にもファーヴニルゥの正体とか……私って知っちゃいけないことばっかり急に知ることになってない? なんでこんなにたくさん」


「ふーはっはァ! 教えるのは偏に今後に必要だからだ。それに秘密の共有というのは仲を深めるには一番の方法だからな!」


「まあ、確かにやばすぎて離れようって気にはならなくなったよ。どのみち、離れたところで今の状況は私にとって詰んでるし……それでどういう意味があるんだよ、兄貴」


 ディアルドの高笑いの様子を見ながらルベリは不貞腐れたように尋ねることにした。



「うむ、重要なのは世間一般的には「体系魔法を使えるのは貴族、ないしは貴族の血が流れているものに限る」という前提で成り立っているということだ。これこそが王国における常識、そこまではわかるな?」


「それはわかってるけど具体的に私に何をしろっていうのさ」


「一先ずはそうだな――これを覚えて貰う」



 そう言ってディアルドが取り出したの旧ヒルムガルド跡地で見つけた装丁のしっかりとした一冊の古本だった。

 瓦礫の中に埋もれていたというのにそれを感じさせないほどに不思議と損傷は酷くなく、心得のあるものが見れば背表紙に描かれている紋様に一定の規則性があることも察することが出来るだろう。




「さあ……勉強の時間だ。時間が無いから詰め込み教育になるが、せめて一つは習得してもらうことになる」



                   ◆




「あれは――だね?」



 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが元の遺骸の姿へと戻り、改めて討伐されたことが衆目の目にさらされ沸き立つ中、エリザベスはそうディアルドたちへと問いかけた。

 また復活しないように「浄化」という処理を行っている最中もずっと気になっていたのだろう、こちらに爛々とした視線を向けながら処理が終わったと思ったらすぐ様に駆け寄ってきたのだ。


 その目は知的好奇心に満ち満ちていた。


「ほう? 流石に詳しいな。確かに魔導協会ネフレインの人間なら知っていてもおかしくはないがまさか一目でわかるとは……」


「王国に残っていた数少ない古式魔法体系の一つだからね。学生の頃、論文を作る際に調べたことがあるんだよ」


 古式魔法。

 それはセレスタイト式の魔法以外で源流が王国建国以前まで遡る魔法体系のことを指す。


 大魔導士たるセレスタイトは王国建国の際に、無数に存在していた魔法体系の内48の魔法体系を一つの魔法体系として編纂して新たな一つの体系にまとめ上げた――それが今の魔法、セレスタイト式魔法。

 古式魔法とはその編纂から外れ、細々と一部の人間の間で紡がれていた魔法体系のことだ。


 今の時代、王国内では古式魔法なんてものは少なくなって久しいがその数少ない一つとして知られていたのが……イーゼルの魔法。



「使える人も居なくなり、ただの記録だけの存在になっていたと思っていたんだけど……一体どういうことなんだい? イーゼルの魔法を伝えていたベルリの人間は全員死んだと思っていたのだけど」



 とエリザベスは語った。

 彼女の疑問は当然だった、イーゼルの魔法はまた一つ消え去った古式魔法として有名だった。

 何故ならそれを代々受け継いでいたベルリ家は黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの襲撃を受けて皆殺しにされてしまったからだ。


 ディアルドは思う。


(――実に都合が良かった)


 だからこそ、こんな詐術だって通すことが出来る。




「そんなのは簡単だ。……それが真実だったということだ」

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