第二十九話:黒骸龍事件・Ⅳ



「はっ? えっ、なっ……!」



 巨大な影が動き、無造作に放たれた尾の一撃。

 それによって周囲に居た冒険者たちは紙のように吹き飛ばされた。


 風圧で飛ばされたものはまだマシだ。

 だが、横薙ぎに振るわれた巨大な尾を受けた者たちは情け容赦なくその命を散らした。


「ひィ……ぁ、ぁぁ……っ!」


 更にダメ押しとばかりに放たれた黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの赤き炎のブレス、それは突然の出来事に反応が出来ずにいた多くの冒険者たちをそのまま呑み込もうとし――





「――≪白百合の盾よリリィ・クロウ≫――」




 その一撃はエリザベスの魔法障壁によって遮られた。

 神聖な白き光の盾とブレスの紅き炎がせめぎあい幻想的な輝きを放っていた。



「まさかこんなに早く目覚めるとは……いや、それとも……まあ、今はいいか。まずは復活した黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンをどうにかしないと」


「わ、ワーベライト様! こ、こここれは一体っ!?」


「見ての通りだよ、最悪。さっさと君たちは逃げなー? 居ても邪魔だし、私としてもこんな相手ともなると君たちに気を使って戦うのは難しい。それなら一人で戦った方がマシ」



「ぐるぉおおおっ!!!」


「まっ、最もあっちは大人しく見逃してくれそうもないけどね」



 そんな風に苦笑しながらも悠然と黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンと対峙する白き女魔導士。

 その様子を遠目に見守りながら、



「あ、あああ、兄貴っ……これって!?」


「ふーはっはァ! ちょっとした結界魔法だ。結界内の存在を意識されないようにすることが出来るわけだ」


「ああ、だからこっちに目をやらないのかやっぱり魔導士ってすごいんだな……。いや、それよりもこの状況どうするんだよ」


「マスター?」


「……どうしようか?」



 本当に困惑した声でディアルドは答えた。


「兄貴!?」


「いや、だってだな……流石に復活するなんて想定もしてなかったのだ。如何に天才である俺様とはいえ、冒険者になったのはつい最近だからなぁ」


 正直、ディアルドとしてもモンスターのことに関して知識が豊富というわけではない、なので完全に想定外の事態だった。

 困惑しつつも咄嗟に結界を張ってちゃっかりと自分たちだけ安全地帯に引きこもり、さてどうしようかと身の振り方を考えているのが今の現状だった。


「うむむ、上手くいっていたというのにこんな事態になるとは。運がない……いや、違うなワーベライトの奴が行おうとしていた「浄化」なる措置が間に合っていればこんな事態にはならなかったのだ、つまりは変に刺激するようなことをしたサンシタ達が悪い。そういえばあいつらはどうした?」


「彼らならどさくさに紛れて逃げ出したよ。黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンが動き出して皆があっけを取られている間に全力で」


「うわー、なんというか逃げ足だけは早い。――っち、命拾いしやがったか」


「ふーはっはァ! ある意味、称賛するべき行動力だな。咄嗟に動けなかった冒険者たちは無防備に攻撃を喰らって即死しているのを見ると、そういった意味では上であると認めざるを得ないな」


「A級の冒険者たちは流石に対応はしたみたいだけど……他はね。相当な重軽傷者が出ているようだよマスター」


 ファーヴニルゥの言葉通り、結界の向こう側では地獄絵図が広がっていた。

 復活した黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの荒れ狂う攻撃、それを魔法を駆使してエリザベスが押しとどめようとしているが形勢で見ると押されている。

 A級冒険者たちもフォローに回ろうとしているが明らかに敵として認識されていない。


 それほどに力の差があった。

 このまま戦闘が続けばエリザベス以外は全員死ぬ……いやエリザベスとて余裕があるようには見えないので全滅は十分にあり得る未来に見えた。



「で、どうするのマスター? また僕が殺してこようか? 次は念入りに肉片も残さずに滅却すれば……」


「いや、別にそこまでしなくていいだろう。ワーベライトが何とかできるみたいだし。問題はそこじゃなくてだな」


(ファーヴニルゥに任せれば確かに殺せる。あの時とて一撃だったのだから大した手間ではないはずだ)


 復活し暴れまわる黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの様子を見ながらもディアルドたちが余裕を持っているのはファーヴニルゥの存在が大きい。

 他の者からすれば討伐難度350を上回る凶悪なモンスターが暴れているという絶望しかない状況だが、彼女という既にあっさりと討伐した過去がある少女が居るからこそどこか他人事のように冷静でいられるのだ。


(問題があるとすればファーヴニルゥの力が公になってしまうということ。別に名声が上がるだけなら問題はないが、注目され過ぎて正体にまで感づかれる可能性は看過できない)


 長年国を脅かしていたモンスターをあっさりと討伐できる古代の生体兵器の存在。

 そんなのが知れ渡ったら良からぬことを考え動き出す団体や組織にディアルドはとても心当たりがあった。

 というか国そのものが直接に動いてくる可能性とて十分にあり得る。



(――うん、無しだな)



 だからこそ、このプランは手が無くなった時の最終手段。

 とはいえ、ディアルドとしてもこの状況を放置することは出来ない。


(サンシタ達へのやり返しとして色々と台無しにするという目的は果たせたとはいえ、このまま黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを好きに暴れさせたら今後の計画に――うん、今後の計画?)


 そこでふとディアルドは閃いた。

 元々この依頼に同行したのは二つの計画があったからだ。


 一つはロナウドたちの邪魔をする為。

 もう一つはディアルドの目的である「自らの国」を創り上げるための足掛かりのための計画。


「な、なんだよ兄貴。急にこっちを見て」


「ふむ」


「マスター命令オーダーを頼む。黒骸龍アレを殲滅せよと命じてくれれば僕は迅速にそれに応えてみせるよ」


「いや、やはりだめだ。ファーヴニルゥの力をあまり見せるわけにはいかない。特にワーベライトのような立場の人間の前ではな」


「えっ、じゃあどうするんだよアレ。そのまま放っておくのか? ワーベライト様もなんていうか押されてるように見えるし……」


「いや、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを放置はしない。ワーベライトにもしなれると不味いからな。今後のことを考えると……だから――」


 ディアルドはそこで言葉を区切り、ルベリの瞳を覗き込んだ。






「――黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンは貴様が倒すのだルベリ」


「…………へ??」






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