外伝 第一話:ファーヴニルゥちゃん頑張る


 ファーヴニルゥの朝は早い。


 そもそもあまり眠る必要性すらないのが、ディアルドに「ずっと起きられてても気になるから寝ろ」と言われて睡眠をとっているだけだ。

 それ故に日が昇る前には目覚めてしまう。


「さて、どうしたものか……」


 とはいえ、朝早く起きたからと言ってやることがあるかと言えばそうでもない。

 戦いの為に生み出された生体兵器である彼女は、それ以外のことを必要とされなかった。


 それ故にやるべきことがわからない。


 主人であるディアルドに指示を仰ぐべきか、と思いはするものの眠っているであろう彼を自らの都合で起こすわけにもいかない。


「妙なマスターの指揮下に入ったものだ」


 ファーヴニルゥはぽつりと呟いた。

 それは彼女の本心であった。

 保存装置で眠っている間、ろくに意識もなかったが目覚めたときにはきっと戦場を渡り歩くことになるだろうとそう思っていた。

 そして、マスターの敵である存在をことごとく滅ぼし、栄光と勝利を捧げてその暁に消費されつくして終わる。


「そう考えていたのだけれど」


 計算外だったのが目覚めたのが遥か未来だったことだ。

 時代は変わり、様変わりした結果、ファーヴニルゥの力は強大過ぎた。


「まさか現代の魔法がここまで劣化しているとは……いや、洗練された結果というべきか?」


 ファーヴニルゥがいた時代では戦略級魔法とこの時代では称される魔法が当然のように飛び交っていた。

 山一つを消し飛ばす魔法が当然のように使われ、その報復に撃ち返される。


 それが当然の時代。

 この時代ではその領域の魔法は禁忌の魔法として扱われ、偉大なる魔導士の操る最上位魔法とて街一つを滅ぼすのが精々だとか。


 退化と呼ぶのか、あるいはそれを進歩と呼ぶのか。

 ファーヴニルゥにはわからなかったが、少なくとも彼女の力は今の時代においては過剰過ぎる……というのは理解できた。


 理解は出来たのだが。


「……困った」


 兵器として作られたファーヴニルゥにとって兵器としての運用を求められていない、というのは非常に困る事態ではあった。


「マスターの言動から推測するに、あまり目立ち過ぎない程度の範囲でなら僕の力を求められているとは思うけど」


 逆に言えばということでもある。


 ディアルドはファーヴニルゥを兵器として運用するつもりが今のところなく、更に言えば過剰な力によって目立つことも忌避している。

 それ故に制限を設けた形でファーヴニルゥは動かなくてはならなくなったが……その程度は特に問題ではない。


 自身が一撃で下した黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン――そのモンスターが脅威とされている時代なのだ、自身を脅かせるほどの存在はそうはいないと判断できる。

 少なくとも日常においては問題はないだろう。


 問題があるとすれば戦力としての価値を程々にしか認められていないという点だ。

 生体兵器として突き詰めたその価値がディアルドにとってはそれほど大した価値と認識されていない、その事実こそがファーヴニルゥにとっては重要だった。


「参ったな……僕からを抜いたら何が残るんだ?」


 兵器として生まれたのに、兵器としての運用も能力の高さも評価されない。

 つまりはファーヴニルゥの存在意義の問題だ。


「……何かしないと」


 それは本来ではありえない思考ではあった。


 生体兵器とは単なるモノだ。

 素体となった少女がいるとはいえ、道具としての機械的な思考を是とする。

 使い手が使わないからといって不平不満をもつ道具などないように、本来であればファーヴニルゥとてこんなことに思考を割きはしない。

 何も考えずに使うときになったら使うからと待機を命じられればその通りにしただろう。


「だというのに服やら何やら僕に買い与えて食事に風呂だって……」


 まるで人間のように扱った。

 ファーヴニルゥのために財貨を費やしたのだ。

 ディアルドはあくまで自身のモノをちゃんと維持管理するためのコスト費用なものだと言っていたが、彼女からすれば現状それは等価ではない。


 明らかにこちらが貰い過ぎている。

 というかファーヴニルゥからすれば彼女に対して労力を払うということ自体が忌避されるべきことだ。


 道具というのは使って、使い終わったら捨てるもの。

 そうでなくてはならない。


「――マスターからのオーダーは僕に成長しろというものだった。確かに生体兵器として生み出された以上、本来の設計スペックだけを維持するだけは芸がない。生体兵器としての強みはその拡張性だ。学習によって進化する余地を残しているのが僕という存在……」


 固辞しようと思ったが主人であるディアルドが適切に使い続けるための必要だと判断したメンテナンスのためのものだ、と言ってしまえばファーヴニルゥとしても反論することは出来ない。


 拒否することが出来ない以上、働きによって返すしかない。


 だが、ディアルドはファーヴニルゥに対して単なる暴力装置としての役割を求めていない。

 では、どうするべきなのか……彼女の中で結論は出ていない。



「対外的には従者の立ち位置になったわけだから、それらに関することを学習するべきかな? 時代が変われば礼儀作法だって変わるし、そもそも僕にはそういった手合いのデータはインストールされていない。いや、それ以前にこの時代のことをもっと勉強するべきかな? いちいちマスターにいちいち尋ねるのも……というかそうだ、根本的にまずは文字の習得からしないと不便極まりない。言語に関してはどうにかなっているとはいえ読み書きは……」


 フレイズマル遺跡、とディアルドたちが読んでいる施設。

 古び果てたように見えていても中の機能は割と生きているものも多かった、その一つとして施設内の様子を取り続ける機能があり、それによってこれまで入ってきた侵入者の喋っている様子の記録から言語の分析はある程度出来ていた、だからこそファーヴニルゥにはすぐにそれを適応することで会話をすることが出来たのだが……読み書きに関しては未だに未熟な状態だ。


「まずは読み書きの勉強だな。読み書きが出来るようになれば本だって読めるようになる。そうすればマスターの手を煩わせずに学習することも出来る。うん、それがいい」


 一先ずの目標が出来てホッとしたファーヴニルゥ、だが決めたとはいえ今はまだ何かできる状態ではない。

 読み書きの勉強をしようにもまずディアルドに相談しなければならないが、それは起きてから聞いてみることにするとして……。



「そうだ、マスターの為に朝食を用意しよう。こう言ったのも重要なはずだ」



 キョロキョロと辺りを見渡し、不意に視界に入った調理場の様子にファーヴニルゥは思いついた。

 兵器として生み出された彼女に当然料理の経験はないし、ついでに言えば知識だってない。


「でも、大丈夫。僕には記憶力がある。昨日の朝、マスターがやっていたことを真似すればいいだけさ」


 ファーヴニルゥには高性能な記録機能が存在していた。

 それを以てすれば作業の工程を間違えることはない、幸い材料も昨日と同じく残っている。



 ならば後はそれを再現すればいい。




「えーっと、まずはこれをこの野菜を切ればいいんだよね。――≪バルムンク=レイ≫!!」




 ズドンッ。

 意気揚々とファーヴニルゥが振り下ろした魔剣の一振りは、野菜諸共に全てを両断し――




「ふーはっはァ! 颯爽起床! さて、ご機嫌な朝食でも……なんだこの状況」


「……………まずだー、こわれだぁ」



 とりあえず、ファーヴニルゥは𠮟られた。


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