第二十四話:魔法講座・Ⅰ



「このパン、不思議な味わいだ……特にこの白いソースみたいなもの。食べたことないなぁ」


「これは卵と酢と食用油で作った特別な調味料でな……ふふっ、我ながら古典的な異世界チートをやったものだ。――まあ、単純に味が恋しくなりすぎて作ってしまったわけだが。いやー、こうして別の人生を生き見てわかったがやはり飽食の時代だったのだなと俺様も懐かしく思ったよ。確かにこちらの世界にはこちらの世界の美食もあるがやはり多様性という意味ではあちらが上だ」


「マスターは時々、わからないことを言う。現代言葉というやつか僕も学習が足りないな」


「いや、私にも兄貴が何を言っているのかはわからないんだけど……まあ、わりといつものことだ」


「はぐはぐはぐ」


「……というか貴様、ちょっと遠慮なく食い過ぎではないか? 「一緒に食事……いいかな?」とか立場を考えればほぼパワハラのようなことをして座ってきたくせに、自分の食べるものは持ってなかったとかどういうつもりだ。天才である俺様とて――」


「あー、待って待って兄貴! この人、偉い人! 王都の偉い人なんでしょう!」


「だから何だというのだルベリ! 人の折角用意した昼食を強奪するような女に対する礼儀などはない!」


「兄貴、ワーベライト様に当たりが強くないですか!?」


「俺様はこんな自分は天才だから何をしてもいい、なんて顔をしたやつが大嫌いなんだ!」


「しまった! 鏡を忘れた! ここにはない!」


「す、すまない。美味しくてこの機会を逃したら次はないかと思ったらとつい手が止まらなくて……」


「ふむ、つまりは俺様の料理のおいしさのあまりに感動した……と? そういうことなら早く言えばいいものを――それならば仕方ない! 流石は俺様だな!」


「僕も作った!」


「混ぜただけだが……確かにそうだな! 俺様たちの合作だ! ふーはっはァ! 魔導協会ネフレインの幹部さえ虜にしてしまうとはな!」


「えぇ……機嫌が治った? 兄貴ってロナウドよりも難物かも」


「作る手間は大してない。ここに作り方を書いておこう」


「おお、ディーさん……君はいい人だ」


 ディアルドたちとエリザベスの初対面はこんな感じで始まることとなった。

 ファーヴニルゥやルベリは不意に接触してきた彼女に緊張をしてしまったが、一切いつも通りと変化がないディアルドの様子にその緊張もほぐれてしまった。


(というか兄貴が普段通り過ぎて怖い。魔導協会ネフレインの幹部なんて下手な貴族よりも権力があるって話なのに……)


 いや、別の意味ではルベリはまだ緊張しっぱなしではあったのだが……。



「――とにかく、ワーベライト様が大らかな人で良かった」


「いや、別の私もそこまで大らかというわけではないよ。ただ相手にもよるってことさ」


「……聞こえてました?」


「私は耳が良くてね」



 ぼそりっと呟いた本音をちゃんと聞かれていることにルベリは焦りつつ話を促した。


「ははは……あ、ですか」


「そうだね、私としても中身もないのに虚栄心やら自尊心だけが肥大化したような態度をされれば……むっ、とすることもあるさ。でも、君は違う……ディー」


「それは当然だろうな俺様は真実天才であるが故」


「そうだ、だって僕のマスターだし」


「二人は一旦黙ろう」


「君のさっきの魔法――≪火焔矢フレイム・アロー≫は素晴らしかった」


「ふははっ、たかが下級魔法だが?」


「おや、試すのかい? 確かに≪火焔矢フレイム・アロー≫自体は下級魔法。それをただ飛ばすだけでは……ね。だが、君の≪火焔矢フレイム・アロー≫は五つ同時に発射され、複数の敵を同時に捕捉追跡して撃ちぬいた。こうなってくるとそれはもう別の魔法とも言っていい」


「えっと……?」


「魔法において重要なのは魔法を使う際には発生する魔法陣なんだ。それらは特殊な魔法文字によって構成されている。ざっくり説明するとなると、例えば≪火焔矢フレイム・アロー≫の魔法を使おうとすると、その時に作られる魔法陣の術式には魔法文字で「炎を発生させ、矢のような状態に成形、そして真っすぐに持ち出す」と書かれているわけだ」


「それが本来の意味での≪火焔矢フレイム・アロー≫という魔法の術式」


「その通り、そして先ほどのディーさんが使った≪火焔矢フレイム・アロー≫は、一本一本は間違いなく≪火焔矢フレイム・アロー≫だったが本来の術式には書かれていない挙動……五本同時に作ったこと、真っすぐではなく相手を追いかけるような軌道を描いたこと、そして一つの敵に群がらずそれぞれ別に敵に着弾したことなどが起こった。――これほどの情報量の魔法を下級魔法で誤魔化すのは無理があるね」


 情報量、つまりは魔法に組み込むプログラムの量が多ければ多いほど、複雑であれば複雑であるほど魔法は上級であるとされている。


「それに私もセレスタイト式の魔法については詳しいけど、さっきの魔法は知らない……。となると自分の手で術式をいじった魔法ということになる。元が下級魔法とはいえ、そんなことが出来るってことはつまりはよほど腕のいい魔導士である証拠というわけだ。――そして私は優秀な魔導士を好む。だから態度は気にならないってこと」


 エリザベスはそう締めくくった。


「ふーはっはァ! バレてしまっては仕方ないな、俺様の有り余る天才さというのは隠しきれなかったか……罪な男だ」


「私としては君ぐらいの魔導士が無名というのが気になるな。魔導階級も持っていないとか?」


「どこでそれを?」


「職員の人が喋ってくれたよ」


「相手が相手とはいえ、個人情報の取り扱いには留意をして欲しいものだが……それで?」


「私の見立てだと色位カラー以上の魔導士であるのは疑う余地がない。何故、魔導階級を持っていないかは知らないけど推薦してあげてもいいよ? 色々と便利なのは知っていると思うけど、どうかな?」


「そうだな……今のところは必要ない。謹んで辞退しておこう」


魔導協会ネフレインの下につくのが嫌な感じ? それとも……身元を登録されて困る立場とか?」


「姓を名乗れず冒険者をやっている魔導士の身の上なんて知ろうとするものじゃないと思うのだがな淑女であるならば。それよりも用事があったんじゃなかったのか?」


「おっと、すまない。確かにそうだった。キミみたいなちゃんとした魔導士を見るのは久しぶりでつい……折り入って話があるというのはだね――」


 そう言ってエリザベスは口を開いた。


「遺跡に関する話……ねぇ」


 話をまとめると彼女は一帯に点在する遺跡に関することを知りたいらしい。

 そこでギルドの職員に尋ねるとディアルドたちを紹介された、と。


(急に向こうから話しかけてきたから何事かと思ったらそういうことか。この状況、運が良かったとみるべきか不運だったとみるべきか)


 どのみち、一度は偶然でも装って接触して人柄、考え方等についてディアルドとしては調べたいと思っていた。

 エリザベスの判断しだいで色々と立ち回りも変わるのだからそれも当然であろう。

 そう言った意味では向こうから接触しに来てくれたのは僥倖ではあった。


「ふむふむ、なるほどそのフレイズマル遺跡というのはあの古代アスラ文明の……ああ、私としても魔法学の基礎としての知識はあるが――」


 ただ不幸な点もあった、うっかりとディアルドの魔法を見られて力量を見抜かれたのは確かな誤算だ。

 王都から来た彼女に個人的にはあまり注目されたくはないのでこれに関しては失態。

 エリザベスの魔法に対する見識の深さが見誤った。


(まあ、それはそれで一つ情報ではある。エリザベス・ワーベライトは研究者気質の魔導士だな、確実に)


 大まかに魔導士には二種類いる。

 魔法を単なる力、道具として使っているタイプの魔導士と魔法の探求を目的としたタイプの魔導士。


 基本的に大部分は前者で普通は魔法というのは手段でしかない。

 後者はその逆で魔法自体が目的、だからこそ≪火焔矢フレイム・アロー≫のことにも気づけたのだろう。


(こういったタイプはいわゆる魔法オタクだからな。それ以外のことにはあまり興味を示さない。となると政治的なことに関しては距離を置いているはず、ワーベライト個人からすればそこまでサンシタらに味方する理由もない、か?)


 その見立てが正しければディアルドたちにとっては都合はいい。

 それがわかっただけでも得るものがあったとみるべきだろうが……。



「それにしても古代アスラ文明……か。今の魔法の源流とも言うべき超魔法文明が栄えた時代の遺跡。――もしかして、なんだけど使もそれに準ずるものなのかな」



 そういってエリザベスはお昼を食べ終えて風車をくるくる回しているファーヴニルゥを見た。



「ほう? どういう意味か」


「彼女の魔法は構成こそ似ている部分はあるけど、よね? 彼女は……何者なのかな?」


(ふむ……これは面倒なことになったぞ?)




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