第九話:ギルドへの帰還・Ⅲ



「マスターはこの場で静かに大人しく待っているように……と僕に命令をくださった。故にこの場の静寂を保ちマスターを迎える義務が僕にはあるのだけど」


「こ、この……! この私にこんなことをして許されると……っ、なんだこの力は?! ええい、離せ! せっかく、その美しさに免じて私の元にくることを許してやろうと――」


「ふざけたことを……僕という存在はマスターのモノだ。髪の毛一本の一本に至るまで全てを捧げきっている。君が僕を得られる余地なんてのはこの世に存在しないんだ」


「か、髪の毛の一本に至るまで――」「モノとか全てを捧げ切っているとか……」「やはり、外道……」「童女趣味か」「いや、あいつは天才だから守備範囲が広いだけでは? この間も普通に……」「天才だからな」「ああ、天才だからな。下限も低いんだろう」


「だというのに再三の警告をも無視しあまつさえ、マスターへの侮辱まで行った。キミのような存在、マスターを迎える場にふさわしくない。本来はモノである僕の権限の内ではないが、「従者であれ」とも命じられている。主に対する慮外ものの排除も従者の役目の内だよね。あっ、次は今マスターの悪口を言った人だから」


「ひェっ!?」「ひィいいいっ! や、やめてくれェ!」「ぎ、ギルドの中で流血沙汰はご法度! ご法度ですよ!」


 ギルドの大広間に戻ったディアルドを待っていた光景、それはファーヴニルゥが創り出した魔法剣を手に今にも男の首を切り落とそうとしている姿だった。




「知ってた。俺様は天才であるが故」




 問題を起こしていなければいいな、とは思いつつもディアルドは天才なのでそうはならないだろうなと予測はしていた、予測はしていたが……思った以上に悪い方に突き抜けていた。


(具体的に言うと世間体が危険で危ないことになっている……っ!)





「《魔法術式解凍「バルムンク=レイ」起動》……対象の殲滅を遂――」


「――行しようとするんじゃない。やめんか」





 黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン相手にぶっ放した時のように、輝き始めた刀身を振りかぶり処刑を執行しようとしたファーヴニルゥの後ろ頭を叩きディアルドはやめさせた。


「あっ、マスター! お帰りなさい!」


「「あっ、マスター!」じゃないんだが? どういう状況だこれは? あと何を俺様の風評被害を垂れ流しているのだ」


 ディアルドがそう言って割って入ると周囲の視線が一斉に集中した。


「あっ、ディーだ。ちょうどいいタイミングで帰って来たな」「童女趣味のディー」「天才は嗜好が広い」「流石天才」


「ほら凡俗どもが俺様を誤解してしまっているではないか。確かに天才である俺様は女性に対する趣味もナーゲの海よりも広い度量を持っているが、流石にこんなちんちくりんな子供相手は守備範囲外だ!」


「でも、髪の毛の一本まで捧げ切っているとか言ってたし……」「「僕はディーマスターのモノだぞ」って宣言してたし」「わかった。つまりは今ではなく、育ててからということか」「なるほど、それ納得」「美人になるのは目に見えているからな。じっくりと育ててあげて染め上げてから頂く……と」「外道」「流石天才」


「ええい、俺様を低俗な存在に貶めようとするのはやめろ! ファーヴニルゥ! お前が根も葉もないことを言うから妙なことに――」


「そんな……マスターが言ってくれたのに」


「何の話だ?! 仕方ないから面倒を見ることにしたがマスター登録とかに関してはまだ納得というか認める発言は――」




「でも僕のことを「俺様のお宝モノ」だって……」


「……………」




 ファーヴニルゥの言葉にディアルドはハタと止まった。

 そして、沈黙すること十秒ほど。



「……それはまあ、言ったけども」


「言ってるじゃん」「言ってんじゃん」「言ってるじゃないですか」「幼い子に「俺様のお宝」って」「その気にさせておいて認めてないとか……」「外道」「くず」「ぱァって顔を輝かせてるファーヴニルゥちゃん可愛い」


「ええい、煩いぞ凡俗ども! そういうことじゃなくて……そういうことじゃなくてだなァ!」


(そうか……マスター登録だけの影響というわけでもなかったのか。……天才だって失敗することはある)


 自身の迂闊な発言も結構影響を与えていたらしいこと気づいたディアルド、分が悪いと判断し話を流す選択をすることにした。

 未だにファーヴニルゥに掴まれたままの男に目を向けながら尋ねた。


「それよりもだ。結局何の騒ぎだったんだ? こんなやつを相手に」


「誰がこんなやつだ! ディー! いい加減に手を離すように命じろ!」


「そう騒ぐなサンシタ」


ではない! 私はだと言っているだろうが無礼者!」


 男――ロナウド・サーンシィターはそう叫んだ。


(また絡んできたのかこの男は……まっ、嫉妬をかうのは天才の宿命というやつだからな)


 ロナウドはこのオーガスタの地方領主のサーンシィター家の息子、つまりは貴族である。

 地元貴族としての権力と花位ブルームの階級を持つ魔法の腕で幅を利かせていたのが、最近になってこっちに来たディアルドという存在が目障りなのかよく絡みに来るのだ。


「それで? どんな難癖でもつけられて処刑一歩手前になっているんだ」


 ディアルドは事情を見ていたであろう受付嬢へと話しかけた。


「ええっとそれがですね。ディーさんが離れてすぐにロナウド様がファーヴニルゥさんに話しかけてですね」


「その美しさを認めて声をかけたやったのだ! 将来の妾にしてやってもいいとな! だというのに無視を……このサーンシィター家の私をコケに……っ!」


「……こんな感じで怒ったロナウド様がファーヴニルゥさんに掴みかかろうとしてしまいまして」


「なるほど、それで捩じり上げて処刑しようと……天才である俺様にはわからない小心ぶりだなサンシタ。子供を相手に粉をかけて無視されて手を出そうとしたら反撃されて……恥ずかしくない?」


「サンシタではなくサーンシィターだ! 家名すら名乗れぬような男が名家であるサーンシィター家の名を馬鹿にするなど――ぐあァああっ?!」


「マスターを侮辱したね? よし殺ろう」


「……どちらかというと家の名前に泥をかけまくっているのは現在進行形で貴様の方だと思うのだが。まあ、待て。流石に人前で流血沙汰はまずいから落ち着けファーヴニルゥ、離してやれ」


「むぅ、でもマスター」


 ディアルドがそう言うと少しだけファーヴニルゥは不服そうな顔をした。

 それを見て少し考える。


(問題は起こしたが話を聞く限りだとちょっかいかけたのは向こうからで手を出したのも向こうが先。一応、ファーヴニルゥの方は言われたとおりに最初は聞き流して対応しようとしたみたいだしな……。というか知らないとはいえ古代文明の生態兵器相手によくもまあ怖いもの知らずというか)


 内心で変な関心をしつつディアルドは宥める様に言った。


「まっ、ファーヴニルゥが気持ちもわかるがな……」


 軟派に声をかけられシカトぶっこいたら掴みかかってきたのだ、幼くとも女性として不満に思うだろう――と考えていたのだが……。




「当然だよ、この身はマスターのモノ。つまりはマスターの財だ。それに無断で手を付けて我が物としようとする行為……それ即ち、盗人。他者の財に手を伸ばす罪人は問答無用で死刑が常識だよ」


「あっ、そっち?」




 「自身に手を出されたから怒っている」のではなく、「マスターの所有物である自身に手を出したことに怒っている」ことにファーヴニルゥの言葉で気づき、思わずディアルドは間の抜けた声を上げた。

 怒りポイントが違ったらしい。


 そして、一斉に起こる周囲のひそひそ話。


(これ、もう街に広がるの止められないやつだな……わかるぞ、天才だから)


 ディアルドは色々と諦めた。

 天才であるが故に引くべき時は引くことを選択する。


「とにかく、今日はこれで手打ちだ。冒険者同士の些細な諍い、互いに怪我もないんだからギルドとしても別に事を大きくはしないだろ?」


「あっ、はい。やめてくれるならそれで……」


「でも、マスターのことも侮辱したよ? 「侮辱されたら殺す殲滅級魔法」が社会常識じゃないのかな?」


「頭室町時代か古代文明……。天才たるもの凡俗の嫉妬程度、いちいち気にしないのだ。それにやり返すにも手順というかやり方というものがあってだな。やはり色々と学ばせる必要があるか。それじゃあ、今日はこれで」


「待て、ディー! この私相手にこんなことをしておいて……っ!」


「ロナウド様、これ以上はギルドとしても警告を出さざるを得なくなります」


「――くっそ!」


「邪魔をしたな」


 ディアルドはファーヴニルゥを伴ってギルドを後にした。

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