―冒険者編―

第十二話:冒険者としての日々・Ⅰ



「よっ……はッ!」


 ファーヴニルゥのそんな声と共に放たれた銀閃は狙い違わず黒犬ブラック・ドッグの首を跳ね飛ばした。


「うむ、流石だな……黒犬ブラック・ドッグの群れもあっさりだな」


「当然だよ、マスター。この程度じゃ、準備運動にもなりはしないよ」


 ディアルドとファーヴニルゥの同居生活が始まってしばらく経った。

 二人でチームを組み、冒険者として依頼を受ける日々を過ごし、今日も今日とて黒犬ブラック・ドッグ討伐依頼を受けたところだった。


「思いのほかあっさりと群れを見つけることが出来たから時間が余ってしまったな。既定の討伐数は済んだから戻ってもいいがせっかく外に出たのだからもう少し散策していくか……」


「それにしてもマスター、なぜ僕がこんなものを使わないといけないんだい? 僕にはバルムンク=レイがあるんだけど」


 ファーヴニルゥが自らの持つ細身の剣を手で弄びながらディアルドに尋ねた。

 それは彼女が持ち物ではなく、彼が買い与えたものだった。


「ふーはっはァ! 俺様がせっかく金貨三枚と銀貨五枚を費やして購入したプレゼントに不満がある……ということか?」


「違うよ、そういうことじゃなくて」


「冗談だ、許せ。単に色々と目立ちすぎるからなアレは。前に言った通り、この時代は古代ほどに魔法を使う存在がいるわけではない。魔法を使える魔導士、というだけで注目を集めるにあのような特殊なものとなると――まあ、そういうことだ」


「ふむ、確か僕という存在が知られることはマスターとしては不都合なんだよね。マスターがそういう方針だというのなら僕としては特に異存もないし従うけど……そんなに特殊かな? 確かに複数の魔法術式を併用した「不壊」の概念を付与した実体剣の創造魔法だけど、似たようなものなら色々とあると思うけど」


「確かに見た目だけなら問題はない。ただ問題となるのはバルムンク=レイの特性の方だ、それに気づかれると既存の魔法術式と違うこともバレるだろうし……そうなったら面倒ごとに巻き込まれる可能性がある。そうそう気づかれるものではないと思うが、常に万が一のことも想定するのが天才というものだ。だから代わりの得物を用意する必要があったというわけだ」


 そのためにわざわざ街の鍛冶屋に赴いてディアルドはファーヴニルゥ専用の剣を作って貰ったのだ。


「物体保護や強化魔法を併用すれば十分に扱えるだろう?」


「まあ、このぐらいの相手ならね。流石に前にあった黒いやつ相手だと厳しいけど」


「討伐難度350以上のモンスターがそんなに出てきて堪るか。あれは特殊な事例だ、本当に」


「そうなんだ、それなら確かにそれならバルムンク=レイが無くても問題はないかな……ああ、そうだマスター。その討伐難度って何なんなのかな? 危険度を表す指標みたいない意味だとは推察しているけど」


「そうか、そこら辺はまだだったか。察しの通り、討伐難度というのはモンスターや魔物などの個体の脅威度を表した指標だ。国やギルドなどに残された様々な記録から大まかに算出した基準だ。具体例を挙げるとすると一般的な小鬼ゴブリンが大体10くらいで今倒した黒犬ブラック・ドッグは32……だったかな」


「なるほど、それであのドラゴンが350以上となると……確かに別格ではあるのか」


「まあ、だいぶ怪しい指標ではあるのは事実だ。あくまで記録から導き出される経験則から算出したものなので頭から信じていいものじゃない。それにあくまで個体の脅威度を主眼にした指標だからな、小鬼ゴブリン黒犬ブラック・ドッグも弱いが群れを作るタイプのモンスターだから討伐難度が低いからと言っても信用できないからな」


「どれだけ居ても僕の敵じゃなかったけどね」


「この天才であるこの俺様の従者なのだからその程度は当然だがな! と、まあこんな感じで現状相手にしているモンスターからすればファーヴニルゥが強すぎるのはわかるだろう? 剣の方はちょうどいいハンデだと思ってくれ。それで戦う分には才気のある魔導剣士――ということで済ませられるだろうからな」


「了解したよ、マスター」


「無論、何らかのトラブルで自らに危機が迫った時は別だ。そんな時まで目立つなと煩いことは言わないが……まあ、ファーヴニルゥの冒険者階級のせいでD級依頼しか受けてはいない。そんなことは滅多になかっただろう」


「うっ、ごめんよマスター。ギルドというのは規則が面倒だね。僕ならこの分ならA級だろうとAAA級だろうと余裕だというのに」


「ふーはっはァ! なに気にするな、今日の分でC級昇格分の討伐依頼は済んだはずだ。今日からファーヴニルゥはC級冒険者となるわけだ。つまりはこれからが本番ということよ」


 ファーヴニルゥは少しだけ済まそうな顔をしていたが、ディアルドとしてはどのみち最初は彼女に常識を学ばせることから始めるつもりだったので気にしてはいない。

 途轍もなく強いファーヴニルゥだが、だからこそというべきが常識から外れている。

 学ばせる前に上級依頼なんてさせたらどうなるか……依頼自体は達成しても妙なトラブルを起こしていたかもしれない。



(とはいえ、一先ずこれまでの依頼である程度戦い方や常識について矯正は出来た。そろそろいいかもしれないな。この天才である俺様が目覚めさせた「お宝」なのだ、俺様に財を与えるべきだろう。投資した分もあるわけだしな)



 ディアルドはそう内心でほくそ笑んだ。

 それこそが彼の計画……いや、計画と呼べるほどのものでもない企みであった。


 極めて端的に言ってしまえば、ファーヴニルゥを働かせて稼いでしまおうという考えだ。


(思った以上に何も知らなかったからな……助けたお礼に財宝の場所とかそういうのを期待していたが想定の厄ネタな存在。だが、考えてみればそれだけの力があるなら稼ぐ手段ならいくらでもあるというものだ。本人も俺様に使われること望んでいるようだし、存分に利用してやろう――ふっ、俺様もあくどいものだ)


 当初こそ面倒な厄介ごとを引き当ててしまったと後悔はしたものの、天才であるディアルドはへこたれない……さっさと考えを切り替えることにしたのだ。

 正直、討伐依頼などは手間と労力を考えると金稼ぎとしては旨くはないと思っていたが、黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを一瞬で殺せるレベルの居るならば話は別といってもいい。

 悪目立ちをしないように抑えて戦っても貰っても、そこらのモンスターや魔物などに負ける道理がないのだから。


(片っ端から受けても問題ないな。俺様はこうして本を読みながら暇を潰しているだけで討伐はファーヴニルゥがしてくれる。冒険者チーム登録をしているから、自動的に俺様の功績にもなるわけだ。働かなくても報酬を得られるとか……流石は天才である俺様だな!)


 真面目にやればディアルドとてC級やB級程度の討伐依頼はこなせる自信はあるが……それはそれ、楽というのは出来れば出来るほど良い。

 それがディアルドの持論であった。



(とにかく、これで一先ずは最低限の準備は整ったとはみていいか。後はどうやって効率的に稼いでいくか……ふふっ、楽しくなってきたな)



 そんなことを考えながらフレイズマル遺跡から回収した本の鑑定をやめると立ち上がった。


「少し場所を変えよう。ギルドに帰る前に少し資金になりそうなモンスターを狩っておきたいからな。最近ちょっと使いすぎたからな」


「了解だよ、マスター。でも、一ついいかな?」


「むっ、どうした? 今の戦いで何か問題が?」


「いや、そんなことはないさ。ただ、僕のこの剣なんだけど……。使う必要性があるのは理解したけど、金貨三枚と銀貨五枚はいくらなんでも高すぎたんじゃないかなって。強化魔法を使う以上は素材の差なんて大した違いはない誤差レベルのものだし、数打ちの剣なら銀貨だけでも事足りたと思うんだけど……」


 ファーヴニルゥが腰に差した細剣の柄を撫でながら不思議そうに尋ねた。

 事実、彼女の言う通りではあった。

 あくまで力を目立たせないために使わせているだけなので、何なら使い捨ての安い剣でも別に良かったといえばよかった。

 魔法による保護を重ねて使うのだから材質の差はあまり考えなくてもいい。

 あまり高級な品を用意する必要はなかったといえばそうなのだろうが……。




「なんだ、何度も言っているのにまだわかっていないのか。貴様は俺様の「お宝モノ」であり従者なのだ。それなりの気品、優雅さというものがないと天才である俺様の株が落ちてしまうだろう? つまりはそういうことだ」


「…………」


「なーに、俺様に金を使わせたことを気にするならこれから稼いで返してもらえばいいのだ。ふーはっはァ! 期待しているぞ! というかどうだ、その剣は? 俺様自ら鍛冶屋に赴いて作らせたのだ。俺様の従者たるもの没個性の市販品を持っているなど許されることではない! というわけで俺様の有り余る才を使ってデザインをな……ぶっちゃけ代金の大半がデザイン料というか、口出しをした経費というか。それはともかく、俺様の拘りとしては柄の部分の花のモチーフにした装飾でファーヴニルゥにはよく似合うと――」



 大体はただのディアルドのプライドの問題に行き着く。

 意気揚々と語る彼を見ながらファーヴニルゥは僅かに口角を上げながらつぶやいた。




「うん、気に入ったよマスター。大事にするね」




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