第二十六話:黒骸龍事件・Ⅰ
ざわざわとした喧騒が響いた。
「おいおい、マジかよ」「凄いまさか本当に……」「だってこの姿は……」
冒険者たちが口々に囁き合っているのはまるで山のような大きさのモンスターの遺骸だ。
死してなおそこらのモンスターとは一線を画す存在感を放っているそれこそが――
「ふははっ! どうだ!? 本当にあっただろう? これこそが私たちが倒した伝説のモンスターである
ロナウドのそんな大声が響いた。
「凄まじいほど調子に乗っているなサンシタ」
「凄いね、僕が倒したのに」
「うーむ、一切自分がやっていない功績をあそこまで声高に主張できるのはある意味一つの才能ではあるな」
「いや、兄貴も討伐の仕事は全部ファーヴニルゥにやらせてしれっと実際はやってないらしいじゃん……」
「討伐依頼はパーティー単位で受領している以上、パーティー単位での功績になるだけ……ファーヴニルゥの功績を奪っているわけではない! 勝手に他の者共が俺様もやっているだろうと誤解しているだけで、一度たりとも俺様がやったなどと言ったことはない! だからセーフ!」
「この開き直り……ファーヴニルゥはそれでいいのか?」
「僕はマスターの剣であり、翼だ。僕の功績は即ちマスターに帰するのは当然のことだよ」
「ふーはっはァ! よしよし、流石だな、我が宝よ。撫でてやろう!」
などと言いながらディアルドがわしゃわしゃとファーヴニルゥの頭を撫でている様子に何とも言えない顔をしながらもルベリは続けた。
「それにしても
「大したことのない蜥蜴だろう?」
「いや、死体なのに身震いするほど怖いんだけど……」
ルベリはファーヴニルゥに対して答えた。
言葉通りに事実としてその身を小刻みに震わせていた。
「あれが討伐難度350以上の怪物か……正直、350とか数値が大きすぎて現実感がわかねー」
「まあ、200を超えるモンスターの時点でちょっとした事件ではあるからな。300超えなどかくいう俺様も初めて見たものだ」
「あれをファーヴニルゥが倒したんだよな……」
「ふーはっはァ!」
「うむ、良い感じの高笑いだぞ!」
「兄貴、変なことを教えないでやろうよ」
ルベリは視線は何故か胸を張って何となくディアルドを思い出す笑い方をしたファーヴニルゥを見てげんなりとした。
ほんの数日の関係ではあるが要らぬことをこの少女に教えて込んでいることを彼女は知ることとなった。
常識を教え込むのはともかく、奇行まで教えるのはいかがなものか……とルベリは素直に思うのだが。
「?? 変なこととは?」
「??」
「あっ、いいです。はい」
すごく困惑された顔を向けられルベリは諦めた。
ファーヴニルゥはともかく、ディアルドも別に奇行の一種として認識してなかったことに驚いた。
「まあ、そこらへんいいとして。それよりもさ、それでどうするんだ? このままってわけにもいかないだろ? あのギルドから派遣されたアレグっておっさんは飛び上がらんばかりに喜んでいるし、このままロナウドに手柄ってことで確定しちゃいそうな雰囲気だぜ?」
ルベリの言った通り、ギルドを代表してついてきたアレグという男は
(まあ、ギルドからすれば事実なんてどうでもいいだろうからな)
仮にも伝説級とまで言われ、追い返すだけでも一苦労なほどのモンスターの討伐をたかがB級冒険者が三人で倒した……そんな話に違和感を持たないはずもないが、実際に遺骸があるならば真実などさほどギルドとしては問題ではない。
更に言えば主張しているのがオーガスタの地においてとても強い影響力を持つ貴族の者だ、下手に難色を示して目を付けられるよりさっさと認めてしまった方が覚えだってめでたくなるというものだ。
誰が損をするという話ではない。
多少の違和感があったとしてもロナウドが倒したということにしておいて、あとは宝の山と言ってもいい
「それもそうだな、さて仕掛けるか……いや、待て」
ディアルドは行動を開始しようとして、
「これを彼らが……なるほど、確かに話に聞いていた
「ええ、そうでしょうそうでしょうとも。流石はワーベライト様」
「ギルドに記録されている姿と同一のもの。このモンスターが
「もちろん、私たちが討伐したというのが事実である証拠――」
「本当に?」
「……えっ?」
ロナウドの困惑した声が響いた。
「兄貴、これって……」
「うむ、ちょっと予定の修正が必要ではあるな。それにしてもやはりあの女、空気が読めていないな。まあ、そういうタイプだと思ったが」
などというディアルドたちのこそこそとした会話など聞こえていないのだろう、エリザベスは純粋に不思議そうな声でロナウドたちに尋ねてきた。
「いや、単純に興味があってね?
「お、お言葉ですがねワーベライト様。信じ難かろうが事実としてこうして
「確かにそうだ。
「そうだね、確かにその通りだ」
「であるのならば――」
「でも
(――やはりこの女、根っからの貴族ではないな? ワーベライトなんて名の家、王都に居た時に聞いた時ことはなかった。そこまで名のある貴族ではないのか、あるいはどこか地方の貴族の家の出なのか)
少なくとも真っ当な貴族教育を受けているのであれば、もっとうまく立ち回ったことだろう。
ロナウドたちが
だというのにエリザベスは衆人環視の前で疑義を自らの口で言いだした。
恐らく、単純に知的好奇心として気になったから口にしたのだろうが。
(まあ、都合はいいんだが)
「な、なにを言って――」
「その話について一つ……この場を借りて申し上げたいことがあるのだがよろしいかな?」
ディアルドは予定していた作戦をすべて放り投げ、この流れに乗ることにした。
「き、貴様……っ、ディー!?」
「ふーはっはァ! よろしいか?」
いきなり前に出てきて話に割り込んできたディアルドに対し、少し驚いたような目をするも面白そうに細めエリザベスは促した。
「ディー! 貴様のような下賤なものが口を挟むなど……お前はただ私の栄光が認められるところを黙って見ていればいい! ワーベライト様、このような男の言葉など聞く価値もありません。ここは私が懲らしめますので」
「ふむ、いいよ。構わない」
「わ、ワーベライト様!?」
「私はここには国からの要請によって来ている。つまりはそれは王家、ならびに国王陛下の命で来ているということに他ならない。その判断に過ちがあってはいけないし、疑義があるならばキチンと潰してからの方が色々といいだろう? なに、事実であるならば詳しく調べたところで何の問題はない……そうじゃないかい?」
「そ、それは……そうですが」
ロナウドの不運は、エリザベスが貴族らしさのない女性であり仕事には熱心であったことだろう。
ディアルドたちには衆人環視の前で口を開く機会が与えられた。
(好都合だな)
「ルベリよ」
「大丈夫出来るさ」
そう答えた彼女の言葉を信じ、ディアルドは口を開いた。
「――恐れながら、サーンシィター家の嫡男であらせられるロナウド・サーンシィター様には……
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