第八話:ギルドへの帰還・Ⅱ
ギルド内のある一室。
そこでディアルドは熾烈な戦いに身を投じていた。
「金貨三十枚だ!」
「ふざけるな! いくらなんでも吹っ掛け過ぎだろう!? ……金貨十枚でどうだ?」
依頼を終えて帰ってきた冒険者にとって最も重要な手続きは何かといえばそれは成果として報酬を受け取ること、そしてギルドとの素材の買取交渉である。
冒険者の収入というのは依頼達成の成功報酬と依頼の道中で手に入れたモンスターや薬草などの素材のギルドに換金して貰う主に二つだ。
討伐依頼や採取依頼などは大抵メインとなる依頼を達成を目指しつつ、無理をしない程度に行き帰りの間に素材を集めてギルドで一気に清算というのが基本的なスタイルとなる。
「ケチケチするんじゃない! どうせ貴様の金ではないのだからドンと払うべきだ……金貨二十九枚と銀貨九枚!」
「銀貨一枚分しか下がってないじゃないか!? 交渉する気があるのか貴様!? あと私の金じゃないとはいえ、取引の結果は査定には関わるのだよ! 金貨十二枚でどうだ!?」
なので成功報酬を受け取ることとは別にボーナスとして素材買取の報酬を受け取るのが冒険者の楽しみなのだが――通常はこのような価格交渉などは存在しない、何故なら素材というのは相場がある程度決まっているからだ。
ではなぜディアルドはこのようなことをしているかというと、それこそが遺跡探索へと赴いた理由でもあった。
「失礼だがそちらこそ物の価値というものが本当にわかっているのか? これは古代アスラ文明の時代の古書だぞ? 保存状態もよく、さらにこれはその中でも王朝末期の時代の物だ。この時期の資料は特に少なく学術的、歴史的にも価値が高い代物だ。それも三冊! さらに同時期のものと思われる調度品も数点。これをたった金貨三十枚と銀貨五枚で渡してやろうというのだ。天才たる俺様の慈悲もわからないとは……」
「上がっているではないか!? 大体、貴様の言うことが本当かどうかも疑わしいことだ。……金貨十五枚」
「そう思うならばさっさと「話にならない」とでも言って席を立てばいいだろう。ギルドには買取しなければならない、なんて義務は無いのだからな。それをせずに金貨十枚以上を提示している辺り、最低限の価値はわかっている……と推察しているが?」
「ぐぬ……っ!」
つまりはそう言ったことである。
相場というものが存在しないものがある。
所謂歴史物、特に価値を見定めるものに専門的な能力が必要となるものが特にそうだ。
縁の無いものにとっては希少な古書であれただの古紙の束だが、人によっては家が建つほどの財と交換しても良い……と思うものも居るだろう。
目の前のギルドの職員、眼鏡をかけたプルーノという男もそう言った価値の分かる一人であった。
「……天才である俺様は知っている。こういった遺物というのは出すところに出せば金になる――それを良く知っている。それはそちらとて同じはずだ」
「ふむ……何の事かな?」
「なに、遺跡探索依頼でたまに帰ってこれた冒険者からの遺物、それを安く買い叩いて高く売る。そうすれば案外儲かるものだ。普通の人間は歴史物の価値なんかには疎いからな」
「……何のことかな? 我々、ギルドは公正な値段で買い取っているが?」
「別にそのことをああだこうだ言おうという話じゃない。素材などを買い取って業者に卸す、その手間をギルドが負担する代わりに手数料を得る。そういう仕組みだからな、それを不公正とは言わん」
ディアルドは遺跡探索に出る前に色々と調べ上げていた。
そこで判明したのはフレイズマル遺跡の探索に人気が無いのは、単に帰ってこない冒険者が多いからというだけではなく、遺物の買取価格が低く何か見つけて持ち帰ってもあまり金にならないから――らしい。
その話を聞いただけでディアルドは察した。
あっ、これはやっている職員が居るな……と。
よくある話なのだ。
こういった相場の無いものを向こうに知識がないのをいいことに安く買い叩いて、売った際の差額の一部を自らのポッケへと入れる。
(今の魔法の元となったと言われている古代アスラ文明は界隈じゃ結構な人気がある。特に少し前に失伝していた魔法をよみがえらせることに成功したのもあって、魔法研究としても注目され所縁の物の価格は高騰の傾向にある。それなのに安く買い叩かれているとすれば、担当の職員が本当に知識がないのかあるいは知識があるからこそやっているのか)
金貨三十枚を吹っ掛けて席を立たなかった以上、どちらであるかは明白だ。
目の前の職員はわかったのだろう、これらが確かに古代アスラ文明の遺物であることを……好事家に売りつければ相応の値段になる代物であることを。
(多少の知識はあるようだ。恐らく、古代アスラ文字を少しだけ知っている――といった感じか。だが、それだけだ)
ディアルドは知っている、古代アスラ文字については参考資料も少なく解読出来ているのはほんの一部のみ、地方のギルド職員がちゃんと読めるはずがない。
(本物であるのは理解できているがどこまでの価値があるかまでは判別できない。だからこそ、金貨十枚を提示して席を立たなかった……そんなところだろう)
最低限の価値を認め、だが上限の価値は見定められない。
つまりは――
(……カモだなっ! これまで悪徳ギルド職員の餌食になった冒険者たち……貴様たちの無念をこの天才が晴らしてやろう! ふーはっはァ! 本命のお宝はあの始末だったからな!)
ディアルドは元を取るために口を開いた。
「俺様は最初から金貨三十枚の価値を提示していた。これらにはそれだけの価値が……いや、それ以上の価値があるのだ。本来であれば俺様としても直接これを売りつけたいものだ。タリスマン伯爵辺りならばきっと金貨五十枚ぐらいはあっさりと払うだろうな」
タリスマン伯爵とは魔法研究の一環として古代アスラ文明の遺物を集めていることで有名な貴族、彼ならば何が書かれているかわからない古書三冊だけでもそれだけの値段はつけるだろう。
「……界隈に関して詳しいと言っていたのは本当のようだな。では、なぜ自らの手でやらない? ギルドを挟まなければ五十枚なのだろう?」
「手間の問題だ。どうしたって伯爵相手に交渉をするとなると難しいし、差額の金貨二十枚はその手数料として諦めるさ。それに俺様にはまだあるしな」
「……?! 他にも何か?」
「さあ、どうだろうか。ただ、確かなことは俺様はフレイズマル遺跡の奥へと行き、こうやって成果として遺物を手に入れて戻って来た……その事実」
「……そういえば予定の日時より遅れて帰還したようだな? もしや――」
ディアルドの言いように少しプルートは何かを考えるように沈黙すると再び口を開いた。
「……本当に五十枚の価値はあるんだろうな?」
「これらが古代アスラ文明の王朝末期の物であるのは間違いない。何だったら王立遺物管理室にでも回せばお墨付きは貰えるんじゃないか? ただ、鑑定結果が出てそれから買取ということになるとどうしても時間を食うことになる。こちらとしても即金は欲しいからな、それなら直接俺様がタリスマン伯爵に――」
「いや、いい。……金貨四十枚、金貨四十枚で手を打とう」
「ほう?」
「その代わりといっては何だが、もし仮に次に異物が見つかった時は窓口を私に――ギルドにして欲しい。その条件なら……」
「……いいだろう、それで手を打とうじゃないか」
■
「いやー、儲かった儲かった。ははは、金貨四十枚になるとは笑いが止まらん。個人名義で売買するには面倒だからな、仮にもギルドという公的組織の看板は利用するだけ利用しないとな」
ずっしりと重い金貨の入った袋を懐に入れ、ディアルドは鼻歌混じりにギルドの廊下を歩いていた。
当初の想定通り、遺跡探索は上々の首尾に終わったなと満足する。
そもそも相場の無い遺物、安く買い叩くのも値をつり上げるのも自由自在というものなのだ。
無論、本当に古代アスラ文明時代の魔導書であるならば安いぐらいの値段なのだが――
(まあ、あれはただの料理本なのだがな。……古代アスラ文明の王朝末期の古書なのは事実でも。まっ、どーせ文字を俺様以外に完全に読むなんて難しいから問題はない。仮にバレたところで売ったのはギルドだから俺様には被害が来ないしな!)
そんなことを考えながら歩きつつ、ディアルドは内心でふと溜息をついた。
(それにしてもフレイズマル遺跡が軍事研究所だったとは……。色々と書物の類は多かったがどれもこれもサッと見ただけで物騒過ぎるだろアレ……片っ端から焚書する羽目になったぞ。王立遺物管理室の連中には知られたら吊るされそうだが――あれらが万が一でも解読されて悪人の手に渡ったら世の中が危ない故な)
そのせいでディアルドは保存状態の良さそうな古書の中で、内容がただの料理に関する本を持ってきたというわけだ。
(まあ、ただの料理本が金貨四十枚に変わったんだ。それでいいと言えばいいか。売りつけ先もできた。今回の取引がうまくいけば向こうから窓口にはなってくれるだろうし、今回みたいな感じで売りつければ一財産となる。そう言った意味で今回の遺跡探索は成功だったと言える――あとはあれをどうするか、だが)
楽しい報酬を受け取る時間も終わり、ディアルドは考えないように後回しにしていた問題に思考を向けた。
「さて、あの本当にお宝はどうするかな。差し当たってまずは迎えに行くとするか……ファーヴニルゥのやつ、問題を起こしていなければいいんだが――」
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