第二十五話:魔法講座・Ⅱ
「なあ、あれって大丈夫だったのか?」
声を潜めるようにして聞いてきたのはルベリだった。
彼女が言っているのは先ほどのエリザベスの言っていたことだろう。
「ああ、ファーヴニルゥが使っていた魔法の術式がセレスタイト式ではないことがバレた件についてか」
「それだよ、それ。出発する時間になったから結局は深く話さなかったけど、ファーヴニルゥについてバレちゃうんじゃないのか?」
ルベリの問いかけに少しだけディアルドは考え込んだが、すぐに結論は出したようだった。
「ふははっ! まあ、問題はないだろう。流石に術式の構成を見ただけで見抜いてくるとはと思わなかったがな。中々にやるではないか、あの女……」
「術式ってあの魔法を使うときに浮かぶ魔法陣のやつ?」
「そうだ、恐らくはあの構成から系統は似てはいても別の種類の魔法であることを見抜いたのだろう」
ファーヴニルゥが使ったのは一瞬であったというのに目ざとく見抜いてくるとは流石は若くして
「いや、あるいは王国の魔法ではあんな急加速するような魔法術式がないからわかったのか? あれほどの地位の魔導士ともなれば相応に魔法を知る機会もあるだろうし……まあ、どちらにしてもこの天才である俺様が認めざるを得ない程度には有能ではあるらしいな」
「相変わらず凄い上から目線だ……。それにしても魔法陣の構成ってわかるものなのか? 全部、同じようにしか見えないんだけど」
「愚かな。魔法とは術式が全てだ。一見して似ているように見えても魔法陣を構成する魔法文字の配列、種類で発動する魔法は変化するのだ。だから、理論上は魔法陣を見れば相手が発動しようとする魔法を見抜くことだって可能なのだぞ?」
まあ、それをするには魔法陣が浮かんで魔法を撃つまでの短い間に、複雑怪奇な魔法文字の配列から読み取る作業が必要だが……。
「文章をぱっと見せられて一瞬で読み取るようなものじゃん。それって無理じゃね?」
「ふっ、まあ凡俗には不可能な行為だな。だから、ワーベライトも完全に見抜いたわけではないだろう。ただ、ファーヴニルゥの魔法術式は古代アスラのものだからな……系統的に考えれば今のセレスタイト式の魔法の源流とも言えるものだから似ている部分もあるし、じっくり見せなければ問題はないだろうと考えていたが」
エリザベスは違和感に気付いたのだろう。
「うむ、俺様的にもちょっと予想外」
「えー、じゃあ問題なんじゃ」
「予想外ではあるが……だが、まあ悪い方ではない。良くも悪くも俺様たちのことに興味を持っているのは都合がいい」
「たちって兄貴とファーヴニルゥのこと?」
「ルベリのこともだよ。あの女、ちらちらとルベリのことを観察していた。気づかなった?」
口を挟んだのはファーヴニルゥだ。
彼女の言う通り、エリザベスは魔導階級を持っていない魔導士であるディアルドと未知の魔法術式の使用者のファーヴニルゥと同じくらい興味を持った眼でルベリの方を見ていた。
その目的は当然、
「なんで私が……目をつけられるようなことなんて――あっ、もしかして」
「まあ、当然「奇跡」に関することだろうな。サンシタは別に隠しもしていなかったから詳しい内容はともかく、ルベリが奇跡使いであるのを知っているのは多いはずだ」
「うへぇ……」
「嫌な顔をするね」
「だって基本的に嫌われるだろ「奇跡」って」
「場合によるとしか言いようがないな。貴族にとって魔法というのは特別だから、その領域を犯すことになる奇跡使いの存在は嫌われるか、あるいは有用性を認めて抱き抱えるか……普通はそこら辺の事情を察してこっそり使うものなんだぞ?」
「そういうの知る前に派手に使っちゃんだから仕方ないじゃん。その後は目をつけられていたし」
「ふははっ、まあアレだ。運が悪かったなこれまでは。だが、俺様と会ったこれからは運が良くなるので帳消しというやつだ」
「相変わらず、スゲー自信」
「ともかく、だ。基本的に貴族連中からは好かれない奇跡使いだが、特別な一種の魔法の類であることには違いない。魔法の研究という意味では興味深い対象であるのも事実。ワーベライトはたぶんそっちの種類での注目であろうな」
「少なくとも嫌悪という感じではなかったね」
「そ、そうかよかった……」
「ふーはっはァ! ともかくこれで我々三人はともにワーベライトにとっては意識せざるを得ない存在として認識されたということだ。後に面倒ごとになる可能性はなくはないが……」
「……兄貴って微妙にワーベライト様のことを警戒してるよな?」
「そうか? ……そうかもしれんな。ふむ、自分では自覚はなかったが……
「
「天才である俺様が後ろめたいことなんてあるわけがないな! そうじゃなく
「えっ、凄い気になるんだけど……」
「いや、変に脅す羽目になるなと思ってな。そこら辺の話はまた今度にしよう」
ディアルドは一時的にとはいえ王都に身を寄せていた。
更に言えば古代の研究を行う部署であった遺物管理室の人間でもあった。
エリザベスも言っていたことだったが魔法の研究と古代の研究は切っても切れない関係であり、そのためそこに所属していたディアルドも魔法の研究を進める
「とにかく、今大事なのは俺様たちがワーベライトに注目されていることだ。注目されているということはそれなりに発言力も担保できるというわけだ! これは僥倖だぞ?」
「彼女って魔法中心主義というか価値基準はそこみたいだからね」
そう言った意味ではロナウドは食指が動かなかったのだろう、遠目から見ても必死に話しかけて粉をかけようとしている彼をエリザベスは社交辞令だけで受け流していた。
というか、その合間に爛々とした目でディアルドたちの方へ視線をやっている辺り、明らかに興味の優先対象はこちらなのだろう。
それを傍にいるロナウドも察しているのだろう、恨みがましい殺意交じりの視線をこちらに一瞬向けるとなんとかエリザベスの興味をひかせようと話しかけ、彼女はそれに対して更に笑顔を深めて受け流している。
「なんか空気悪そう」
「ざまぁ」
ファーヴニルゥとルベリがその光景を見てそう零した。
実際、一緒の馬車に乗っているギルドの人間の顔色も悪い、それだけギスギスした空気が広がっているのだろう。
「あの男からすれば秘密を知っているルベリが生きている。しかも、マスターと共にいるなんて落ち着かないことだろう。更にそんな僕たちにワーベライトも興味を示している」
「ふーはっはァ! 生きた心地はしないだろうな。だからこそ注意をそらそうと話しかけてはいるようだが、興味のない相手から執拗に話しかけられることほど面倒なことはない。ワーベライトの中では評価は下がる一方、というやつだ」
ロナウドが勝手に自爆しているようなもので、ディアルドとしては見ていて楽しい状況でもあった。
「さて、状況は悪くはないな。予想外に良くなったともいえる。あとは――どう立ち回るべきか」
ディアルドが頭を悩ませている間に一行は目的地へと到達した。
つまりは
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