第二十七話:黒骸龍事件・Ⅱ
「き、きき貴様ぁ! な、ななにを……っ!」
あまりにもストレートなディアルドの言動にロナウドとそのお供は顔色を変え、がなり立てるように吠えた。
色んな意味で強い言葉に辺りで様子を伺っていた冒険者たちも顔色を変えた。
「王家への詐欺なんて……」「いや、確かにもし仮に。もし仮にだぞ? ロナウド様がしたのだとしたらそういうことに」「もしかして俺たちもまずいことになるのか?」「王家への詐欺となると……」
とはいえ、声を上げたところでサーンシィター家に睨まれるだけ、逆に大人しく従っていればお零れに預かれるかもしれないなどと考えていた冒険者たちだったが、ディアルドの言葉に冷や水をかけられたようにこそこそと話し出した。
(ふーはっはァ! 王家への反逆行為といっても過言でもない行い、それに加担してしまうかもしれないという事実を突きつけるだけこの通り……)
生業としてモンスターと戦っている冒険者だからこそ、
対してロナウドたちは良くも悪くもそこそこ優秀な冒険者パーティー止まりでしかない、彼らの後ろにサーンシィター家というバックがあったからこそ大事にはなったもの……。
(仮にサンシタたちがただの冒険者だったらただの法螺吹きだと一顧だにもされなかっただろう。実力で以て信じさせる、「もしかしたら本当に……」などと思わせるだけの力はやつらにない)
ロナウドが貴族という権力であったから迂闊に否定も出来ないので話が大きくなっただけなのだ。
(だからこそ、それ以上の権力をぶつければ……ほら、この通り)
元々、内心ではそこまで信じられていなかったのがあっさりと露呈するかのように周りの冒険者たちの雰囲気が変わった。
それをロナウドたちも察したのだろう、声を荒げるようにディアルドへ話しかけてきた。
「き、きき貴様ぁ! この私が恐れ多くも王家への詐欺などと……っ! サーンシィター家の謂れなき中傷! 侮辱! 許してはおけん! ここで成敗してやろう! オルレウス、剣を取れ!」
「お、おう!」
「エレオロールもだ! 公然とサーンシィター家の名誉を傷つけたのだ! もはや、許しを与える必要すらない。ディーのみならずその仲間も当然、処罰の対象で三人とも大人しく――」
マズイ、とは思ったのだろう。
ディアルドが自らの少し後ろに待機させているルベリを見ながらロナウドはお付きの二人に指示を飛ばすと自身も杖を取り出した。
一触即発の空気が流れる。
と、そのタイミングで一つの影が両者の合間に割って入った。
「まあ、待ちたまえ」
「わ、ワーベライト様!? お退きください! 私にはその男たちを誅する義務があるのです」
「確かに証拠も何もなしに詐欺師だと、しかも王家に対する不忠の輩だと面罵されれば殺されたって仕方ない。それだけの侮辱だ」
「その通りです! ですから……っ!」
「でも、私は彼の言い分をすべて聞いていない。先ほども言った通り、私も国の要請を受けてきた身だ。事態を可能な限り、精査した上で判断する立場にある。疑義が示された以上、その言い分を聞く義務があるんだ。その上で彼に非があると判断した場合は私の関与するべきことじゃないが――」
公衆の面前で貴族を犯罪者であると告発したのだ、理がないと判断されれば殺されたって当然の行為、であるからこそ逆説的にここまで堂々と言ってくるのにはそれなりの理由があるのではないかとエリザベスは推察した。
「――それなりの根拠はあるんだろう? 聞きたいな」
「ふーはっはァ! 勿論である!」
エリザベスが聞く体勢に入ったことでディアルドは高笑いをし、ロナウドは唇をかんだ。
この場において最も立場が高い人間がそれを許した以上、彼にはどうすることも出来なくなってしまう。
「……ぐっ、このっ! ディー、めぇ!」
怨嗟の声を聞き流しながらエリザベスはディアルドへと話しかけた。
「さて、話を進めるとして……前提として、君が主張したい事柄というのを簡潔に述べてくれたまえ。ロナウド・サーンシィターらが何を以て王家への詐欺行為をしようとしているのか。それを明瞭に頼むよ」
「ふーはっはァ! そうだな……俺様が主張するのは「彼らが
「ほー、中々に興味深い話だね」
「まず、この話の根拠の一つとしてはそもそも討伐難度350を超えるようなモンスターを果たして経った三人で、しかもただのB級冒険者だけで倒したのかという根本的なものだ」
「そうだ! ただのB級冒険者が三人で倒せる相手じゃないぞ」
「そもそも帰って来た時は傷の一つもなかったという話じゃないか!」
ディアルドの言葉に追従の言葉を飛ばしてきたのはロナウドと諍いになっていたA級冒険者パーティーの男二人だった。
ロナウドらからあからさまに侮蔑の態度を取られていたこともあって敵意があったのだろう。
そんな彼らの言葉を皮切りに他の冒険者たちもひそひそと呟き始めた。
「確かにB級冒険者が三人で……ってのはあまりにも」
「ロナウド様が魔導士ってのはあるから可能性としてはなくはないんじゃないか? 魔法についてあまり詳しくはないけどさ」
「いや、俺は家が没落して冒険者をやっている奴を知ってるが魔導士と言ってもピンキリって話だ。そりゃ、剣や弓よりは魔法は強いとはいえよほどの優れた魔導士でも限度ってのはある」
「ロナウド様がそれほどの魔導士っていう話は……」
そんな周囲のざわめきにロナウドは慌てたように口を開いた。
「い、言いがかりだ! そんなのはただの言いがかりでしかなく、私は確かに
「ふむ、確かに推定の討伐難度が350以上ともなると私も準備もなしに戦える相手じゃない。疑いたくなる気持ちもわかる」
「……あー、いえ」
自らの手で討伐した、と続けようとしたロナウドの口は割り込んできたエリザベスの存在に歯切れが悪いものとなった。
とはいえ、エリザベスにそんな意図があったかは不明だがロナウドの反論の口を封殺しながら続けた。
「とはいえ、今の時点ではただの言いがかりでしかない。それはわかるね?」
「無論だとも。だからこそ、こうして証言者をこちらは確保している」
手筈通りにディアルドから促され、ルベリは一歩前に出た。
「――改めて自己紹介を。私はルベリ。ルベリ・カーネリアンと言います。先日まではロナウド様のパーティーの一人として登録されていた冒険者です」
「へぇ……なるほど」
ルベリの言葉を聞いて少しだけ思案し、エリザベスは顔を青ざめさせているロナウドたちへ視線をちらりとやった。
「少し変だとは思っていたんだ。こちらに上がっていた報告だと彼らのパーティーは四人組のパーティーで登録されていた。ロナウド・サーンシィターにその男女のお付き、そして「奇跡使い」の少女が一人……やはり君のことだったか。まあ、「奇跡使い」なんてそう多くはいないし、赤毛という特徴まで同じなら間違いないだろうとは思っていたけど……」
(やはり気づいてはいたか。まっ、当然と言えば当然か)
「でも、そうなると気になってくるのは何故ルベリはパーティーメンバーと一緒にいるのではなくディーと同行しているのか。話に聞いた限りだとあまり仲はよろしくない関係だと聞いたんだけどね?」
エリザベスの言葉に追従するように辺りの人間もざわめいた。
「そういえばなんで一緒に居るんだ?」「居ないだけなら単なる嫌がらせとかでわからなくもないけど」「乗り換えたとか?」「まあ、わからなくはない。けど、今の時期に?」
堂々と一緒に居たので突っ込むことが出来なかったが、どうやら彼らも気にはしていたらしい。
元はロナウドの下に居たはずのルベリが彼と仲が宜しくない……というか一方的に敵視しているディアルドの下に行くというのは完全な敵対宣言に近い行為だ。
それをわざわざするということはそれなりの理由が必要だ。
では、貴族の嫡男に睨まれてまで下から離れるという選択をした理由は何なのか――当然、そこが気になってくる。
ルベリに視線が集中する。
彼女はその圧力をまるで無視するかのように口を開いた。
「私はあの日もロナルド様たちと行動を共にしていました。ロナルド様は昇格するための功績を欲していて、それでここにまでやってきてました。本来、目的としていたのはここから少し北にあるフレイズマル遺跡だったんですけど、その過程で私たちは見つけてしまいました」
「ふむ、何を?」
「――首と胴体を分断され絶命していた
「なるほど、君たちが見つけた時にはすでに
「はい、ただ当然これは虚偽の報告になるわけでそれは不味いんじゃないかと言ったんですけど」
「ふーはっはァ! ――それが聞き入られることはなく、俺様が偶然にルベリを見つけたとき、彼女は街のごろつき共に襲われていたところだった。とっちめて話を聞くに始末しろという仕事を金を貰って引き受けたらしい。気の毒に思った俺様は彼女をしばらくの間、かくまうことにしたということだ。なにしろ、一度助けたとはいえ金を払ってでも内密に始末したい何者かがいる限りルベリの身の安全は保障されないからなぁ?」
「品行方正かつ心優しき俺様にはとてもとてもそんなことは……」などと嘯くディアルドをとりあえず脇に置き、話を聞いていた者たちの中には話のおおよそが掴めてしまった。
わざわざごろつきに金を払ってでも始末をしようとしたということは、それだけその依頼人とってルベリの存在が邪魔だったから。
「……ルベリは扱いこそ良くはなかったものの「癒しの奇跡」の持ち主として有名で、その力の有用性を認められオーガスタの領主であるサーンシィター家の保護下に置かれていた人間だ。彼女に手を出すというのはサーンシィター家を敵に回すにも等しい行為、街のごろつきとてその程度のことはわかっているはず。それなのに仕事を引き受けたということは――」
よほどに上手くやる自信があったか、あるいは心配する必要がなかったのかのどちらか。
「つまりは……」
「で、でたらめだでたらめだでたらめだ! ルベリが襲われたなどとそんなことは知らん! 関係ないことだ! そんな下賤な出の出身の女、いくらでも嘘をつく! 私が討伐をしていないなどと……それを知られないように口を封じようとしたなどと! 私を貶めるための大法螺だ!」
「ふーはっはァ! 口封じをしようとしたなどとそこまでハッキリは言ってはないのだがなぁ? ところで実はルベリを襲っていたごろつき共なら拘束して家の地下に転がしてあるので話を聞くということも出来るぞ?」
「な――っ!? い、いや、だとしても証拠になるか! それこそ、そのごろつきと貴様たちが口裏を合わせて話を作っていないと誰が証明できる!? 騙されてはいけませんぞ、ワーベライト様!」
「……とは言われてもですねぇ」
顔を真っ赤にしまくし立てるロナウドの様子にエリザベスは困った顔をした。
往生際悪く、なんとか状況を立て直そうと頑張ってはいるが既に周囲の空気としても彼が嘘をついているのだろうという意見の方へと傾いていた。
「私が
「――どうやって?」
「……え?」
「だから、どうやって? この
「えっと、それはその……オルレウスの剣と頑張って……みたいな……」
エリザベスの指摘に急に挙動不審となったロナウドは自らの手にある杖を見て右往左往し始めた。
「ワーベライトよ、俺様に一つ提案がある」
「聞こうか」
「兄貴!? 言葉遣いを……ちょっと?!」
「本当にサンシタたちが
「ふむ、というと?」
ディアルドは倒れ伏した
「あれにサンシタ達が攻撃を仕掛け、見事傷をつけることが出来ればやつらの言い分を多少認めてやっても言い。相手は既に骸となっており、避けることも反撃してくることもない。その状況で傷を与えることも出来ないのであれば――」
「なるほど、どうあがていも生きている
エリザベスは背を向けていたロナウドたちへと向き直り、「そういうことだから。さ、やってみたまえ」と前置きをして彼らに促した。
衆人環視の前で倒したモンスターの遺骸に傷をつければいい。
ただ、それだけの簡単な行為。
だが、ロナウドたちは動くことが出来なかった。
全力で攻撃し、それで傷をつけることが出来なかったらその瞬間に全てが決定してしまう。
だからこそ――
「……しない、か。そういうことでいいんだね? では、今回の
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