第十話:交流・Ⅰ


「とりあえずコレで高いものから順に頼む。釣りは取っといていいから」


「はい、喜んでー! 急いでお持ちしまーす!」


 懐から金貨を三枚取り出して押し付けるながらディアルドは席に着いた。

 ギルドから出て家へと帰る途中、帰りの道のりで小腹が空いたなと感じたので通りに入った店へ入ったところであった。


(清掃も行き届いているし、初めて入る店だが良さそうな雰囲気だな。ちょうど懐も暖かいところだし、久しぶりの帰還だからな豪勢にも行きたくなる)


 遠出をするとどうしても保存食ばかりになる。

 特にディアルドが行っていたところは人里離れた山の向こうの遺跡であったのもあって食に飢えていた。


(天才である俺様は無論、料理もできるが……流石に一人旅の行き帰りはな。面倒でする気もおきん)


 だから、帰ってギルドからの報酬を受け取ったらその日は派手に使おうとディアルドは決めていた。

 天才はリフレッシュの重要性もキチンと理解しているのだ。


「ん? どうした? 早く座れファーヴニルゥ」


「僕も? 僕は前にも言った通り、食事を取らなくても活動はできるから……」


「別に食べられないわけでも味覚がないわけでもないのだろう? 向こうでも言ったが俺様だけが食べるのも居心地がよくない、だからファーヴニルゥも食べるべきだ」


「でも、マスターのお金を使ってまで」


「いいから座れ。天才であるディアルドにはわかる。匂いがいい、ここはいい料理を出す店だ」


(というかファーヴニルゥを立たせて自分だけが食べるなんて外聞が悪すぎるし……)


 なんとか座らせようと促すも逡巡をするファーヴニルゥの姿に仕方なしにディアルドは言った。


「ファーヴニルゥ、ならば命令だ」


「ん、了解したよ、マスター」


 観念したかのようにディアルドと向かい合わせに椅子にちょこんと座ったファーヴニルゥを眺めながら思案をする。


(さて……どうするべきかな?)


 ディアルドが頭を悩ませているのは目の前の彼女の扱いについてだ。

 本音を言うならどう考えても厄ネタの塊であるファーヴニルゥ、いっそのことどこかの孤児院にでもぶち込んで知らぬ存ぜぬを決めたいところではそういうわけにもいかない。

 直ぐに追ってくるだろうし、今は従順とはいえ怒らせてしまってはことだ。

 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを瞬殺できる恐るべき生体兵器なのだファーヴニルゥは……。


(変に放ってしまって悪党に利用されたりしたらことだ。ずっと眠っていただけあってどうにも常識が違うというべきか……いや、そこは生体兵器だからこそなのか? ……うーん、わからん。ただ、わかっていることは現状いつ爆発してもおかしくない爆弾だということだ)


 先ほどの一件もそうだった。

 ファーヴニルゥは黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを殺した魔法をあっさりとあんな屋内で使おうとしていた。


(幸い、周囲に居た冒険者に魔導士は居なかった。だからアレがどれほど異常なものなのかはわからなかったはず……いや、サンシタは魔導士だったか。とはいえ、あの様子だとあの魔剣が上位魔法すらしのぐ魔法術式の行使だとは気づいていないはず……)


 花位ブルーム程度の魔導士では気付くことはないだろうが万が一ということはあり得た。

 遺跡で改めてファーヴニルゥについて調べたからディアルドは理解していた。



 



「はい、オーガスタの名産のピッツァでございまーす! それからこちらは特製のサラダで、こっちは――」


「……たくさん。えっと、マスター? 僕はどうしたら」


「ん? そうだな、とりあえず食べてみろ。道中は保存食しか食べさせられなかったからな。作法は……まあ、周りを見て真似をしてみろ。とりあえず、まずは色々と挑戦してみて自らが好む味というものを探してみるがいい」


「食事というのはあくまで栄養の補給でしかなく、味覚による好みなど――」


「ならば命令だ。仮にも天才であるこの俺様の従者として侍る以上、欲の何たるかぐらい知っていて当然……むしろ、義務だと思え!」


「う、うん」


 ディアルドの言葉に大人しくファーヴニルゥは従い出された料理に手を出し始めた。

 周りをちらちらと見て食べ方を学習しつつ、言われたとおりに次々に出されていく料理をパクパクと食べていく。

 クールな表情は変わらず、一定のペースで食べ続けているものの観察していると微妙に眉が変化しているのをディアルドは見抜いた。

 どうやら辛い物や苦みのあるものは苦手で甘みのあるものは好きなようだ。


(こうしてみていると普通に見えるが……普通ではないことを俺様は知っている。我ながらとんでもないものを見つけ出したと思うが――いつまでも後悔していても始まらない、か)


 ディアルドは気分を切り替えるように自らも料理に手を出した。

 予想に違わぬ味の良さに気分が上向くのを感じた。


(天才というのはいつまでもくよくよしないものだ。確かに予想外の「お宝」ではあったが……なに、ここから巻き返せばいいだけのこと。やってしまったことはしょうがない……、そこに思考の焦点を合わせた方が健全というものか)


 サンドイッチを嚙み千切りながらそう考えをまとめ咀嚼して飲み込むとディアルドは口を開いた。


「さて、こうして街にも帰ってきてようやく落ち着けたことだし俺様たちの今後について話しておきたいのだが……」


「もぐもぐ、ごくんっ。了解だ、マスター。どこの国から滅ぼす?」


「とりあえずビール感覚で国を滅ぼすことを前提に話を進めるのはやめようね」


「僕の存在意義……」


「ちゃんと目覚めさせた責任ぐらいは取る、俺様は天才だからな。とはいえ、わかっておいて欲しいのは俺様は悪戯に世を乱すことをするつもりはないということだ。古代のように好きだった娘が他所の国に嫁いだからと言ってスナック感覚に滅ぼしに行ったりする時代でもない。トラブルというのはごめんだ」


「侮辱されたと感じたらとりあえず先制攻撃は?」


「無しの方向性で頼む。今はもうちょっと文明的な時代だからな」


「むぅ……」


「まあ、それはそれとしてやらなきゃならない時もあるからその時は頼むぞ?」


「任せて、マスター。僕の有用性を証明してみせるよ」


「期待はする。ただ、さっきも言った通り俺様は不必要なトラブルは嫌う。さっきのサンシタに関しては……まあ、向こうが悪いとはいえいちいち構ってやるのも馬鹿らしい。俺様は天才だからなどうしても凡俗の恨みやら嫉妬は買ってしまうものだ」


「うーん、上手に流せるようになれってこと?」


「有体に言えばそうだ。とはいえ、トラブルを回避するためにひくつになれというわけでもない。俺様の従者になるわけだからな、そこら辺を加味して凛とした気高さは必要となるあ……まあ、そこら辺のさじ加減はおいおいと学んでいけばいいか」


 ディアルドは言葉を一度切るとファーヴニルゥへと語りかけた。



「俺様が命ずるとしたら――そうだな。俺様はファーヴニルゥ、お前にただの兵器としての機能だけを認めない。天才である俺様のお宝であるならば、それ以上のことを要求するのは当然といえよう。故に命じる内容は「より多くを学べ」、そして俺様の役に立つがいい」


「――拝命しました、我がマスター」


「うむ、学ぶべきことは多いが……さしあたっては同居生活のための準備か。とりあえずは――買い物だな」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る