第十一話:交流・Ⅱ
急に同居人が増えるとなれば色々と用意するものがある。
一日や二日、一時的なものならその場しのぎということもできるだろうがそうでないならば面倒ごとはさっさと済ませた方が効率はいい。
食器やら寝具やら、一人暮らしをしていた時ならいざ知らず人が増えるとなると揃える必要はあるが……さしあたって天才であるディアルドが優先したものは――
「きゃー! 何この子……お肌すべすべでシミ一つない」「髪の毛もさらさら、ずっと触っていたい」「顔が良すぎる……将来凄い美人になるわよこの子、ずっと見ていられる」「噓でしょ、薄い化粧の一つもしてない。完全に素の状態だなんて」「ここまで隔絶していると嫉妬する気すら起きない」「磨けば光る原石とかそんなじゃなくてすでに宝石じゃない」
「ま、マスター……こ、これはどうしたら」
群がる女子店員にもみくちゃにされながら、人を傷つける行為を基本的に禁じられてしまったため困惑の声を上げるしかないファーヴニルゥにディアルドは答えた。
「何と言われてもな……ここは服屋だぞ? 服を買う以外の用事があるのか?」
「服って……僕のなの!?」
「どう見ても女物しかないだろう……」
食事のあと、ディアルドがファーヴニルゥを連れて最初に訪れたのは街の服飾店であった。
いわゆる庶民向けの服を取り扱っている店ではなく、中流以上の顧客をターゲットにした店舗だ。
目的はもちろん、ファーヴニルゥの服を揃えるためである。
遺跡で目覚めそのまま着の身着のままこっちへ来た彼女は私物と言えるものは一切持っていない。
当然、それは衣服も含まれる。
これは由々しき事態であった。
「それにしてもこんなに頂いちゃっていいんですか? 金貨十枚だなんて……」
と店の店主が話しかけてきた。
「事情があって急遽こっちに来たせいでまともな衣服がないんだ。下着とかも含めてそろえる必要があるだろうし見繕ってほしい。それとついでにこの際だから化粧の類もだな。そこら辺もまだまだで教え込んでくれると助かる。そこら辺の費用も含めて……だが、どうだろうか?」
「ええ、喜んで。あれほどの逸材、むしろこっちがお金を払って着飾りたいぐらいで……腕が鳴りますね」
「結構。というわけでファーヴニルゥ、指導に従うように」
「マスター、やはり僕なんかのために財貨を消費するのは……」
「消費ではない、これは投資だ。あるいは必要経費、というべきか。俺様は必要だと思った時には財を惜しまない。天才だからな。それだけの価値があると認めたから費やしているだけに他ならない」
「価値を……認める……」
「それに何よりこの天才であるこの俺様の傍に侍る以上、最低限の気品を維持するのは当然の義務だ。もとよりただの石ころならばともかく、手入れを怠りくすんだ輝きしか放てない宝石など身に着けているだけで恥をさらすようなものだからな。この機会に磨く術も学ぶといい」
「それが
「ああ、励むといい」
ディアルドの言葉に一定の理解を示したのかファーヴニルゥは一先ず従うことにしたようだ。
(うむうむ、対外的には俺様の従者なのだ。着飾ることも覚えなくてはな……天才の俺様の格も疑われるというものだ)
その様子を見てディアルドは満足そうな笑みを浮かべた。
彼がファーヴニルゥの衣服を最初に買い求めたのは単純に代えの衣服の一つや二つないと困るだろうという思い、それと単純に自らの世間体のためでもあった。
彼女のような見た目の少女を傍に置くのだから、一定以上の甲斐性というのは求められる。
ファーヴニルゥがみすぼらしい恰好や毎日同じものを着ていた場合、当然のことながら主人であるディアルドの評価にもかかわるのだ。
為人を知りたければまず靴を見ろ、という言葉もあるが細部まで拘れる人間にこそ品位というものが生まれる。
天才であるディアルドは当然爪先まで気を遣う人間だ。
ファーヴニルゥが彼のお宝である以上、メンテナスのために労力や金銭を使うのは当然であり必要経費と言える。
(それに美しいものは美しくあるべきだからな)
更に言えばそんな気持ちもあったのも確かではあった。
ディアルドの目から見てもファーヴニルゥは美しく、その価値を磨けるなら金貨十枚はたいして高くはないと思えた。
(それに流石に天才である俺様といえど、化粧の仕方や下着などの類ことはな……)
ファーヴニルゥがそこら辺のことに対して積極性を持っていたならともかく、反応から察するに無頓着そうだったのもあって基礎的な指導分まで頼んだのは我ながら英断だったとディアルドは自画自賛をした。
「……それにしても凄いわね。彼女はもしかして相当に名のある貴族の家のご令嬢?」
ディアルドが女性店員の着せ替え人形になっているファーヴニルゥの様子を眺めていると女店主がそう尋ねてきた。
「何故そう思った?」
「容姿や雰囲気とか色々とあるけど、私としては彼女が来ていた衣服ね。見事な装飾とデザインの服だとは一目見て思ったけど、触らせて貰って確信したわ。あれは私の知らない素材で出来ている。あんな手触り初めて……相当に貴重な品ね」
「だから大家の娘だと?」
「王都ならそれこそ金貨五十枚の値がついてもおかしくはない一品。そうなると貴族と言えども簡単に出せる額じゃないからね。都に近い大貴族あたりが怪しいと思ったんだけど……正解かしら?」
「さて、どうであろうな? 彼女がとても遠い場所から来たのは間違いないが……今はただの俺様の従者だ。好奇心もほどほどにな」
「わかってるわ、ただの戯言よ。大金を落としてくれるお客様相手に野暮は言わないわ」
本当にただの好奇心だけだったのだろう、ディアルドの返答に満足すると女店主は離れていった。
(やれやれ、やはり衆目を集めるか。ま、仕方ないことか。せめてこの時代について早めに慣れて貰う必要性があるか……)
数時間後。
夕暮れの街の大通りを二人は歩いていた。
「いやー、楽しんだな。ふふっ、やはり金をばーっと使うのは爽快だ。金を貯めるのも好きだが、使うのも好きなのが俺様である」
「…………」
「どうした? 疲れたか?」
「体力的な消耗は軽微、活動には問題はないよ。ただ……なんだろう、これが気疲れというやつなのかな」
服屋でファーヴニルゥの衣服や化粧品など揃えた後二人は街を回った。
一応、生活必需品を揃えることが目的ではあったが彼女の社会勉強もかねていろいろな店に冷やかしで入ったり、途中で買い食いをしたりとディアルドは気ままに連れ回したわけだ。
「気疲れ、か。それだけファーヴニルゥの時代とは違ったか?」
「ん……わかんないかな。僕の実稼働時間は非常に少ないから、こうして外を歩くこと自体……」
「ふむ」
ファーヴニルゥの言葉にディアルドは思い出した。
(確か遺跡の記録にある実稼働時間は一年と三ヶ月だったか?)
見た目は子供だが、それ以上に彼女には経験というものがない。
街を連れ回してファーヴニルゥの様子を観察していたディアルドにはそれがよく分かった。
「楽しかったか?」
「楽しい、というのはわからないけど新鮮ではあったと思う。マスターからも多くを学べと命じられたし、貴重な時間だったとは思うけど――」
「なに天才である俺様とは違うのだ、一日で改善しろなどと無茶をいうつもりはない。順に学習していけばいいだけのこと……どれ、トラブルを起こさなかった褒美をやろう」
「えっ、いいよマスターそんなの……」
「気にするな、俺様はほめて伸ばすタイプなのだ。それに高いものでもない」
「……何これ?」
そう言ってディアルドが押し付けたのは屋台で売っていた風車のおもちゃだった。
ふと目に入って気に入って購入したものだ。
「ハイセンスだろう?」
「ふぅん……変なの」
くるくる、くるくる。
風を受けて回る羽根の様子を眺めながらファーヴニルゥは呟いた。
「さて、家に帰るとするか」
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