第三十話:黒骸龍事件・Ⅴ


 無理だ、と思った。

 無茶ぶりにもほどがあった。


 ただちょっと特別な魔法があるだけの私がそんなこと……。

 でも、出来ないとは言えなかった。


 そう言ったのがロナウドたちならばただの嫌がらせだと思っただろうが――




「あー、もうー! わかったよ! 失敗したら承知しないからな!!」





                  ◆



 押されている、と自覚があった。


 弱気になっているわけではない。

 魔導士にとって重要なのは冷静な分析力、エリザベスはそう考えている。


 だからこそ感情を排し、努めて冷静さを保ち戦力を分析した結果――エリザベス・ワーベライトは黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンというモンスターに劣勢に立たされていると評価したのだ。


(これが討伐難度350超えのモンスターっ! 甘く見ていたわけでないけど……)


 予想をはるかに上回る強さ。

 強大なモンスターの攻撃力、それ自体も凄まじいが最も注目するべき点はその硬質な肉体だ。

 まるで鉱石を思わせる冷たい輝きを帯びた外皮は、先ほどから牽制に放っている白き光弾の魔法がまるで意に介していない。


(アンデットモンスターに光属性の魔法が効くのは間違いない。けどここまで効いてないのは単純に火力の問題……かな?)


 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンからあふれ出る魔力で威力減衰しているので弱点属性というのに対してダメージを与えてられないのだ。

 エリザベスはそう分析した。


(流石にドラゴンの名を持つモンスターってところかな?)


 ならば対処法は難しくはない。

 今はなっている光弾の魔法よりも威力の高い光属性の魔法を使えばいいだけのことだ。

 元から牽制のつもりで撃っていた魔法であり、それ以上の魔法もエリザベスは持っている……だが、



「ぐるぎゃぉおおおおっ!!」


「――≪白百合の盾よリリィ・クロウ≫――」



 これが厄介であった。

 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの炎のブレス、威力もそうだが広範囲に広がる性質があるせいでエリザベスは防御に回らざるを得ない。


 光属性の上級防護魔法である≪白百合の盾よリリィ・クロウ≫、絶大な防御力を誇る光の盾は完全に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの炎を防ぎきる、防ぎきるのだが――


(っ! これじゃあ、反撃が出来ない……っ!)


 魔法の上位下位とは情報量の差によって決まる。

 強力な魔法は強力であればあるほど必要な魔法文字の量や組み合わせが難解になり、その分発動が難しくなるという性質があった。


 無論、若くして王位キャッスルにまで上り詰めた才媛であるエリザベスにとっては誤差レベルの手間であったが手間であることは変わらない。

 攻撃のための上級魔法を構築しつつ防御のための上級魔法も用意する……というのはそう簡単なことではないのだ。


(……せめて前衛がいてくれればな。魔導士というのはこういう戦いには向いてないんだ)


 原則的な魔導士の戦い方というのは固定砲台だ。

 強力な魔法を組み上げて遠距離から薙ぎ払う、それが基本的な戦いといっていい。

 集団で戦う際は周りが盾となって魔導士を守ったり、前衛が仕掛けることで注意を逸らしたりととにかく足を止め、魔法を組み上げ、放つ――というスタイル。


(A級冒険者たちの生き残りも私の援護をしようと攻撃を仕掛けてはいるけど……)


 この場において自らに被害を与えられる存在がエリザベスであるだけというのは、彼女が放ち黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの身体に痛々しく刻まれた傷跡が証明している。

 だからこそなのだろう黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンは他の得物などに目もくれずエリザベスのみを攻撃してくる。



 そのせいで彼女は防御を固めるしかなく、攻撃に転じる余裕がないのだ。



 魔導士には火力も堅牢さもあっても――機動力というのが足りない。


「っ、このまま……だと、まずいっ……ねっ!」


 せめて少しでも助けがあればそう思っていた時だった。

 エリザベスに目を向けていた黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンは弾かれたように別の方向に首を向け――その瞬間、跳ね飛ばされて揺らされた。



「やっぱり、この剣じゃこんなもんか……」


「ぐるるるっ!!?」


「まあ、いいか。マスターも見ているし遊んでやるよ、蜥蜴くん」



 それはまるで流星のように。

 白銀の軌跡を残し、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの周囲を飛び回り、ファーヴニルゥは手に持つ細身の剣から銀閃を煌くように放った。



「アレはファーヴニルゥくん!?」


「ふーはっはァ! 助っ人登場である。しかも、この天才である俺様だぞ? 感謝するがいい!」


「ディー……君たちか助かったよ。てっきりもう逃げだしたのかと」


「ふははっ! それは酷いな、ちょっと隠れて様子見をして対応を考えていただけだ!」


「うん、十分酷いね。それよりも教えて欲しいのはファーヴニルゥくんが使っている魔法のことなんだけどさ、セレスタイト式魔法じゃない以上既存な概念に当てはめるのもどうかと思うと最初私はただの加速系魔法あるいは肉体強化魔法の一種だと思っていたんだよね中々にマイナーな系統の魔法を使うものだと思っていたんだけどあれって明らかに飛んでるよねもしかしてあれは散逸したとされる飛行魔法の一種のなのかな絶対そうだよねその点に関して詳しく――」


「ちょっと黙れ。この状況でそこかよと流石の俺様もちょっと引く」


「ふみゅ」


 オタク特有の早口とでも言うべきか爛々と目を輝かせ怒涛の勢いで喋り始めたエリザベス、ディアルドはうんざりした顔で鼻をつまんで黙らせる。


「失礼する」


「うわっ、ちょっ!? ちょっとなにを……!?」


「失礼するといった!」


「あらかじめ言えばいいってもんじゃないからね!?」


 それと同時に彼女を抱き抱えると同時に

 その下を飛び回るファーヴニルゥを叩き落そうとダイナミックに振り回されていた黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの尾が通り過ぎて行った。


「こ、ここここれって――まさか!」


 ディアルドと抱き替えられたエリザベスは尾が通り過ぎた後も地面に落ちることはなかった。

 それどころかファーヴニルゥを追いかけ回す黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの攻撃の余波を避けるように空中をスイスイと。


「ああ、ファーヴニルゥの術式を参考にセレスタイト式に組みなおした飛行術式だ」


「ディー」


「なんだ?」


「結婚しよう」


「趣味じゃないからヤダ」


 ディアルドの飛行魔法に余程の衝撃を受けたのか求婚してきたエリザベスを一言で切って捨てて話を続ける。


「そんなことはどうでもいい。とりあえず、この事態を収拾する方が先だ。俺様たちが力を貸してやろう」


「……いや、今のはとち狂った私が悪いがそんな速攻で切り捨てられるのはちょっと。……まあ、確かにそんなことを考えている場合でもないのも確か。ありがたいよ」


 このままディアルドには自身を抱えて貰い回避に専念してもらえばエリザベスは攻撃魔法の構築に専念できる。


(ファーヴニルゥくんもいい感じで陽動の役割を果たしているみたいだし……)


 そんなことを考えてとふと気づいた。


「なんか黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン、ファーヴニルゥくんを異様に敵視してないか? こっちを全然見なくなったというか」


「生前の記憶だろうな……。――まあ、あれだ! それほどの我が従者は可憐であるのだろうさ! ふははっ、モンスターの目すら奪うとは流石は俺様の美しき従者よ!」


「……そういう問題なのかな?」


「それよりも魔法の用意を頼む」


「わかってる。けど、正直あれほどの強大なモンスター……私の魔法なら削れるとは思うけど」


 倒すに至る自信はない、そう言いたげにエリザベスは呟いた。

 それは恐らくは事実だ。

 天才であるディアルドとしても黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンに効く魔法は使えても、殺しきれるほどに使えるかと言われると自信がなかったものだ。



「問題ない、俺様が手伝う。≪裁きの一撃ホーリー・アレスト≫は使えるな?」


「何故、それを……」


「術式構成からして収めていないとは思い辛い、と考えた」


「確かに使えるけど、それがどうかした?」


「そいつを使え、俺様が補助してやろう」


「補助って……いや、魔法の選択肢としても間違っていないか」


 ディアルドの言動に色々と疑問が浮かんだのだろうが一先ず後回しにすることにしたのか、エリザベスは言われたとおりに術式を魔法陣として描き、≪裁きの一撃ホーリー・アレスト≫の準備を整えた。


 美しい白き光の円の中に彩るように並ぶ無数の魔法文字、エリザベスの創り上げた≪裁きの一撃ホーリー・アレスト≫の魔法陣。

 ディアルドは片手で器用に彼女のことを支えると自由になった片手でその魔法陣へ触れた。



 ――『調律』『二重』『共振』



「な――っ!? !? まさか私の魔法術式に手を加えて……っ!? いや、崩れていないということは成り立って……っ!!?」


「撃て、ワーベライト」


「~~~っ!! ああ、もう!! 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの件は最悪だったけど、こっちに来たの本当に最高だ!」


 勝手に手を加えられて変容した魔法術式、魔法陣。

 だが、彼女にはそれがきちんと成り立っている魔法だと感覚的に理解できた。

 だからこそ、エリザベスは叫ぶと同時に魔法を解き放った。




 ≪裁きの二重奏ホーリー・アレスト・デュオ




 エリザベスの放った純白の極光は黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの腹部を貫いた。

 あれほどに堅牢であった肉体をいとも簡単に。


「やったか?!」


「いや、まだだ……」



 ディアルドはエリザベスの声に応えつつ――そして、告げた。



「――だが、もう終わりだ」



 巨大な身体を持つが故のタフネス。

 大きなダメージであったのは間違いないがそれでもまだまだ戦えるのだろう、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンは体勢をやや崩したもののすぐに立て直し、ファーヴニルゥから敵意を移し、ディアルドたちへと目掛けて攻撃をしようとし、




「≪我は厳かに誓わん、我の光は全てを癒し、全てをあるべき姿、あるべき元へと返すであろう≫」




 凛とした声が響いた。

 その声の主は赤髪の少女ルベリ、彼女の周囲には無数の魔法陣が展開されていく。



「あれはまさか例の「奇跡」――いや、違う。あれは……」


 その光景を見てエリザベスは一瞬そう思いかけるも違うことに気付いた。


 アレは魔法だ。

 


 整然と描かれている幾何学模様の魔法陣、

 規則性のある魔法文字の羅列、

 だがそれはエリザベスの見知った魔法の術式ではなく、


「あれはまさかの――」


 彼女が言い切る前にルベリの奇跡の魔法は完成する。






「――≪回帰の光オルトロ≫――」





 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン


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