第二十三話:ある白魔導士の退屈
「≪
朝早くにオーガスタを出立してしばらく進み、日も高くなってきたということなので山の中腹の開けた場所でしばしの休憩を取ることになった一行は辺りのモンスターの掃討を開始した。
これだけの人が隊列を作って進むとなるとどうしたってモンスターたちを刺激してしまうので適当に追い散らすことで一時の間の安全を確保するためだ。
要するにその場しのぎなので今回の主賓といってもいいロナウドが動く必要などなく、他に大勢いる冒険者で事足りる程度のことだったのだが……それでは勿体ぶった口ぶりで喋りながら前に出ると水の刃を乱射して使いモンスターたちを追い散らした。
その手慣れた手つきで発動する魔法の鮮やかさに見ていた冒険者たちはどよめきの声を上げた。
(……下級魔法とはいえ、発動自体は凄くスムーズ。そこそこの練度はありそうだけど――まあ、良くも悪くも
ちらちらとこちらに視線を投げてよこすロナウドに対し、エリザベスは笑みを返しながらも冷静に魔導士としての力量をおおよそ見切り終え――ここに来たことを後悔し始めていた。
(
本来であればここには別の人間が派遣されるはずだった。
そこを割り込むように立候補し奪い取ったのがエリザベスだった。
(今のごたごたしている王都よりかはましだとは思ったんだけどな。
正直なところ、エリザベスはこの報告を受けた時、話の信憑性は高くないと思っていた。
話が話なので確かめないわけにもいかないが、それは
討伐難度300を超えるモンスターや魔物は正しく怪物なのだ。
それが地方貴族の精々
そんなに簡単に倒せるなら中央の王都の精兵や
(一先ず、ロナウド・サーンシィターの実力は魔導階級通りと見て良い。地方育ちで
ロナウドの魔導士としての才能は悪くはない。
悪くはない、がそこ止まりで
(となると
エリザベスが見るに後ろ暗いことはありそうではあったが、全てが嘘というにはどこか余裕があった。
彼女に取り入ろうと話しかけてきたロナウドからの態度からそれは見て取れた。
(完全に法螺ならここまで話が大きくなった時点で焦っていてもおかしくはない。なのにそれが無いってことは――変な話だ)
噓がばれてしまう、と焦るのが普通だ。
それなのにそれが無いということは……。
「いや、やめておこう。どうせすぐにわかることだ」
「どうされましたかワーベライト様。そうだ、一緒の紅茶でも――」
「いえ、結構。こうした機会もないのでオーガスタの冒険者の皆々様方のこともよく知りたい。少し席を外すとしよう。ごゆっくりどうぞ」
エリザベスは思考を打ち切ると徐に立ち上がり歩き始めた。
ロナルドの席を一緒にと誘う言葉は笑顔で断ち切った。
彼女としては既に彼から得られるめぼしいものはないと判断したからだ。
(本当に討伐難度350を超えるモンスターを討伐できるほどの魔導士の存在……信じてみたかったのだけど。魔法の研究の一環にもなっただろうし)
だが、その可能性は薄そうであった。
エリザベスがわざわざオーガスタにまで来た理由のうちの一つが潰れてしまった。
(となるとせめて
強大なモンスターの素材は魔法薬やマジックアイテムの材料になるのだ、それらは魔法研究にもとても役に立つし新たな発見にも繋がるかもしれない。
こちらの方は期待したいところだ。
(まあ、そっちの方も少し怪しい空気が流れているけど……こんなところまで来て両方無駄足だった、なんてのは勘弁してほしいな。それなら王都のごたごたの中で部屋に籠って研究を続けた方がマシだった)
徒労に終わるのは勘弁だ、などと思いながらふとエリザベスは思い出した。
(確かオーガスタから東の一帯はまだまだ開拓が進んでなくて遺跡の多く残っていると聞いたな。せめて帰る前にそこら辺を調べてみようかな? 専門ではないけど古代文明研究は魔法研究に密接に絡んでいるわけだし)
そう決めるとエリザベスはちょうど近くにいた一緒についてきたギルドの関係者に一声かけた。
「失礼。この辺りの遺跡に関して詳しい人っているかい?」
■
「≪
ディアルドの言葉と共に放たれた炎の五つの矢は不規則な軌道を描きながらも、それぞれ狙い違わずに
マズイと思ったのかすぐさま逃げ出そうとする個体も居たが、
「ん、遅い」
風のように回り込んでいたファーヴニルゥ。
その腰に下げられていた剣が引き抜かれ美しい銀閃が走ったかと思うとボトリとその
「おおっ、流石だなディー! いつも大口を叩くだけのことはある!」
「確かにな従者の騎士様もよぉ!」
「大口ではなく、ただの事実ということが分かったか? 何故なら俺様は天才であり、天才である俺様の従者であるファーヴニルゥも当然の如く優秀! それは必然! わかったか?」
「いやー、ディーが強いのは知っていたが嬢ちゃんの方もこうしてみると何ともまあ……」
「ああ、本当に見た目だけで育てていたわけじゃないんだな」
「おい、その噂まだ残っていたのか? 心の深い俺様でも限度はあるからな? 誰が光源氏ってるだ! 不名誉にもほどがあるだろう」
「いや、何を言っているからわからねぇよ。いつものことだが」
「とにかくわかったぜ、容姿だけじゃなく実力を加味して育てているってわけか」
「待て、それでは根本的なことが変わっていない。俺様がファーヴニルゥをそういった意味で育てているという根も葉もない噂をだな……」
「でも、むっちゃ金をかけてるってはないだし」
「色々と買い与えているとか」
「それに最近増えたとかなんとか――」
「ただの俺様の従者として最低限の品格を保つための必要手当だ! 凡俗どもめ!」
昼時の休憩の時間、三人で食事をしている最中に
ファーヴニルゥだけでも良かったのだが、偶には魔法を使わないと鈍るとディアルドも動いた結果がこれである。
「……俺様の噂って結構広がってるのか」
「えっ? いやー、どうかなー? 兄貴が幼い少女とかが趣味とか聞いたことは私は別に……というかそういうの気にしたり?」
「そもそも、そういう噂というのは当人のところまで流れないものだろう。それに俺様はそういった自らに対する風評は聞き流すことにしていたからな、天才たるもの妬み嫉みなど日常茶飯事でいちいち気にしていたらキリがない!」
「ならそのー……今回のも気にしない方向で、ってのは?」
「……それもそうだな。それにしても、うーむ何故噂が消えないんだ? 最初は面白おかしく流されたとしても次第に消えると思っていたのだが」
(兄貴って微妙にずれてるよな……)
ディアルドの元に行くことを決め、ルベリが最初にさせられたことと言えば――
風呂に放り込まれ、
新しい服を買い与えられ、
腹いっぱいに食事をさせられたことだったのだからそのズレっぷりもわかるというものだ。
恐らくファーヴニルゥに対しても同じような感じだったのだろう、決して際立って高級品というわけではないが明らかに質のいい服やら化粧品やらを買い与えるところを見られればそうも思われる。
というか買い与えられたルベリだって正直そういうことも含めてなのかと疑ったぐらいだ。
まあ、一緒に生活した二日間で全くと言っていいほどのその気はないことはわかったって警戒心を解いて「兄貴」などと呼ぶようになったわけだが。
「いやー、それにしても凄かったな兄貴。ファーヴニルゥは……まあ、一度見たから強いのはわかってたけど――あれ、正直トラウマものだからな?」
「俺様の言葉を疑うからだ」
「……あんなのそうですかって受け入れられるわけないじゃん」
ルベリが言っているのはファーヴニルゥの正体について教えられた時のことだ。
ディアルドの説明に対して当然のように疑った彼女であったが、一刻もしない内にお気に入りの風車のおもちゃを取り出して遊んでいる少女が子供の姿をしたドラゴンのような存在であることを思い知らされた。
「だが、事実であっただろう? 天才である俺様がくだらない嘘などつくか!」
「今から凄いペテンをしようって人とは思えないお人の言葉だね」
「それはそれ、これはこれだ! 詐術は立派な武器であり使うことを厭う俺様ではない。だが、俺様のモノに対してくだらん嘘をつく必要がどこにあるというのだ?」
「……そっか」
平然と返されてしまった言葉に対しルベリは少しだけ居心地が悪くなり話題を変えることにした。
「それはまあ、おいて置くとしてだ。やっぱり凄いな兄貴は」
「なんだ、疑っていたのか?」
「いやー、疑ってたってわけじゃないけどちゃんと見るのは初めてだからさ。あれだけあっさりとモンスターを倒せるなんて兄貴は凄い魔導士――」
「ええ、良い魔法を見せてもらったよ」
ルベリの言葉に合わせるように澄んだ女性の声が響いた。
振り向くとそこには若草色の髪のロープ姿の女性、
「貴方がフレイズマル遺跡に最近赴いて帰ってきたという冒険者のディー……でいいかな? 少し話を聞きたくてね、一緒に食事……いいかな?」
エリザベス・ワーベライトが何故かそこに居た。
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